7. 正式な婚約破棄
早朝から王家の使いが現れた。
シド殿下からの婚約破棄に関する書類の署名を求められた。
内容を確認し、さらさらとペンを走らせる。
婚約破棄成立。
使いの者たちは一礼し、素早く館を去っていった。
こんなものか、と思う。
あれから本人から説明は一切なし。
わたくしたちの繋がりとはなんだったのだろう。
そんな希薄なものだったろうか。
今となっては、考えるだけ無駄か――
ぼんやりと考えていると、背後から声がかかった。
「朝っぱら辛いね。もっと気遣いとかないのかな、シド殿下は。
ねえ、我が愛しの妹よ」
現れたのは、エリオット=フロックハート。
我が伯爵家当主であり、わたくしの実兄である。
「お兄様。これが彼なりの気遣いなのですよ」
「流石は元婚約者。
別れることにはなったけど、ちゃんと理解してるんだね」
なんだろう、こいつ。
わたくし婚約破棄直後なのですが、普通、そっとしておくとかありますわよね。
昔からこの兄と相性が悪い。
親しげな態度は相手を油断させ優位に立つため。
人の見方は利用価値があるかないかだけ。
蛇のような男だ。
家族でも私しか知らない彼の一面。
当主と成り得たのは、その性格だからこそとも言える。
小さく舌打ちをする。
「あの、もういい? 朝食がまだで」
「じゃあ僕も一緒にいいかな。
おっと、そんな露骨に嫌な顔をしないでおくれよ」
大きくひとつため息をついてみせる。
「わたくしの客人も一緒でいいのなら、ご自由に」
朝食の席にリオはすでについていた。
兄を紹介すると、顔を見て驚く。
「お二人ともすごくそっくりですね~。
エリオットさん、バイオレットちゃんをそのまんま男にしたみたい」
「はっはっは。よく言われるんだよ。ね、バイオレット」
「そうらしいですね」
「愛しい妹と似てるって最高に嬉しいねー」
いや、そんなこと微塵も思ってないだろう、絶対。
「ところでバイオレット。今日の朝の件だが」
きた。
「婚約破棄の件でフロックハート家が被る損害が気になってね」
やはりか。
この男が気にする最大の点はそこだろう。
「何の損害も被ってないと思いますけど」
「王子から一方的に婚約破棄されたとなると、一体何をしでかしたのかってうちの評判が悪くなるんじゃないだろうか」
困ったような笑顔を浮かべる兄。目は笑っていない。
「言わせておけば良いではありませんか。
現場ではわたくしに同情が集まっておりましたし、酷い王子だとの声のほうが強いでしょう」
「確かに今のところはうちの肩を持つ声が多いのだがね」
わざとらしく眉を八の字に下げる兄。
「正直、これが君に落ち度があると判断された場合はどうなっていたかわからないよ」
「あら、どうなっていたのですか」
「そんなこと僕の口から言えないよ」
「まあ、怖い」
リオの預言にあったように、きっと家から追い出されていたのだろう。
兄はそれができる立場にある。
「王子との結婚で、我が伯爵家が政治的に関与できると期待していたんだ。
それが台無しになったのは……残念だ。ああ、心から残念だよ」
やれやれといったふうにわざとらしくため息をつく。
この嫌味を言いたいがために、朝から絡んできたのだ。
「それに関してはわたくしも申し訳なく感じておりますわ。
ですが、お兄様の実力で必ず乗り越えられると信じております。
この程度、何の枷にもなりはしないでしょう?」
全力の笑顔を向ける。
「うん。それについては任せておくれよ。
何の心配もいらないよ」
兄はさらにわざとらしいくらいの微笑みを返す。
「まあ、心強いこと」
ウフフアハハと仲睦まじい兄妹に映るだろう光景。
実際は火花が飛び散っている。
食事が終わった兄は出掛けて行った。
どっと疲れが押し寄せる。
「セオドア様からのプロポーズとか、フィル王子から領地の譲渡の話はお兄さんに話さないの?」
やりとりを見ていたリオが聞く。
「いいとこに気が付きましたわね。わたくしが黙っていたのは意味があるのよ」
にやりと笑ってみせる。
「カードが出そろったら見ものですわよ」
悪役令嬢といったかしら。
それはこんな顔で笑うのではないかしら。




