4. お嬢様は紅茶がお好き
その朝はとてもよく晴れていた。
バルコニーに気持ちの良い木漏れ日が差す。
向かいには寝ぼけ顔のリオ。
ふわぁと欠伸する。
「よく眠れまして?」
「この館、どこもかしこもキラキラだねぇ。部屋豪華すぎて逆に眠れなかった」
執事が慣れた手つきで二人分の紅茶を注ぐ。
透き通る琥珀色が美しい。
今日の一杯もおいしい。
「やはり紅茶はアールグレイに限りますわ」
ヒューッと口笛を吹き、さっすがお嬢様と感心するリオ。
それを無視し、「早速だけど」とカップを置く。
「この先起こりうる未来とやらを聞かせて頂戴」
リオはこくりと頷き語り始めた。
「昨日も言ったけど、この世界はセシリーを主軸とした物語なんだよ」
セシリーはめでたくシド様と両想いになった。ここまでが昨日までの出来事。
まあ、途中婚約破棄がうやむやになったアクシデントはあったけど、大筋ルートからは外れていない。
その先しばらくはデートしたり愛を紡いだりと糖度の高い恋愛イベントが続く。
しかし二人の前に立ちはだかる辛い運命。
戦争がはじまるのだ。
隣国ロータイトからの侵略がはじまる。
エメリオン王国は混乱に陥る。
敵の侵攻を城内まで許してしまいロータイト軍がシドに止めを刺そうとしたその時。
セシリーは救国の聖女として目覚め、敵を見事倒しエメリオン王国を救うのだ。
「まじ泣けるわ……」
目頭を押さえ感極まる様子のリオ。
「もしもーし?」
「これがシド様ルート。最高かよ」
「はい?」
「それでね、他にもルートがある。セシリーのお相手はシド様だけとは限らない」
リオの言う「ルート」とは未来のみちすじの一つという意味らしかった。
相手は大神官である聖職者であったり、
天才魔術師と呼ばれる学園の星であったり、
王国最強と言われる騎士団長であったり。
それは、女子であれば誰もが憧れる美男子ばかり。
「ちょっと気になるんだけど、どの未来でも誰かと恋をするの?」
「あたりまえじゃん」
「どうして?」
「どうしてって」
当然のように答えるリオ。
「そういうものだからだよ」
腑に落ちないが、そういうものなのか。
気を取り直して、リオの言葉を反芻する。
「隣国ロータイトからの侵略……」
恐ろしいことだ。
両国は平和な関係でいるはずだと思っていた。
「戦争はいつはじまるんですの?」
「えーっと、確か1ヶ月後くらい」
1ヶ月。時間はあまり残されていない。
「ロータイトの軍は、どこまで準備が進んでいるかしら。今ならまだ交渉の余地はあるかも」
剣と魔術の王国エメリオンが総力をふるえば、不可能ではないはず。
「交渉って、どうやって?」
「考えてみたのだけれど、これは好機だと思いませんこと」
シド様は王位継承権を他の王子と争っている最中。
長子である彼は継承権が優位にある。
そこに突然の婚約破棄。あの醜態。
公爵家への裏切り行為。
王族からの評価失墜は免れないだろう。
そんな時、他の王子がこの侵略の脅威を防ぐ偉業を成し遂げたら。
継承権は彼に授けられるのではないか。
つまり、わたくしを捨てたシド様に一矢報いることができるのだ。
「わたくしは真の継承者である王子にこの情報を売りますわ」
「売るってことは、対価は何?」
もちろん決まっている。
「フロックハート家へ広大な領地を与えること。これで我が公爵家はますます繁栄するというものね」
この実績により、冷血な我が兄もわたくしを無下にすることはできまい。
「はあ~すっごい。バイオレットちゃんかっこいい。素晴らしい、素晴らしいですわ!」
何気にお嬢様口調になっている。
リオは立ち上がり拍手した。
やりますとも。
わたくしは悪役令嬢なのだから。
どんな手を使ってでも勝ちを取らせていただきます。