17. 最凶ヒロインといじわる兄
瞬間移動魔法で消えたのだ。
「バイオレットちゃん、生きてる?」
「それはこっちのセリフでしてよ。リオ息してる?」
「なんとかね…」
ふらふらと脱力する。
「ああ、シド王子よお目覚めください!」
悲痛な叫びが響く。
「間に合ってください、我が王国の光よ…」
彼は攻略対象の一人の大神官だ。
確かセシリーに一撃で倒されたと思ったが生きていたようだ。
両手から黄金の光を放ち治癒魔法をかけている。
「大神官様、ご無事だったのですね」
「勝ち目がないと判断して一撃で死んだふりをしたのが功を成しました」
魔法が効いてきたのか、シドの顔色が良くなってきた。
深くえぐられた傷が綺麗に治ってゆく。
呼吸が戻り全回復までに至った。
「これで王子は大丈夫です。続いて他の方々の治療に努めます!」
瀕死だった彼らを癒す姿は、まさしく神の御業だった。
最後の一人の治療を終える。
「あとは意識が戻るのを待つだけです。貴女がたも怪我があれば治療いたします」
「わたくしたちは大丈夫ですわ。兵を呼んできますので大神官様はここでお待ちください」
行こう、ふたりは目で合図し手を取り歩き出す。
この先何が起きるかわからない。だけどこの手は何があっても離さない。
バイレットは応える様に握り返した。
薄暗い夕闇の森を歩く人の青年の姿があった。
バイオレットの実兄、エリオット=フロックハートは苛ついていた。
「くそっ、流石王族から貰った領地なだけある。とんでもなく広いな」
フィル第二王子、今は国王の身となった彼から継承したという土地を徘徊していた。
フロックハート公爵家の長男と長女は、幼いことから比較され育った。
どちらかが由緒ある公爵家の跡取りとなるのだ。
先に生まれたエリオットは何においても負けるわけはいかなかった。
フロックハート家を継ぐのは自分のはずだ。それ以外はあり得ない。
それが今や妹は王族との人脈を得て豊かな土地を手に入れた。
このままゆけば莫大な財を築きますます公爵家の力を強めるだろう。
「そんなことになったら惨めすぎて死んだほうがましだ…」
誰に言うでもなく独り言ちる。
どんな土地なのかを確認しに来たが、ますます面白くない。
大きくため息をつき顔を上げると前から女が歩いている。
こんな夕暮れに一人で何をやっているのだろうか。若く美しいが怪しい。
「お嬢様、ここは我が公爵家の土地だ。勝手に入られては困るな」
「公爵家のお方ですか?」
「いかにも。僕は公爵家嫡男エリオット=フロックハートだ」
「無断で入ったことお詫びいたします」
女はゆったりと微笑み続ける。
「セシリーと申します。先ほどバイオレット様からこちらの土地全てを譲り受けました」
「譲り受けただと!?そんなバカな話があるわけなかろう」
「いいえ、事実です。後でご本人に確認して下さい」
「そんな…」
何があったらこの土地を譲るというのか、にわかに信じられない。
「ところでエリオット様、なぜ泣きべそをかいていらして?」
セシリーは人差し指を頬に当て小首をかしげた。
「な、泣きべそなんてかいてないよ。おかしなことを言う人だ」
「あら?先ほど“死んだほうがましだ”と泣き言が聞こえましたが、私の勘違いでしょうか」
先ほどの情けない独り言を聞かれていたようで、顔が一瞬で真っ赤になる。
「どんなことがあったとしても死ぬことよりも最悪なことはありませんわ。どうかお気持ちをしっかり」
「う…うるさい!見ず知らずの女に同情されるほど僕は落ちぶれてないぞ!」
セシリーは怒鳴られ委縮するどころか、心底愉快だと言わんばかりに笑う。
相手は公爵家だというのにわきまえない態度に苛立った。
「何笑ってるんだ貴様」
ここでエリオットは彼女が妹の婚約者を奪った相手だと気づいた。
そうか、恋人のシド王子という後ろ盾があるから調子づいているのか。
「だってエリオット様ったら、まるで怯えたノラ猫みたいで笑えて」
「なん…!」
その先を繋ぐことができなかった。
ぐぅと喉が鳴り息が止まった。押し倒されていると気づいたのは、反射でせき込んだ時だった。
仰向けのエリオットの胸を細身の片足でで押さえている。
女の力とは思えない程に悠々と動きを封じる。
「プライドばかり高く身の程知らずのケンカを売るところ、実家に居ついたオス猫にそっくりですわ」
「足を…どけろ!無礼者が!」
「まあ落ち着いてください。ここの土地も頂いたことだしこれからどうしようか考えたんです」
一陣の風に吹かれた金色の長髪が揺れる。見下ろす姿は凶悪な捕食者のようだ。
「ここに私の国をつくりましょう。その庭で猫も飼ってみようかしら。ねえ?エリオット様」
禍々しい物言いに圧倒され、返事などできなかった。