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キカイ式ゆーだえもにっく!  作者: あおいしろくま
第一章『子どもって、好きかな?』
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第3話「電車裁判(K)」

 彼女の名前は雪見楓(ゆきみかえで)


 黒兎と同じK市立高校の2-4に在籍する同級生にして、彼が現在進行形で片思い中のお相手でもあった。

 今時珍しい転校生で、出身はA市。ウチの高校に編入してきたのは今年の一学期の中頃。時期と出身地から考えて、理由はA市で進行中の移住政策。

 成績は総合で上の下あたり、理系科目を除けばクラス内で上から一桁。

 どちらかというとインドア派で、趣味は読書。

 自宅は新築の一軒家で、おそらくは一人暮らし。自炊を含めたほとんどの家事を一人でこなし、買い物に利用するのは、徒歩五分のスーパーマーケット。


『あの転校生? ……なんかヤな感じだよね。話しかけてもあんまいい返事しないし』

『そうそう、孤高の存在っていうか? 一匹狼ってカンジ』

『授業終わったらすぐに帰るよね。何してるんだろう』

『休み時間になんか難しい本読んでたよ。知的な女の子、イイよね……』

『そういえば、授業でマラソンをしたとき見学してるの見たよ。体を動かすのはあんまり得意じゃないみたい』

『あの子か。やってきてすぐに目をつけていたよ。実に改造のしがいがありそうだ』


 と、2-4のクラスメイト達からの評判は以上の通り(※一部例外あり)。

 ……ここまで注目を浴びているという事実自体が、おおむねクラス内でマドンナ的地位を確立していることを示している、と言っていいだろう。

 ちなみに、“今時珍しい~”以降の記述は、全て黒兎の鞄に眠るメモ帳の記述に準じている。


 近所のお姉さん(現職刑事)から「捜査は足から。これ基本中の基本よ」とアドバイスをもらったのが一週間前。

 友人(さくら)から「人類学の授業で一つ前の席の女の子がよく消しゴムを後ろに落とす? それは恋だな。この俺が言うんだから間違いない」と、そそのかされたのが八日前のこと。

 それから一週間。どうやら自分が片思いしている(らしい)女の子を、近所の女刑事さん仕込みの調査術で調べ上げた努力の結晶が、例のメモ帳というわけなのであった。


 しかし、そのメモ帳に記した彼女の行動パターンの中にA市への遠出はない。

 調査漏れだ。

 油断していた、と言っていいだろう。過信と不注意は一番の敵だと教わっていたのに。

 よし、ここは急いで追記しておかなければ。


 やっとのことで硬直から抜け出した黒兎は、イヤホンコードの代わりに一冊の手帳を取り出す。

 この電子媒体全盛の時代に、変に形から入って、わざわざ紙の手帳を使うところが彼らしい。

 もっとも、女子の方も紙の本を手放そうとしないあたり、似た者同士ということなのかもしれなかったけれど。

 素早く手帳を開き、ボールペンを走らせる、それでいて目線は落とさない。

 一週間も続けてきたとあって、その仕草はなかなか堂に入ったものだ。

 しかし、彼は完全に失念していた。

 今、自分の目の前に居るのは、思い人兼調査対象本人であることを。


 白い指が最後のページにたどり着くと、彼女はおもむろに本を閉じ、顔を上げる。

 右側の口角だけが、不自然に吊り上がったまま固定されてしまった黒兎と、「きょとんとした顔」のお手本として教科書に載せたいくらいにあっけにとられている楓。


 完全に目が合った。


 その瞬間、黒兎は自分がいかにマズイことをやらかしたのかということに気が付いた。

 今、彼がペンを走らせているのは、個人情報満載の極秘メモ。

 しかも、目の前にいるのは調査対象本人だ。迂闊だったというほかない。

 ペン先は止まり、彼の全身に二度目の硬直が訪れ、手のひらから力が抜ける。

 そして、支えを失ったメモ帳は無情にも指の間をすり抜けていく。


「……あの、落としましたよ?」


 天使のように囁きかけながら、彼女がメモ帳を拾うまでの僅かな時間、黒兎の意識はあらぬ方向へと吹き飛び、全力で現実逃避を行なっていた。


 ……たとえば、今日の放課後、自分の身に降りかかった出来事の中で、不運指数が最も高いものはいったいどれだっただろうか。


 まず、傍若無人な顧問に呼び出しを食らったこと。

 間違いなく不運な出来事だけど、これはまあいつものことっちゃいつものことでもある。よってノーカン。

 次いで、顧問から面倒臭い用事を押し付けられてしまったこと。

 これもなかなかの高得点だけど、身辺調査に交通費が出たと思えば差し引きはとんとんくらいな気もする。

 そして、電車の中で雪見楓と遭遇してしまったこと。

 調査対象との接触は刑事や探偵としては厳禁だけど、人気のない電車であの子と偶然出会うなんてシチュエーションには、運命的なものを感じざるを得ない。よってプラス十万点。


 ……なんだ、総合的に見れば大体プラスじゃないか。


 と、ここまで軽い錯乱状態に陥っている黒兎だったが、気まぐれの神様は更に追い打ちをかけてくる。

 彼に降りかかったさらなる不運、それは地面に落ちた拍子にメモ帳が開帳されてしまったことだ。それも彼女の個人情報がびっしりと書き込まれたページが。


「ん? 『現在は帰宅部に所属、2XXX年2月8日生まれのみずがめ座、スリーサイズは上から……』 何これ?」


 今、彼女が目にしているのは、おそらく、いや、間違いなく身に覚えがあるパーソナルデータの羅列。

 滝のように冷や汗を流す黒兎をよそに、ゆっくりとページが進み、当初は驚きや困惑に彩られていた女子生徒の顔から、次第に表情が消えていく。

 搭乗一回一時間半にも及ぶ、二人きりのラブ・ロマンス・アトラクションは、たちまち刑事と被疑者一対一の取り調べ室へと変わっていた。

 これが可視化が行き届かない取り調べの実態というやつなのか。今後、絶対に警察の御厄介になることはしまい、と、黒兎は胸に固く誓う。


「とりあえず……」


 そして、黒兎の体感で3時間ほどが経過したとき、女子生徒はおもむろに調書を閉じた。


「その場から動かないでくださいね」


 どうやら、まだまだ取り調べは終わらないらしい。

 混乱から立ち直れぬまま、黒兎は右手を挙げる。


「はい、刑事さん」

「なんでしょうか、現行犯さん」

「……とりあえず弁護人を申請してもいいでしょうか」

「却下」



 「……ふぅん、私ってこんな風に思われてたんだ」


 最後の方のページにまとめていた一言インタビューにまで目を通し、平坦なトーンで呟く女裁判長、楓。


「い、いや、それはサンプルの偏りに原因があると言いますか、皆がそう思ってるわけでもないと言いますか……」

「被告人は不要な発言を慎むように」

「はい……」


 どうしよう、特に本題とは関係ない軽めのジャブのはずなのに、既に滅茶苦茶胸が痛い。


「……それで、あなたの言い分としては、この私のことが気になっていたからこんなストーカーまがいのことをした。今日ここで会ったのはただの偶然、ってことで合ってるのかしら?」

「………………」

「……被告人、答弁を」

「はい、そのとおりでございます」


 なにこれ、取り調べでも裁判でもなくて拷問なの?

 どうして僕は恋愛感情の自白を強要される羽目になっているのか。それも当の片思い相手から。

 いや、誰が悪いかと言われたら|97:0:3$黒兎:楓:先生$くらいで自分が悪いとは思うけど。

「ふぅん、で、それを信じろと?」

「無理を言っているのは承知しておりますが、何卒(なにとぞ)よろしくお願いいたします」


 とりあえず、この電車がガラガラで良かった。

 ……おかげで全力の土下座を他の人に見られずに済む。

 部活動のせいで、ある程度精神面は鍛えられているはずだけど、片思い相手への告白と、土下座の謝罪を同時に行うというのは、いくらなんでも、要求されるハードルが高すぎる。

 自分の社会的尊厳がデッドラインまで転落する心配をしなくて良くなるだけでも、ありがたい。


「まぁいいわ。こうして直接話しててもそんなに変な人じゃないみたいだから、特別に許してあげる」


 そう言って、ほんの少し顔を赤らめるという彼女の反応は、黒兎にとっても全くの予想外のものだった。


「え?」

「…………それに、肝心なところまではバレてないみたいだし」

「え? 今、何か……」

「ほら、こうして実際に話してみてもそんなに変な人じゃないみたいだし、好意には好意で返すのが礼儀というかなんというか……」


 そのセリフ、そして少し赤みがかった頬。そこから尋問中の嫌な緊張感は感じられない。

 これは俗に言う『脈アリ』ってやつじゃないのか!? と、黒兎が色めき立つのも無理はないところではあった。


「あ、ありがとう雪見さん! じゃあ、これからは堂々と尾行(ストーキング)を――」

「――したら向こう三年分の書籍をプレゼントしてもらうわよ。電子書籍じゃなくて紙のやつ。あ、それとさっきのとは関係なくコレは家に帰ったら責任を持って燃やしてね」

「あ、はい……」


 彼女から件のメモ帳が手渡され、黒兎の鞄に収まる。


「それで、あなた……えっと、あなた名前は?」

「黒兎です、望月黒兎。二年八組の。あ、人類学で同じ授業受けてます」

「そうなの? 全然気づかなかった。呼び方は望月君でいいよね」

「なら、僕は楓さんって呼びますね」

「……何が“なら”なのかはわからないけど、まあいいわ。それで望月君はどうしてA市(こっち)に? こう言っちゃなんだけど、用事もないのに来るような場所じゃないよね?」

「ちょっと、うちの顧問からの頼まれごとで、ほら、僕は科学部だから、あの有名な科学教師の……」

「へぇ」

「もしかして、あんまりご存じでなかったり?」

「いやいや、私のクラス文系だから、科学の先生の事なんて知らないよ」

「むしろ、呉羽先生の場合は科学教師として有名というよりは……。とにかく、向こうでやらなきゃいけない仕事があるんですよ。こっちには土地勘もないのに、いい迷惑で」

「へぇ~」


 やっぱりイマイチ反応が薄い気がする。……でも、そりゃそうか。ほとんど初対面以下なのに、先生の愚痴とか、土地勘がないだとか聞かされても困るよね……。


「……ねぇ、もし困ってるなら私が案内しようか?」

「へ!? いやいやいやいや、まさかそんな滅相もないですよ! 確かに最近来たことはなかったですけど、端末でナビくらいは呼び出せますし!?」

「あんなガラクタに頼らなくてもここに私がいるじゃない。これでも一応、元現地住民よ」


 と、その時、黒兎は不意に例のメモ帳に書き込んだ一節を思い出した。

 “転校生、A市出身”。

 ……そうか、向こうは楓さんの故郷なんだ。


「ときに望月君、望月君は――って、好きかな」

『え~、まもなくA駅~まもなくA駅に到着いたします』


 そして、彼女の言葉を遮るように車内アナウンスが流れ、長くて短かった取り調べと逢瀬の終わりを告げる。

 彼女は突然のお邪魔虫に少しだけ驚いたような顔をした後に、ほんの少しだけクスりと笑って、やっぱりちょっと顔を赤らめる。僕にはその顔が思いのほか楽しそうに見えて。


 ……もしかすると、本当にもしかすると、だけど。


 僕が盛大に失敗したと思っていた実質的ファーストコンタクトは、そんなに悪いものでもなかったのかもしれない。と、不意にそんなことを思った。



◇◆◇◆◇


 「次回予告のコーナー」


 何故か推定無罪を勝ち取ってしまった黒兎くん。さらには、楓さんにA市を案内してもらうことに。

 しかし、黒兎くんのチョロドジ不幸属性は伊達ではなかった。

 A市の廃工場で二人を待ち受けるは、もちろんあの子(・・・)


 次回、第4話「廃工場の第九種接近遭遇」お楽しみに!

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