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転生者のじじつはあく

2日かけて書類を読み切った私は、ほうっと息を吐き出した。

知らずに張り詰めていた体中の筋肉が、一気に緩む。

私は、最後に読んでいた資料をもう一度指でなぞった。そこには、失踪した娘について載っている。

最近失踪した方の一人、クレアという娘。大きな宿の次女で、店の手伝いをよくする娘だと近所の評判もいい。ただし、母親の連れ子で他の家族と血のつながりがないせいか、家では影の薄い存在で、そのうち家を飛び出すのではと噂されていたらしい。

私が驚いたのは、治安ナイトの大ファンで若様にお守りを渡したと書かれていたことだ。

つまり、あのピンクのお守りを作った子だ。そう思うと、なおさら捨て置けない。

もう一人はディアナという娘で、実家は金貸しを営んでおり、家業は長男が継いでいるものの、たっぷりと小遣いをもらってなかなか派手に遊び歩いていたらしい。男友達も多く噂の絶えない娘だったので、失踪も家出か駆け落ちだろうと皆が判断したという。彼女の素行に手を焼いていた家族もそうだったらしく、捜索願を出したのも『一応』だったようだ。

「共通点…家族の関心が薄い点。失踪が騒ぎになりにくい点。金銭的には比較的恵まれている点…」

ロンの几帳面な字で書き込まれたその部分を、もう一度読み上げて、山の一番上に置いた。

「読み終わったのか」

私が頷くと、若様はロンを呼び寄せて長椅子に陣取った。私は寄れと言われなかったけど、今まで会議をするときは応接セットに集まっていたから、そうした。一番端の椅子に座ると、若様の目が気遣わしげにこちらを向いた。

「デスクからでいいぞ」

「それでは若様の声しか聞こえませんよ」

さすがにこれは大げさだけど、私の意思は通じたようで、若様はロンと目で会話した後、わかったとうなずいた。 

「それじゃあ、検討会議を始める」

若様が長い指を二本立てる。

「捜査の方向は、大きく分けて二つだ。一つ目は失踪人捜し。二つ目は毒物の出入りだ」

最初に失踪した子が見落とされて…いや違う、私が見落として、2月近く経っている。今どこにいるんだろう。

「まず、失踪人捜しだが、拐かされた娘の状況は楽観視できない。だが、ひとつだけ希望がもてるのは、この前の詐欺集団の黒幕がこの事件の裏にもいるなら、まだ領内にいるということだ」

私は、意識して深呼吸した。

駄目だ、落ち込んだりパニックを起こしたりしたら、その分また、助けるのが遅れる。

「当初黒幕は詐欺集団の摘発後、関所の封鎖前に領外へ出たと思っていたが、それより後に今回の事件が起きているから、脱出は出来ていなかったことになる。そうなると、拐かした娘たちを連れている状態では関所を通れたとは考えにくい。今は領外への動きを厳重に注意しているからな」

「加えて、これは二つ目の捜査にも関わることだが、自警団と黒猫屋が密かに探ってくれている信者の広がりを見ると、城下の次にバーンに被害が多く、その他の地域では話を聞かない」

黒猫屋や協会支部のある隣町、バーン。火車の駅と海から続く大きな街道がっている、エセル領随一の流通の街だ。

大きな荷も多く、街を行き来する馬車の数も多い。ついでに、いわゆる歓楽街も大きい。

「今、失踪人捜しのために第二隊を手紙の調査とバーンの捜索に出している。目立つ第一隊は城下の警戒だ」

「お前も同じくらい目立つがな」

悪目立ちするきらきらフェイスの若様にロンが突っ込むのを見ながら考える。

うちの領は平和だったから、警備隊の仕事といえば今までは、ほとんど殴り合いの仲裁と巡回と戦闘訓練だった。特に中心だった第一隊は筋力自慢が多くて、ごつくて目立つ上、地道な調査に向かない人種が多いらしい。オレオレ詐欺のときも若様達は第二隊と行動を共にして信頼関係があるし、こちらが主力なんだろう。

「…つまり、消えた2人も黒幕も、バーンにいる可能性が高いということですか?」

私の質問に、2人が揃って頷いた。

「さすがに城下には潜めないだろうが、今のところまだバーンに潜んでいるという方向で俺も調べている」

「ひとまずバーンの裏の顔に接触したが、既存の店に娘の姿はなかった。彼はこちらの話を聞いて、不法な商いをする輩がいるのかといたくご立腹だった」

「あの御仁は難しい人だが、ルール違反には厳しいからな」

2人のいう人物が私には分からなかったけど、歓楽街を牛耳る人物がいて、若様はこの数日の間に、その人に協力を仰いでいたんだろう。私が考えもしなかった人脈で驚いたけど、大事なのは、失踪した娘さんたちがそこにいなかった、ということ。これは、きっと朗報だ。

「バーンの裏社会は見た目以上に厳しい。ぽっと出の犯人が潜り込めるとは思えないから、いるとしたら表だろうというのが、俺とマーカス共通の見解だ」

そう言ってロンが広げた地図には、バーンの街の全土が描かれていた。

駅から真っ直ぐの通り沿いには転生者協会の支部が、それと横に交わる一本の並びに、黒猫屋がある。

私が知っているのは、悔しいけどそれだけだ。それは、地図全体の十分の一にも満たない範囲だった。

「広い…」

ため息混じりに呟くと、若様がこっちを見た。

「大丈夫だ、必ず見つける」

特に根拠がないことは、これまでの付き合いで分かっている。でもその真剣な目で言われると、納得させられてしまうから不思議だ。

気を取り直して私は、地図の上を指でたどった。黒猫屋のある側から進むと、駅の裏側にも意外に広い街が広がっている。私が行ったことのない側だ。

「ここが歓楽街ですか」

「そうだ。この道をたどると、城下につながる」

つまり、バーンの歓楽街は、バーンに立ち寄る商人だけじゃなくて城下に勤める兵士やら警備隊やらも集客して成長してきたんだろう。

努めて冷静にそう考えていると、ロンが言った。

「城下にあったあのアジトからも、この道を使えばバーンまですぐだ。間には警備の詰め所もない」

ああ、それが言いたかったのか。

「ついでに俺たちが警戒網をときさえすれば、海へ出るにも都へ出るにもバーンからなら一直線だ」

そう聞くと、黒幕が城下を逃れた後一端バーンに潜伏したと考えるのは不思議なことではない気がした。一番警戒の強いときに敢えて領外へ出ようと関所を突破したりそのまま城下に潜もうとしたと考えるより、新参者も目立ちにくいこの街でやり過ごそうとするのは自然なことに思える。

…いるといい。バーンに、いて欲しい。

「第二隊は空き屋や新店舗の人の動きを中心に調べている。バーン周辺の信者に関しては、黒猫屋に依頼した」

黒猫屋かあ。私の個人的なお願いは大人な判断で断られたけど、エセル領からの正式な依頼なら受けるよね。面白くないなんて思ってないけど、自分が一人でいかに無駄な事をしていたかを思い知らされたようで、ため息が出た。

「今朝までに黒猫屋から連絡を受けている信者は、3人。このうち一人はディアナ。残り2人から情報を引き出せないか接触中だったな」

若様の視線を受けて、ロンが頷いた。

「今日中に連絡が来る」

信者は口が硬いみたいだったけど、男の黒猫屋に詳しいことを話してくれるんだろうか。それに彼女たちは、ダイエット法か美容法だと思ってるわけだし。商売人の口のうまさに期待するしかないのか。

…期待のスキルが商売人スキルか。

考えてみれば、そもそも仕切っている若様とロンだって去年の春まで学生で、その上捜査についての前例も手法もない状態からスタートしている。私に至っては前世で聞きかじった知識しかない小娘だし。2人が堂々としているから忘れていたけど、本当に鑑識のベテランも落としのプロもいない、全て手探りの組織なんだ。だから、商売人スキルでも人タラシスキルでも、使えるものは何でも使うのが当然なんだ。

気落ちしている暇はない、と頭を上げて、私は思い出した。私も、失踪人の遺留品をひとつみつけてあったんだった。

「ロン様。失踪人から届いた手紙の捜査はどうなりましたか」

実のところ私は、まだその中身を見ていないんだ。ギルから届いたその日の朝に若様とぶつかってそのままロンに渡したから、その暇がなかった。

ロンはすぐに頷いた。

「両親の証言どおり筆跡は本人のものだと確認できて、今は便せんや封筒の入手経路を捜査中だ。とりあえず手紙の文面だけ写させてきたものがここにある」

そう言って、私と若様に一部ずつ回す。一人一部とは、準備がいいやつだ。

テーブルを滑ってきたそれを拾い上げて、なんとなく声に出して読んだ。

「ええと、『私は元気です。

 今大切な人と2人、暮らしています。毎日が薔薇色です。

 捜さないで下さい』…?」

なにこれ。おかしくないか。普通、こんな事書く?

若様も同感だったらしく、変な顔をしている。

「…浮かれた文面だな」

全く同感だ。こんな手紙を普通、親に送るか。しかも予想通りなら、監禁されてる人がだ。

私はそこではっとした。

薔薇。赤。囚われの身。

「まさか薔薇色と書いて真っ赤と読んで流血暗示では…?!」

本気で 言ったのに、2人はないなと即却下した。

「お前 、飛びすぎだろう」

いつもずれている若様にまで呆れた顔で言われたのが、ふに落ちない。

私が少し口を尖らせていると、若様は胸元に手をやった。

「第一薔薇色はこういう色じゃないのか?」

出てきたのは、ピンクのお守り。

「…クレアさんの」

軽くうなずきを返して彼の緑の目は揺れるお守りをじっと見つめた。

「美のお守りだからこの色にしたが、薔薇色なんて男性は嫌いだったんじゃないかと心配していた」

そこで喜んでいただくよ、なんて言いながらお守りに軽くキスする若様が目に浮かぶ。もしくは、去り際にウィンク。きっと、そのときの彼女は天にも昇るような気分でいただろうに、とまたしても感傷的に考えてしまう。

「…もしかしたらこれは、親に向けてというよりお前に向けて書いたのかもしれないな」

ロンが言った。

若様が目を見開く。

「私か?」

「正確には、治安ナイトに向けて。クレアという娘は、自分が騙されたことを知って、誰に一番助けを求めるか」

家族じゃ、ないの。全くぴんと来ずに首を傾げた私たちを苛立たしげに見て、ロンが自分で答えを言った。

「どこの家族も良好というわけではない。実家に届いたから家族宛だと思い込んだが、家族関係が微妙だったというなら、本当に助けを求める相手として、治安ナイトが頭に浮かんでいた可能性がある」

そうか。だから、お守りを渡した自分だと思い出して欲しくて、薔薇色なんておかしな表現をつかったんだろうか。まあ、それなら家族にのろけたととるよりは、まだ納得できるけど…やっぱり謎だ。

「それなら、何かしらメッセージがあるかもしれないな」

若様はふむと顎に手をあてて考え込んだ。

そして数秒後、すぐに手を下ろした。

「…まあ、とりあえず各自読み込んで考えておくこと。次!」

早くないか。ぱっと思い浮かばなかったから切り替えたんだろうけど、もう少し考えたかった。

でも若様が話を進めたので、私も一端その紙をデスクに置いた。

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