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転生者としゅうじん

前世と同じく12カ月で1年としているこの国では、やっぱり12月が1年の締めくくりになっている。

暮れは何かと忙しいもので、年越し準備で大掃除やら買い出しやら、庶民の家も貴族のお城もばたばたすることには変わりないようだった。加えて彼らにはお付き合いの新年会やら挨拶やらがたくさんあるらしくて、若様もロンもその調整や衣装の新調で忙しなく動いていた。

そんなこともあって、私の望みが叶ったのは年の瀬の仕事終わりの日のことだった。

お城の仕事も警備関係以外は明日から休みになるという日、私は若様に頼んで、牢に向かっていた。

唯一黒幕を見たという男に会うために。

最初若様は、私たちが直接その男に会うことに反対だった。

「自分を、殺そうとした人間だぞ」

若様はそう言って立ち上がるとデスクのこちらに回って来て、私の前で机上に寄りかかって腕組みしながら、私の顔を覗き込むようにした。

エリザベス嬢の一件以来過保護になっているこの上司は、私の精神衛生まで問題視したんだ。私だって、怖くないと言えば嘘になるけど、そこは平気なふりをして大丈夫だし必要なことだからと言い張った。そうしてしばらくの問答の末、ため息をついて折れたのは若様だった。

そこでつけられた条件が、自分がついていくというものだった。

ロンに来てもらうとか私一人で行くとかなら、もう少し早く実現したんだけど、上司命令だから仕方ない。

初めて向かった牢は、城のすぐ側にあった。分厚い石づくりの建物は、正に堅牢という感じで、入り口を前にして私は一瞬身震いしてしまった。

大昔の転生法学者の働きによって、この国では罪人とはいえ最低限人間的な扱いをされることになっている。取り扱う人間によって差異が生じているのが現状らしいけど、この牢の環境は劣悪な、とまではいかないようだった。ゴキブリも幽霊も見たくない私はそのことにほっとしながら、薄暗い牢の階段を下りた。

「おい、起きろ」

牢屋番がガン、と鉄格子を叩いた。

薄暗い牢の奥で、もそりと影が起き上がった。

「マーカス様がお前に会いにいらしたんだ」

その言葉に、影が頭をこちらへ向けた。

「…お前…」

ぎろりと濁った目が私を見た気がした。

ぞくりと背中に悪寒が走った。

この男だ。私を殴りつけてきた男だ。これは、私を殺そうとした男だ。

そう思った瞬間、急にかたかたと身体が震えだした。

どうしよう、連れてきてもらったのは私なのに。

大丈夫って言い張ったのに、全然、大丈夫じゃなかった。

どうしよう、私が話さないといけないのに。

息が浅くなる。それに気付いて、さらに胸が苦しくなる。

どうしよう。

どうしよう。

パニックになりかけているのが自分で分かって、ますます焦る。

どうしよう。

そのとき、背中にふっと温かいものが当たって、私ははっとした。

若様が、すぐ側から私を見下ろしていた。

「大丈夫だ」

緑の目が、薄暗がりの中の僅かな光を捉えてきらりと光るのが、見えた。

どうしたとも聞かずに突然何が大丈夫なのかは、分からない。

でも、大丈夫だと断定するのはとっても若様らしくって、それが少し笑えた。

背中に添えられた大きな手が、悪寒を払ってくれた。

「はい」

何にか分からない返事に感謝を込めて、私は牢に向き直った。

「貴方に、聞きたいことがあって来ました」

牢の中で、二つの目だけが光っている。

「私を覚えているようですね。あのとき、店で会いました」

「何しに来やがった…」

私に殴りかかったことで、この男の罪の重さは倍増している。私のことは憎くてたまらないに違いない。

私は、一つ息を吸った。湿った空気が、少し匂う。

それから、口を開いた。

「貴方の話を聞きに」

「話すことなんてねえな」

言うと思った。だから、次に私が言う言葉も、準備済みだ。

「貴方は話すべきです。きっとこの領内で一番、貴方の話を信じているのは私ですから」

「なんだと…?」

男が興味を示した。

私は、努めて淡々とした口調を心掛けた。

「私は、転生者です。貴方たちがやっていた犯罪を、よく知っています。ですから、貴方を切り捨てていった黒幕がいたことも、分かっています」

がたん、と男がベッドから立ちあがった。

がしゃんと音がして、垢じみた男が鉄格子にしがみつく。がしゃんがしゃんと続く音で、それが手錠が鉄格子とぶつかっている音だとわかった。

「誰も!信じてくれねえんだ!!俺は言われた通りにやってただけなのに!!あいつが、全部考えてたんだ!それなのに!」

「落ち着け!」

若様が大声で一喝した。

男は格子を揺らすのは止めたものの、はあはあと肩で息をしながらまた言った。

「俺は本当のことを全部話した…!ばあさんたちを騙したのは悪かったと思ってるよ、あんたに殴りかかったのもな!でも、本当に、俺はあいつに言われたことしかやってねえ。これ以上知ってることなんて、ねえんだ!」

「そうでしょうね」

「そうなんだ!本当に!!」

「でも、貴方はもう一人の仲間の顔を知らないと言いましたね?」

「ああ…くそっあの野郎、顔に傷があるとか嘘つきやがって」

「野郎、ということは、それは男なんですか?」

「そうだ。だが、顔は隠してたから見てねえ!」

吐き捨てるように言った男には、嘘は見られなかった。

「…その男は、170㎝くらいの身長と言いましたね」

ああ、と男はつぶやいた。

「太っても、痩せてもいない」

「…ああ」

男の口調が落ち着いてきた。私は内心ほっとしながら、続けた。

「利き手はどちらでしたか?」

「…右、だったと思う」

「歩き方は、がに股や内股ではありませんでしたか」

「いや…特に…」

「では」

「なあ、お前…あんた、本気で俺を信じてくれんのか?」

「ええ。あの場所には、少なくとも2人の人がいたはずですから。直接お金を受け取りにいく人間と、全てを取り仕切る人間と。つまり、切り捨てられた貴方が受け取り係で、馬車で逃げたもう一人が黒幕です」

「そうだ!そうなんだ。それなのに、あいつら、黒幕なんていないんだろって言い始めて…」

男は取り調べで受けた理不尽な扱いへの憤りをぼろぼろと話し始めた。私は、良かった、と思った。なんにしろ、素直に協力してくれそうだから。

「信じていない人たちを納得させるには、黒幕を捕まえる必要があります。今から私がする質問に、真剣に答えて欲しいんです。そうしたら、きっと私たちが黒幕を捕まえますから」

男は、ごくりと唾を飲んだ。

そうして、深くうなずいた。

私は、用意してきたボードを出して、一つひとつ細かく質問をしていった。

男の顔は終始真剣で、いくつかの質問の答えは、役に立ちそうだと思えた。聞きたいことを全て聞き終えたときには、爪先はかじかんで、息も白くなっていた。


城に帰りつくと、そろそろ通いの役人さんたちが帰っていくところだった。日も沈んで、いつも私も帰っている時間だ。

「では、良いお年をお迎え下さい」

「ああ、良いお年を」

「休み中何かあったら、城ではなく空話にかけろ」

「はい」

挨拶というかそれは連絡事項だ、と顔だけこちらに向けたロンの素っ気なさに呆れ、また門まで当たり前のようについてくる若様にため息をつく。

さっきの挨拶はなんだったんだ、と言いたい。

ロンも側近ならこの無駄な行動を止めればいいのに、これに関しては我関せずだから困る。諦めているのか、上司としての責任感を尊重しているのか、謎だ。

「…案外、責任感がお強いですね」

無駄に、と言いかけた言葉は飲み込んだのに、若様はむっとした顔をした。

「…違う」

あ、機嫌が悪くなった、と私は思った。

声の調子で、すぐ分かる。

それから階段まで黙っていた若様だったけど、またこっちを向いた。

「顔色が悪いが、大丈夫か」

もう明かりの灯った廊下歩きながら、そんなことを言う。

「そうでしょうか?少し、冷えたのかもしれません」

今年新調したばかりのベージュのコートは温かいから、建物の中で寒さを感じるほどじゃないんだけど。

「手袋はないのか」

「あります」

「風邪をひかないよう、帰ったらよく暖まれ。紅茶だ、生姜入りの紅茶を飲め」

「分かりました」

責任感が強い上司を通り越して過保護な母親のようにしゃべり続ける若様の言葉を聞き流しながら、一応手袋をはめる。

門の前で、さらについてきそうなのを思い切り鬱陶しげな目を作って押し留めた。これ以上来たら、あなたの方が風邪をひくでしょうが、とこれは毎回思うことだ。

牢を出たときより疲れが増した気がして、私はさっさと挨拶の言葉を口にした。

「それでは、来年もよろしくお願いいたします」

「ああ、待っている」

向かい合った目と目が合った。

煌めく瞳に浮かぶ、柔らかな微笑み。

私は急に恥ずかしくなってお辞儀と同時にくるりと背中を向けた。

本当にこのバカ様は。

少女漫画のヒーローがヒロインに向けるときしかしちゃいけない顔を、何でもないところでしてしまうんだから。

顔に血が上ったせいか、外に出ても寒さなんて感じなかったのだけは、不幸中の幸いだったけど。


その夜、おかしな夢を見た。

夢の中で私は、自分が死ぬのだと知っていた。

首を絞められたわけでもない。殴りかかられたわけでもない。

それでも、薄暗い部屋、何故か時折真っ白く染まる視界と意識の中で、ぐにゃりぐにゃりと身体が伸び縮みするような得体の知れない感覚を味わいながら、これで終わりだ、と思っていた。

これで、終わり。

全部、終わり。

辛いことも、全て。

不思議なことに、夢の中で私は安堵していた。

強い吐き気がして、ぞわぞわ気持ちが悪くて、それでも、それももうすぐ終わるんだと。

目が覚めたとき、そのことにひどく背筋が冷えた。

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