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転生者、きらきらぼろぼろ

なんか、若様のきらきら度が増している。

「ん。分かった」

「ああ、ここに置いてくれ」

それだけ言うのに、どうしていちいち白い歯を見せて笑うんだ。眩しいんだけど。

私はそのたびにさりげなく俯いたり目を逸らしたりと忙しい。まあ、避けられていると思ったのは気のせいだったようで、それはほっとしたけど。

ただでさえ今日は協会に手伝いに行く水曜日で、心穏やかでいられないのに、若様のせいで私の心は全く安まらなかった。

面食いと笑われようと、この人が華のある顔に明るい微笑みを浮かべて緑の目を輝かせていると、うっかりぽぉっと見とれそうになる。でも、そんなことしてしまったら恥ずかしくてその後仕事ができない。それにかなり前のことだけど、若様は『家でまでそういう目で見られるのは嫌だ』と言っていた。あれは侍女さんについての言葉だったけど、若様にとってここは家でもあるし、私は万が一にも疎まれたくない。だから、接触したんでもない場面で顔に見とれて赤面するなんて、絶対あっちゃいけないんだ。

「そうでした、マーカス様、似顔絵の件はどうなりましたか?」

気分を変えるため半分、本当に聞きたいのが半分で尋ねると、二人は顔を見合わせた。

「どうもこうも」

おかしな答えだと、私は思った。

私が聞いたのは、この前の詐欺グループで唯一黒幕に会ったと言っている例の男のことだ。黒幕じゃない、自分は黒幕と一緒に居たんだと言い張っているそいつに、尋問係が黒幕の人相を尋ねて似顔絵を描いていたはずなんだ。全く進展を聞かないから、そろそろと思って尋ねてみたんだけど。

「それが、奴は顔に醜い傷があるからと言って常に色つき眼鏡とマスクをしていたと言って、具体的な顔だちの説明になると口ごもっているんだ」

「警備の上層部がこれを聞いて、本当に黒幕なんているのかと怪しみだした」

「分かったのは、髪が茶色かったということくらいで」

「そういうわけで、似顔絵も作れていない」

若様が肩を竦め、ロンもほんの少し眉を寄せて渋い表情になっている。

捕まえた人間の裁判や被害者への補償は着々と進んでいるけど、一番危険な黒幕の逮捕への道筋が見えないわけか。

なるほど、と2人の様子に納得しつつ、私は、小さく息を吐いた。

「残念ですけど、むしろそれを聞いて納得できたきがします。黒幕はやっぱりいるようですね」

髪はいくらでも染められる。だから、目元と口元を隠せば人相は隠せる。

黒幕が側近にすら顔を見られないようにしていたというのはすごくこれまでの彼の行動と合致する。それに考えてみれば、慎重な黒幕が自分で危険な受け取りをするわけがないんだから、あそこに少なくとも二人の人間がいたことは馬車のことを別にしても、確かに思えるし。

そう説明すると、二人は驚いたようにぽかんとした。

「なんというか、こういう犯罪者の気持ちに関してはすごく読みが深いな」

「いつも大して賢くないのに」

なんて言われようだ。

「前世ではここより犯罪が多くて、一般人へも自衛のために犯罪についての情報が公開されていたのです」

「それでお前は犯罪に詳しいのか」

あ、ひかれたか。若様もロンも私犯人説を否定してくれてきたけど、やっぱり犯罪が多い世界を知っていている人間は怪しく見えるだろう。犯罪の知識をもっている人間なんて、嫌だと思ったのかもしれない。

「あの」

「すごいな。ヘスターが仲間で本当に良かった」

若様の顔には一欠片のくもりもなかった。きらきら、きらきらと緑の目がやさしく輝く。

ほっとした私はその笑顔をうかつにも正面から見つめてしまって、急いで手元の本に目を落とした。信じてくれた。仲間と呼んでくれた。そのことが私に向けられた輝く笑顔と相まって、きゅうっと胸が音をたてる。

まずい。

このきらきらを回避するために振った話題だったのに。

今日の若様は、やっぱりおかしい。

早めのお昼を食べている間も、若様の視線を感じた。お城の豪華なご飯にすっかり馴染んでしまった私だけど、じっと手元を見られては重大なマナー違反でもしたらどうしようと気が気じゃない。あれ、オープンサンドってどう食べるのが正解だったっけとか、パンに歯形がついては駄目だしかといって大口を開けるのも駄目だしとか、食べづらいったらない。

もしやこれは新手の嫌がらせなのかと思いながら食事を終えたら、今度は出発する私を妙に心配してくる。

「気をつけて行けよ。暗くなったら、連絡をくれれば迎えに行く」

何を言っているんだろうこの人は、と思った。挙動不審、嫌がらせと気遣いが同居しているのが、すっごく不気味。私は顔が引きつるのを感じた。

そんなこんなで、協会に着いたとき私はむしろほっとしていた。ここから半日は、あの妙なきらきら光線と無縁でいられることに。

先週と同じように、相談者のリストを受け取って、黒猫屋とナンさんと少し話しながら相談者を待つ。

私の方は、今日もこの前のゲイルとマリベルとリリだった。黒猫屋の方は先週とがらりと面子が変わったと言っていた。

ゲイルとマリベルは、今日はおしゃべりに来たんだというノリだった。

ゲイルも先週より明るくなっていたが、二人目のマリベルはさらに良くしゃべった。

彼女は例の空話や火車を作った転生者の世界から転生した。

そして、両親に知識の固まりとして見られるようになるんじゃないかと不安だった、と語った。それを先週やっと両親に打ち明けて、そんなことを不安に思っていたのかと泣かれたのだという。

「そのとき抱きしめられて、ものすごく嬉しかったの。私、本当は子ども扱いがどうのじゃなくて、両親にありのままを受け入れられたくて、それが苦しかったんだと思う」

ヘスターのおかげよ、とマリベルは笑った。

私は赤面した。

「私?私なんて、ずっと見当外れの話をしていたのに」

本当の悩みを話せずにいるマリベルに対して、身体が子どもなせいで感じる不便だとか、そんな話をしていたんだから。たしかに当たり障りのない悩みを口にしたのは彼女だけど、それを察することも話しやすい雰囲気に持ち込むことも出来なかったのは私だから、相談係としては恥ずかしい話だ。

私が思い出して落ち込みつつ顔を仰いでいると、マリベルは金色の巻き毛をぶんぶんと振った。

「ううん。ヘスター、この前失敗談を話してくれたでしょ?それで私、何か有益なことが出来ると思い込んでる自分が馬鹿らしくなっちゃって…両親にも、私程度の知識じゃ何もできないかもしれない、ただかわいげがなくなっちゃっただけで、転生者といっても何の得もないかもしれないけど、それでも愛して欲しいって、言ったの」

それって、私なんか何にも関係ない気がする。彼女が思いきって自分の気持ちを家族に伝えたから、それが良いように運んだというだけのことで。

「マリベルは、勇気があるね」

私が感心してほれぼれと言うと、彼女はぶんぶんとまた巻き毛を振り回した。

「そんなことない。でも、もらえる愛情は今生でももらっておいた方がいいって、言ってたでしょ?」

茶目っ気たっぷりに首をかしげて見せるマリベルは本当に可愛らしい。

だから、私には彼女のような美少女でも愛されるかどうかを不安に思っていたんだということが驚きだった。

多分、転生者全体の中でも、マリベルは強者に入ると思う。今生の彼女自体がとても恵まれた容姿をもっている。その上この世界を文明化した力の多くは彼女の前世の世界から流入したものだから、マリベルにはその技術を改良できる可能性が高い。それは転生知識を期待される転生者にとって恵まれたことだ。

でも、繊細な少女はそれを不安に思ったんだ。どんなふうに生まれ落ちようと、不安に襲われることはあるらしい。そして、ほんの小さなきっかけで、それを吹っ切ることもあるらしい。

マリベルは、そのうちまた世間話にくる、と言って帰って行ったけど、多分もう相談者としては来ないだろう。それが、嬉しいようで、少しだけ寂しいようで、私は彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

通りの向こうに消えていく金の髪を見届けていると、不意に視線を感じた。

振り向くと、そこに立っていたのはやせぎすの少女だった。私は、あっと出かかった声を無理矢理引っ込めた。

他の子はともかく、予約はあってもリリは現れないんじゃないかと思っていた。だから、彼女の姿を見て驚いてしまった。

「リリ、いらっしゃい」

彼女は小さく会釈した。

「入って入って。ええと、何か、話したいこととか、あるかな」

奥の小部屋に案内しながら、我ながらなんて聞き方だろうと思う。

全然スマートじゃない。話したくなる空気とか、そういうものがあるでしょうが、と自分を叱ったけど、だからって代わりの言葉も浮かばなかった。

案の定リリはぴくりとも表情を変えずに、首を横に振った。

そうだよね、まあ、そうだと思った。

「じゃあ、とりあえず座って…この前の続き、話すから、何か聞きたいことがあったら、言ってね」

私は覚醒後に学校に入学したことや、そこでも友だちを作れなかったことなどを話した。

今から思えば、友だちが出来なかったのは私に問題が合った。自分は子どもっぽい彼等とは違う、と私が線を引いていたせいだったんだろう。子どもはそういう気持ちに敏感だし、そんな相手と仲良くなりたいと思うはずがない。

よくまあ、いじめられもせず、卒業できたものだ。姉や幼なじみには改めて感謝だ。

リリは俯いた顔をさらに少し私から逸らして、じっと座っている。そうすると小さな彼女の表情は私からは影になって、耳しか見えない。その耳に向けて、私は続けた。

「学校の勉強はね、面白かったよ。私の前世はこの世界じゃあなかったから、教えられることがこんなに違うんだなとか、いろいろ考えながら授業を受けてた。ただ、成績は抜群にいいってわけにはいかなかったな。同じ世界からの転生だったら、ここでスタートダッシュかけて、ハイスペックな人間を目指すっていうけど。リリは…あ、まあ、いいよね。それで、黙々と勉強だけして、お昼は一人でお弁当食べて、本を読んで、その繰り返し」

思わず尋ねかけて、止めた。

リリの肩のこわばりに、強い拒絶を見たからだ。

リリは、自分の前世を話したがらないという。勿論転生者として協会に登録するときには、所定の質問に答えて知識を披露したわけだけど、それ以降は一切覚醒状況を報告しないんだとか。協会の担当者も母親も、彼女の頑なな態度に頭を悩ませているらしい。

怖いことや辛いことを思い出してしまったのかもしれない。誰も7才の少女を問いただせない。

だから、私はこの7才に見える少女の中にどれくらいの精神年齢の人格があるのかも、分からない。

彼女が何を悩んでいるのかも、勿論分からない。

「前世も学生でね、そのときは友だちも居たんだ。出来のいい方じゃあなかったけど、それなりに遊んでくれる人がいて、面倒見てくれる人がいて。だから、友だちづきあいの方法も知ってるはずだったんだけど、上手くいかなかったなあ」

流行の服の話をしたり、手紙を回したり、そういう女の子の友だちづきあいには前世の日本もこのエセル領も、あまり差がないようだった。年頃になってもうまくその輪に入れなかったのは、これまた初等部時代に子どもっぽいと見下したまま、その態度も認識も改められなかった私の問題だ。

それでいて私は、友だちなんて居なくてもいいって、一人で何でもできるタイプではなかった。むしろ成長するにつれて周りの目がどんどん気になるようになって、『転生者のくせに友だちも居ない』とか『何も発明できないどころか成績もこの程度、それでも転生者か』とか人に言われているんじゃないかって気になって仕方なくなった。あげくが、引きこもりだ。

話ながら、思う。

これを、リリに聞かせることに意味があるのか。

リリはどんなことを思って聞いているんだろう。

彼女の小さな白い貝殻みたいな耳は、そばに小さなほくろがあるだけで、どんな感情も読み取らせてくれない。子猫や子犬だったら、耳の動きだって立派な感情表現なんだろうけど。

「…あ、もうこんな時間だ。また私ばっかりしゃべっちゃって、ごめんね」

とうとうこの日も、私の一人語り、学生編…で終わってしまった。

何しろ恥の多い人生を送ってきたもので、話すにも時間がかかる。

迎えに来た母親に連れられて帰って行くリリを見送って、私はため息をついた。

「お疲れ様。大丈夫?」

「…ええ。今日もリリは何も話してくれませんでした」

おまけに自分の恥を振り返ったダメージもあって、なんだか気持ちが使い古した雑巾みたいにぼろぼろだ。

「彼女の場合、話さなくても聞いているのなら順調よ。それにね、イグナスなんて喧嘩して相談者を追い返しちゃったのよ」

「それは…お疲れ様です」

私は心なしか声に張りのないナンさんを労った。

帰りに鯛焼きを買おう。来週は行きがけに買って、ナンさんと分けっこしようか。

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