幕間~騎士は火曜日に覚醒する~
「ギルは単なるご近所の幼なじみです」
ロンは聞くものの居なくなった室内に語りかける。
「だそうだ。感想は?」
金糸の頭がむくりと持ち上がり、主の顔が現れた。
その顔が夜目にも赤く染まっていて、ロンはふうと吐息を漏らした。
これは、酔いのせいではないだろう。そもそも酔いつぶれるほど飲ませてはいない。ロンがヘスター・グレンを呼んだと聞いて、顔を合わせたくながったマーカスが狸寝入りをしただけだ。
いい色味だ。
「やっと自覚したか」
「…した」
「それは何より」
ロンは、正直に面倒事が一つ片付いたとばかりに頭をぐりんと回した。
女たらしでほんの数ヶ月前までは無責任な遊び人でもあった友人兼主人が、初等科のガキかと思うような甘酸っぱいうろたえぶりを発揮する様は、ロンにとって、本気でげんなりする事態だったので。初めて恋をしたガキか、お前が遊び散らした後始末をしたのはなんだった、と何度怒鳴りかけたことか。まあ、実際自分から好きになるという意味では初恋だったのだろうし、お前は恋をしているぞなどと積極的に教えてやるのも腹立たしいので黙っていたのだが。
2人まとめてからかって遊んでいたのは迷惑料がわりでもあるがどちらかが自覚すればいいと思ってのことでもあったから、少しは手を貸したと言える。
しかし、思わぬところで事態は動いた。
ヘスターの幼なじみだという青年が城を訪ねてきたのだ。用件は自警団がらみだったというが、わざわざ、ヘスターが城に泊まった翌日の土曜日に、だ。
話を聞いてロンは、十中八九迎えに来たのだと思った。マーカスもそう思ったのだろう、その上、彼はヘスターの言葉を勘違いし、彼等が付き合っているのだと思い込んだ。
そして激しく落ち込んだ。マーカスは何も言わなかったので3日ほどロンも放っておいた。喜怒哀楽のはっきりしたマーカスは、落ち込みやすいが浮上も早いと知っているからだ。ところが、火曜になってもマーカスは浮上せず、さらには明らかにヘスターを避けている。この時点で、介入する面倒を放置する実害が上回った。
ロンはマーカスに酒を飲ませて事情を白状させると、早速タイミングよく残っていたヘスターを呼び出したのだ。
結果、マーカスの勘違いが明らかになり自覚に至ったのだから、まあ手間に見合った成果と言えるし、勘違いの原因には感謝してもいい。
「それにしても、あの八百屋はそんなに強敵か?黒猫屋のイグナスには反応しないのに」
ロンは軽く揶揄ってみた。すると、完全に起き上がったマーカスは真顔でこう答えた。
「イグナスは口で色々言うだけだろう。あの目は、親族に向けるものだと思う」
同じ地球という異世界の同じ国で生きた記憶をもつ者同士、2人の間に同族としての親愛の情があるのが見ていて分かるのだと、マーカスは言う。黒猫屋も妹をからかうようにヘスターに構うが、彼女の方も従兄弟か何かのように気楽にあしらっていると。
「…ギルバートは、違う」
「へえ」
「あれは、家族への目じゃない。土曜に城から帰ろうとしているとき、あの青年と目があった。あれは私を敵と認識していたし、ヘスターを連れ帰りたくて仕方ないという顔をしていた」
「まあ、そうだろうとは思ったが」
「その顔を見ていたら、急に腹がたってきたんだ。何故ヘスターは当然のようにあの男をあんな距離におくんだろうと。その上、何でもない顔をして親しさをアピールされたと思ったら、頭が真っ白になって、ヘスターに会ったら酷いことを言ってしまいそうで…馬鹿だな、私は」
儲け話に目がくらまなければ、本来頭の回転も読みも悪くないマーカスだ。それがこんな簡単な勘違いをしたのだから、相当頭に血が上っていたのだろう。ロンはさもありなんと黙ってグラスを傾けた。
一段落ついたとばかりロンが酒を味わっていると、マーカスががばっと立ちあがった。
「そうと決まれば、忙しくなるな。早速明日執務室中を花で埋めようと思うから、手配を頼む。それから」
「待て」
自覚したと思ったらこれか、とロンは額を抑えた。
即断即決のマーカスはすぐにでもへスターに思いを告げようというのだろう。しかし、それをロンは止めた。グラスを置いて、きょとんとした顔をしている親友にしっかりと目を合わせる。
「お前は立ち止まるということを知らない奴だが、相手の性格を考えろ。いいか、へスター・グレンだぞ。あの臆病者が、身分差のある上司から突然告白されたら、どうすると思う」
「…逃げるか引きこもるな」
マーカスの顔にようやく納得の色が浮かぶ。
「そういうことだ。おまけに、やたら頑固だから、一度逃げると決めたら数年単位で出てこないだろう」
「それは困る!」
拳を握って叫んだ彼は、今度はロンの正面に座って身を乗り出した。
「どうしたら、逃がさず手に入ると思う」
そんなことは自分で考えろ、と言うのが本音だ。だが、この手のことで放っておけば暴走するのがマーカスという男で、後始末をするのはロンなわけで。
だから、ため息を一つだけついて頭を振ると、ロンはこう忠言した。
「まずは、思いは告げずにせいぜい意識させることだ」
言うと、マーカスは緑の目を宙に向けて思案するようにした。ロンはもう一言、言ってやった。
「得意だろう?女たらしめ」




