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転生者のもどかしいかようび

結局ギルはこっちを見ようとしないままだったけど、私は彼をお城の正面玄関まで見送ることにした。

ホールまで来たとき、一介の対の棟から若様が歩いてきた。土曜なのに、すでに仕事をしていたんだ。

私が気付いたのと同時に、ギルも彼に気付いたらしかった。

無言のまま立ち止まると、ギルは小さく会釈した。

それから、じゃあなと私に向けて一言告げて、出ていった。通りに出て行く彼を寒そうだなと見送っていると、傍らから声がかけられた。

「あの男はこの前の知り合いか」

声が、低い。

びっくりして若様を見上げると、形のいい眉が不機嫌そうに寄せられていた。

「あ、おはようございます。はい、彼は自警団の一人で、ギルといいます」

「自警団の用向きを受けたのか」

「ええ、私にお客だと言われて…あの、用件は自警団のことだったのですが、勝手なことをしてすみませんでした。」

若様が身分や立場にうるさくないから油断してたけど、考えてみたらお城の住人でもない私が休日にお城のお部屋を借りて私用の客と話すのはおかしいかもしれない。それとも、昨日寝落ちしたことをやっぱり内心では怒っていたとか。どちらにしても、ここは謝るべきだろう。

「ええと、申し訳ございませんでした」

私は、諸々の反省を込めて頭を下げた。

それなのにちらりと伺った若様の眉間の皺は、ますます深くなっていた。

怖い。

「自警団の用件で、何故お前を名指しするんだ」

そんなこと私に言われても。

「一番呼びつけやすかったからでは。もともと、昨日の夜話そうと店に来たらしいですし」

「…ただの近所の知り合いだと言っていたのに、そんなに親しいのか」

今度は私が眉をひそめる番だった。

なんだか、責めるような含みを感じる。だいぶ前のことだし、ギルのことを何て説明したかなんて正直覚えていない。でも、そこに関しては怒られる理由がないから、少しむっとした。

だから、なげやりな口調になったかもしれない。

「それは、マーカス様より親しいに決まっているでしょう。一緒に帰ろうと言えるくらいの距離ですし」

だってギルにとって若様は、一度しか会ったことのない貴族様だ。比べれば、まだ私の方が話しやすい相手だろう。

当たり前の指摘をしたはずだった。にも関わらず、若様の目は見開かれた。まるでものすごく、衝撃的な事実を聞かされたとでもいうように。

今の言葉のどこに、そんなに驚くことがあったんだろう。若様は身分を気にしない人だから、ギルが若様には話しにくいというのがショックだったとか?

だとしたら、悪いことをしたのか。

「あの、マーカス様…」

でも私の言葉は、若様によって遮られた。

「出かけてくる。戻らないかもしれないから、今日はもう帰れ」

「え。あ、いってらっしゃいませ」

若様はそのまま、私に背を向けて行ってしまった。

金色のふわふわが遠ざかる。それを見て、不意に追いかけたくなった。でも、一階の角を曲がっていってしまう。振り返らない背中に拒絶を感じて、私はあげかけた手を下ろした。

話そうと思ったギルの話の内容は、結局来週に持ち越されてしまった。



翌週になっても、直接話をする機会はなかった。

若様とは2日顔を合わせていない。ロンによれば最後に捕まった男の裁判が始まったとか領主様の名代の用事があるとかで忙しいのもある。でも月曜も火曜も昼食のときにすら若様は帰ってこなかったので、やっぱり何かしら私に怒って避けているんだろう。

仕方がないから、私はロンに先に話を通して、若様へはギルに聞いた内容を書面におこしたものを机に提出しておいた。

執務室の掃除をしたりロンに頼まれた資料を探しに行ったりしていると、あっというまに時間は過ぎていった。

「ロン様が、呼んでいらっしゃいます」

侍女さんにそう伝えられたのは、かねてから約束していたライナス様との夕食を終えて、帰り支度をしようというころだった。

急な残業か、はたまた何かの説教か。

ロンの氷の視線を思い出して天使と過ごした癒しの時間の余韻が冷めてしまったけど、急いで執務室へ向かう。

でも、ノックをして入った執務室は薄暗かった。

残業のときはもっと白っぽい明るい照明がついている。橙色の明かりにあれっと思いながら進むと、長椅子に若様が倒れているのが見えた。

うつぶせに倒れた若様の髪が、赤いクッションの上に広がっている。

「どうなさったのですか?!」

「いや。あんまり鬱陶しいから、飲ませて寝かせた」

こっちがびっくりしているのに、側に座っていたロンは涼しい声で言った。

近づいて見れば、伏せられた顔の僅かに見える頬や耳が少し赤いし、お酒の匂いもする。飲んでいるところは何度か見たことがあるけど、こんな風に寝入ってしまうほど酔ったところは見たことがない。

「マーカス様は、お酒に強かったと思うのですが」

軽く、ザルのお前に付き合わせたせいじゃないのかと非難を込めて言う。

「お前よりは強いというだけで、並みだな」

酔いのかけらも感じられない顔でロンがグラスを傾ける。

お前も飲むかと言われたけど、ロンの酒を飲んだら酔っぱらって歩いて帰れなくなる。だから首を横に振った。

「私に用事があると伺ったのですが」

「ああ、そうだった。あの情報提供の話を、詳しく聞こうと思う」

なぜ今、とは思ったけど、忙しくて時間もないんだろう。ロンには簡単に説明したはずだけど、もう一度説明することにした。とはいえ、私も大した情報をもっているわけじゃないし、ロンからも特に質問もなく、説明はあっさり終わってしまった。

「そもそも事件なのか家出なのかも定かではないですし、その失踪が宗教と関係しているのかも分からないので、あくまでこんな話がよせられた、という程度の話なのですが」

「わかった。頭に入れておく」

ロンは小さく頷いた。私は少しほっとした。そんな話、と言われなかったのはありがたい。些細な情報も馬鹿にせずに耳に入れようとする、こういう仕事に熱心で真摯なところはこの男も尊敬できる。

「ところでそのギルという男、わざわざ仕事中にそれを伝えにきたのか」

そう言われれば、確かにギルの八百屋は土曜日も朝から仕事のはずだった。せっかく来てくれたんだからもう少し丁寧に対応すればよかったかな、と私は少し反省した。

明日の朝会ったら謝ろうか、と考えていると、ロンがこちらをじっと見ているのに気付いた。

氷のような表情の読めない目で見つめられると、こっちだけ見透かされているようで落ち着かない。

「何でしょう?」

何か言え、と思って尋ねると、ロンは形のいい唇を開いた。

「お前、そいつと付き合っているのか?」

「は?」

「マーカスがそう言っていた」

「はあ?」

失礼な声が出たけど、驚きすぎてそれどころじゃなかった。

なんでそんな話になっているんだ。それなのに、ロンはそれなら夜間のパーティ同席などは控えるなど配慮するがとか、よく分からないことを言い出す。

「あの、そもそもそんな事実はありません。ギルは単なるご近所の幼なじみですし、ご存じの通り私はずっと引きこもりでしたから、今といわず今までもお付き合いなんて話が出たことすらありません」

「だろうな」

ロンはあっさりと納得した。

そう言われるとそれもまた腹が立つけど。とりあえず、この男の失礼な言動はあと回しにして、私は誤解を解くのに専念することにした。

「どうしてそんな話になったのか…。私からマーカス様にギルの話をしたのは、自警団の用で尋ねて来たことくらいですけど」

「そいつの方がずっと親しいと言っていて、わざわざ迎えに来て一緒に帰る仲だと聞いたが」

「何がどうなってそうなるのですか」

私はあっけにとられてしまった。

ええと、あのときば何をどう話したっけ。

「そう、確か、自警団の関係する用件なのに、ギルが私を名指しして訪ねてきたことについて、何故だとマーカス様が機嫌を損ねられて…それで私、マーカス様より私の方が話しやすいに決まっているって言ったのです。ギルは口数の多い人間ではありませんし」

「しかし、一緒に帰る予定だったのだろう」

「え?違いますよ。それは方向は一緒ですけれど、私はこの件の報告やお茶の後始末をするつもりでしたし。ギルは面倒見がいいですから、私の帰りも気にしてくれましたけど、それだけです」

愛想はないけど案外いいやつで、私が学校に通い続けられたのは彼のお陰でもある。ほとんど誰とも関わらずに授業だけ受けていた私が学校でいじめられなかったのは、学年の中心グループにいたギルが私を邪険にしなかったからだろうと、姉たちが言っていた。

「なんにしても、平民のギルにとってはどうしたって若様より私の方が…ロン様?何を大笑いしているんですかロン貴様?」

ロンはびっくりするほど大笑いしていた。それはもう、一番最初に私をからかって遊んだときと同じくらいの、大発作だった。

「あのう…」

そろそろ、笑い終わってくれないか。そう思って声をかけると、奴はようやく声を落とした。でも、肩はくつくつとまだ震えている。

「は…そうか、そういうことか。成る程」

「え、なにが成る程なんですか」

「もう帰っていいぞ」

「何なんですかおいロン貴様」

ロンは私の暴言も気にならない様子で機嫌よく笑い続けている。

用があるから来いとか、帰れとか、おまけに訳の分からない誤解をするし一人で大笑いするし。なんなんだもう。

「いや、やっぱり遅いから泊まっていけ」

「いいです。街灯もありますし」

ロンが言えば若様の口添えがなくても泊めてもらえるんだろうけど、私としては甘えすぎるのはよくないと思っている。それに、おかしな誤解をされていたと知って火照った頬を、外気に触れて冷やしたかった。

私は重ねて誘いを断って、通りの店が閉まる前にと急いで執務室を後にした。


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