転生者のおかいもの
それから次の目的地まで、珍しく黙っている若様と共に歩く。
彼が静かなので、実家に来るまで気付かなかった街の様子がようやく目に入ってきた。
夏の終わりにさしかかり、祭りの準備を始めている店があちこちにある。
秋の初めに豊作を祈願する祭りがあるからだ。
提灯は前世の日本でよく見たものだけど、こちらの洋風の街並みにもなぜか祭りのときだけ見られるのだ。確かにエセル領には、元日本人をひきつけるものがこうしてみるとたくさんある。
提灯の飾られた店先は賑やかだ。
道行く人の顔も、少し活気づいて見える。
「楽しみなのか?」
声をかけられて、私は少し驚いた。
「いえ。お祭りなんて、もう10年以上出ていないですし」
人混みに出たくなくて、ずっと厨房を手伝っていた。幸い祭りの期間は食堂もかき入れ時で休まないから、彼氏持ちのモナ姉と友だちの多いミラ姉に交代で休んでもらえてちょうど良かったし。
私の返事に、そうか、と若様はまた短い返事を返してきた。
「あ、ここですね」
事前にマリエさんから教えてもらっていた空話屋さんを見つけて指さすと、若様が扉を押して開いた。
勝手に携帯ショップのようなものを想像していた私は、店内の様子にびっくりした。店の一角に石が山積みになっている。何故か天上からは薬草のようなものがぶら下がっているし、ここは本当に目的の店なんだろうかと不安になった。
「いらっしゃい」
奥から出てきたのは見事に普通の人間だったのでほっとする。それはそうだ、この世界にエルフやドワーフはいない。ただ、顎ひげ長く伸ばした彼の身なりは若干ファンタジーな香りのするもので、彼等が私とはまた違う世界を前世にもつ転生者なのだろうと思わせた。
「あ…」
空話が欲しい、と言おうとしたのに、口がはくはくと動くだけで上手く声がでなかった。異質な空気と男性店主に、私の人見知りが発動してしまったらしい。一旦そう意識するともう駄目で、私は俯いて自分のスカートを見つめることになった。
「やあ。良い店だな。これだけ石が多い店は珍しいんじゃないのか?」
代わりに前に出て話始めてくれたのは若様で、私はそのおしゃべりさに心底感謝した。
「そりゃどうも、旦那の言うとおり、うちの店は種類の豊富さが売りなんですよ。ところで、今日はなんのご用です?」
「空話を一台売って欲しいんだ」
「おや、旦那にですか?」
今時身なりも立派な成人男子が空話をもっていないのは珍しい。不思議そうな声を出した店主に、若様がまたしても代わって説明してくれる。
「いや、契約者は彼女だ。家を出て働き始めたところでね、必要になったんだ」
なるほど、と店主は納得して私に話しかける。
「最近、一人で3台も4台も契約していくお客がいましたんでね、旦那もその口かと思いまして。いや失礼、それではお嬢さん、ご希望は何かありますかね?最近は空話といっても、大きさから色から、さまざまなんですよ」
そう言いながらカウンターの下から取り出したのはいくつかの空話が載ったトレイで、木製のものから金属製のものまで様々な素材のものがあった。
プラスチックがないこちらの世界の空話は、機能こそ通話専門の携帯電話だが、見た目はかなり違う。滑らかな受話器型の本体に、不思議な模様とボタン代わりの数字が描かれていて、その上に石をはめ込む穴が空いている。その石がエネルギー源にも画面代わりにもなって通話を可能にしている…とは知っているけど、その辺の詳しい技術は彼の世界の転生者が独占しているため、よく分からない。
「こ・これが」
私は何とか勇気を振り絞って、自分に合いそうな大きさの一台を指さした。色が真っ黒であまり好みじゃないけど、まあ使えればいい。
すると隣から若様が、言った。
「その形で別の色があれば見せてくれないか」
「ええ、結構ですよ」
店主がまた、ごそごそと下から包みを取り出す。紙から出てきたのはさっき私が示したものとほぼ同じ形の色違いで、私はその中の若草色の一台に目を引かれた。
「これが良いんだな」
何故分かったんだろう。若様が店主に差しだしたのはまさに私が気に入ったもので、店主はすぐにそれに石をセットし始める。
替えの石も含めて2万ほど。まあまあ予定通りのお値段だった。ところが財布を出そうとすると、若様が私とカウンターの間に割り込んだ。
「あ」
まだ声が紡げない私をよそに、若様はさっさと会計を済ませてしまった。
「…あの、自分で」
「私に恥をかかせる気か?」
恥とか、そういう問題じゃないはずだ。デートでも男の人に払わせて平気でいるのは納得いかないのに、私は今若様とデートしているわけでもない。
「でも」
言い募る私に、若様はため息をついた。
「特別手当だ。返却は受け付けない。…ところで、店主殿」
特別手当って、ボーナス?それとも、残業代?どっちにしても若様のポケットマネーから出てくることには納得いかなかったけど、若様が店主と話し始めたので後にするしかなくなった。
「先程の話だが。一人で大量の契約をしていった客というのは、どんな人物だった?」
「え?どんなって…そうですねえ、普通の若い男ですよ。ああ、でも少し訛りがあるから、外国の人間かもしれないなあ」
「そうか。そいつはよく来るのか?」
「はあ、そりゃまあ、月に一度くらいは来ますかねえ。うちは交換用の石も扱ってますしね」
「そうか。いや、私も仕事用にもう一台くらい契約しようかと思ったものだから」
「左様でしたか。その際はぜひまたおいで下さい。」
「そうさせてもらうよ。ありがとう」
「ああ、お嬢さんも、説明書を読んでも分からないことがあれば、気軽に聞きに来て下さいよ」
「はい、ありがとうござりました」
何とかお礼だけはしっかり、噛んだけどもなんとか伝えて、扉を開けて待つ若様の方へ急いだ。
私が通ると若様は扉を放した手を上げて、ガラス越しに軽く店主に挨拶する。
歩き出した若様は、どこか上の空だった。
「あの、若様、今のは」
何のやりとりだったんだろう。私は、ひとまず疑問を解消しようと話しかけた。すると、若様は少し店から離れた後、私を振り向いてこう言った。
「ああ、お前が以前書いていただろう。詐欺には、役割分担があると。金の受け取り係や空話係、他に道具を揃える係もいるのなら、そいつが一度にたくさん仕入れてもおかしくないと思ったんだ」
「あ!」
気付かなかった。
あの店主の話で、ぴんと来ないといけなかったのに。
若様の言うとおり、道具係が集める必須アイテムが空話であることは間違いない。それを何台も一人で契約していったというんだから、怪しんで当然なんだ。うまくいけば、一月以内に下っ端を捕まえることができるかもしれない。
いや…むしろ、もっと早く気付いて手を打っておくべきだった。
私ってなんてうかつなんだろう。私は結局のところ、知識はもっていても、そこから考えることが十分じゃないんだ。
ずどんと落ち込みかけた私の頭に、ぽんと大きな手が載った。
「ヘスターのおかげで、また手がかりが見つかりそうだ」
「…私のおかげではないです」
気付いたの、若様だし。それなのに、また子どもを褒めるようにぽんぽんと頭の上で手が動く。
「今日ここへ来て本当にラッキーだった。先だっての似顔絵捜査に動きがないからな、これで足がつけばいいが」
叩いたって布団じゃないんだから埃なんかでないよ、と思いつつ、ぽんぽん叩かれていると、少しずつ後ろ向きな気持ちが出て行くような気がした。繊細さの欠片もない人なのに。ご満悦の表情を見るに、きっと今だって、私が落ち込んでいるとは思っていないのに。
それがおかしくなって、少し笑うと、私は顔を上げて若様を見上げた。
「ありがとうございます」
「っだから、特別手当だ」
それだけじゃないけど。いや、むしろお金は後で返したいけど。でも、大股で歩き出してしまった若様を追いかけるのに忙しくなって、私はお礼の内訳を言いそびれた。
そこから次の目的地である自警団の団長さんのところまでは、あっというまだった。
団長というのは、最初の集会があったあの酒場の店主だ。
活動の様子を聞いたり、チラシをもう二、三枚欲しいと言われて渡したりした。
チラシがあるとお客に話をふりやすいとなかなか店主達に好評だそうで、それで実際家族に注意をしてみたという常連客もいたという。自警団の健闘ぶりに感謝を伝え、開店間近の店を後にする。
帰り際、見送りにでてくれた店主が言った。
「そうだ、今度の祭りでもこれ、配ったらどうだい?人が集まるし、広めるチャンスだろ」
「いい考えだが、残念ながら枚数が足りないんだ」
本当に残念だ、と店主と言い合った。
若様がぶんどってきた予算は、お店や公共機関に貼ってもらう分で精一杯だったんだ。かといってポケットマネーを安易に出せば国や議会の非難を浴びるというから、その辺は本当に、お城の若様と言っても世知辛い。
だから、私は今年もお祭りには縁がない。
まあ、いくら脱・引きこもりが順調にステップアップしていても、さすがにお祭りはハードルが高いしね、と私は、提灯に灯りだした明かりを眺めながら、街を歩いた。




