転生者とまどとワイパー
軟禁状態が一週間すぎた。
私の1日は、朝自室で朝食を食べて執務室へ向かい夕方自室へ戻るルートと、夕食へ向かうルートの二つだけになった。一度ライナス様と鉢合わせてお互い一分くらい固まったけど、それ以外には何の変化もない。
夕食も、このところ個々のことが多い。詐欺に関する法を成立させるために、領主様と奥方様がいろんな夜会に出て根回しをしているのだという。やっぱり、作るだけじゃあ駄目で、そういうことがいろいろ必要なんだと私はそれを聞いて唸った。
条例制定の準備は文官と共に徐々に進められているようだ。以前食事会にいた眼鏡の男がその中心だという。あの、髭男とと同じく私の拘留案を出したやつだ。それもあってか私は若様にその会議に出るよう言われたことはまだない。
治安対策補佐官という仰々しい名前をいただいているが、今私に任せられている主な役目は、黒猫屋と協力して条例をすり抜けてしまう詐欺がないかを検討することだ。ただ、警備隊に目をつけられている状況で出かけていくのは大変なので、それぞれ読んで気付いた点をリストアップして空話で確認することになった。
もう一つは、ナン女史への定期連絡だ。これも、お城の空話を借りて済ませる。私に連絡しろというのは、私が転生者だから協会との橋渡しに適任という考えなのだろう。でも、多分好かれていないと思うから、適任と言えるのか疑問だ。
「それで、あなたは何をしょぼくれているのです」
受話器の向こうから、だらしない、と今にも付け足しそうな彼女の声が聞こえた。
「ええと、ですから、やっぱり転生者が詐欺に関わっているのかなと思ったり、そうなると私たちはどうなるのかなと考えたり、ですね」
「確かに状況的に、転生者が何らかの形で関わっている可能性が高くなったと協会も考えています。りけれど、仮に転生者が犯人だとしても、それであなたが責任を感じることはありません」
きっぱりと言い切った彼女に私は明るい声を返そうと思ったけど、ふへ、と情けない声が出ただけだった。
協会は転生者側だからそう言ってくれるけど、皆がそう思う訳ではない。警備隊は誰を疑う?被害が広まれば、被害者は誰を恨む?それに、この前は『お前には関係ない』と言ってくれた若様だって、今後どう思うかは分からない。
答えない私を気遣ったのか、ナン女史が少し柔らかい声を出した。
「犯人が見つかれば、はっきりすることです」
「・・・そうですね。早く、犯人を捕まえなければ」
私の答えは、我ながら絞り出したような声だった。
どうやってつかまえる気だ、と自分に自嘲しながら、空話を切る。
今度の事件について何も知らされていない私に、何ができるのだろう。
そして、知らされていないのは、もう何の期待もされていないからじゃないのか。
そんな私が、ここで、何をすればいいのだろう。
ナン女史への定期連絡も、条例案の読み込みも、午前中にすませてしまった。
私は、せめて新しく思い出せる手口はないかなどと一生懸命頭をひねった。でも、昼食後2時間もすると考えすぎで頭の芯がぼおっとしてきた。
外の空気が吸いたくて、私は窓を開けに行った。
季節はもう6月になろうとしている。少し集中して作業をしていると、じっとり汗ばんでくるような日も増えてきた。
執務室の中程にある大きな一枚ガラスの窓を開けたところで、ふと階下の気配に気付いた。コの字になった城の中庭を、たくさんの人が歩いていく。その中に目立つ金の髪を見つけて、私ははっとした。
声が聞こえる。
忘れもしない、あの髭のダドリー伯の声だ。
「あの娘を尋問させていただきたい」
「なりません。ヘスター・グレンには事件に関与できなかったというアリバイがある。彼女は詐欺の電話がかかってきたとき、確実に城にいたのだから」
「あの娘が黒幕だとすれば、それはアリバイになりません。誰かに指示を出していたとも考えられるでしょう。それこそ、疑いの目をそらすためにあえて自分が城にいる時間を狙ったのかもしれない」
「彼女は自分の空話すら持っていないのですよ」
「事前に指示を出していれば可能です。それに、この前の被害者の老女とあの娘は知人なのに、被害者宅へ来なかったらしいでは・・・」
声が、途切れた。
銀髪と長い腕が見えて、ロンが窓を閉めたのだと知る。
彼は、はあとため息をついた。
私は、思うように動かない口を、何とか働かせた。
「・・・やっぱり、疑われているのですね、私は」
転生者が、ではない。私が、疑われているのだ。だから若様たちは、私にはここから出るなと言うけれど、黒猫屋のことは保護していない。
ロンは、そうだとも違うとも言わなかった。
「マーカスもジオルド様も、お前を尋問させる気はない」
はい、と私は笑おうとした。でもよっぽど不細工な顔になったんだろう。
ロンはもう一度ため息をついて、こう言った。
「俺はマーカスのように話も聞かずに信じるということができない。だから、信じろというなら、お前の言葉で納得させろ」
それは、信じる気があるという意味だろうか。まだ、信じてもらえるのだろうか。
私は、勇気を振り絞ってロンの顔を見た。切れ長の水色の目からは相変わらず感情の動きを感じなかったが、じっと私を見つめて待っている。だから、何かしゃべらなくちゃいけない、と思った。
「はい」
かなり遅れて返事をしたにも関わらず、ロンはなんの滞りもなかったかのように頷いた。
「何故、お前はギャビ婦人に会おうとしなかった?」
私は答える前に、息の仕方を思い出す必要があった。しばらくは肺を満たし、また吐き出すことに神経を注いだ。
それから喉を絞って声を出した。
「会うのが、怖くて」
ロンの反応は淡々としたものだった。
「お前の人見知りは知っている」
私は首を横に振った。
「・・・ギャビさんは、ただの近所の人というのじゃなくて。私にとっては、祖母のような、人なんです」
「祖母?」
「はい。・・・ギャビさんのお孫さんは遠くに住んでいるし、私は小さい頃、彼女に預けられることも多かったので。ギャビさんは、私が転生者だと知ったときも人一倍喜びました・・・それから、私が何もできなくても、ずっと期待して、いつか大成すると言い続けて。だから、誰より会うのが怖いんです」
「・・・なるほど。期待の、象徴か。共感はできないがお前の今までの言動とは矛盾しないな」
私は、意識してまた息を吸った。
「学校を卒業した後は、ずっと家にこもって会わないようにしてきたんです。小さい頃、あれだけお世話になっておきながら・・・ギャビさんは独り暮らしで、私に話しかけるのを楽しみにしていると知っていたのに。寂しかったかもしれません・・・だから、騙されたのかもしれない。そう思うと、余計会わせる顔がなくて」
はっきりと思い出せる、ギャビさんの小さな家の間取り。木の実のクッキーの匂い。それから、私の下校時間に合わせるように、玄関先で椅子にちょこんと腰掛けて縫い物をしている姿。それが息苦しくて、申し訳程度に2、3言話してそそくさと家に帰る、学生時代の自分。
「罪悪感を感じるということか」
はっきり言う。ぐさりときて私は、声にならずに頷いた。
そう、ロンの言う通り、私は罪悪感を感じている。
「もし、私が・・・変わらずギャビさんと親しくしていたら、相談を受けたかもしれません」
そうしたら。
「お金をとられる前に止められたかも、しれません」
ギャビさんが騙されたのは私の罪だ。私の中のもう一人の私が叫んでいる。
ぶわっと沸き上がった涙で前が見えなくなった。
ここで泣くのはずるいと、思った。
今は泣いてなあなあにすべき場面ではなくて、きちんとロンが納得いくまで話すべき場面だし、泣いていいのは、被害にあったギャビさんだ。だから、溢れた滴を急いで袖でぬぐう。後から後から溢れてくるけど、こんなのは正統な涙じゃないから、勝手に流れてくる水分をぬぐうのも、ワイパーが雨を払うのと同じことだ。
「仮定の話に意味はないが、お前の行動の理由は分かった」
「は、い」
私がワイパーに徹していると、ロンはハンカチを差しだしてきた。そういうことをすると、余計涙が出るって知らないんだろうか。借りるけど。
「・・・別に、あの髭の強硬論は今に始まったことではない」
ロンの口調が、少しゆっくりになった。
「ダドリー伯には年頃の娘がいるんだ」
急に話が変わる。
「奴がごねる理由の半分は、マーカスの側にいる女を排除しようという、娘可愛さの私情だ。まあ、力をもっているからそれでも一定の人間は追従しているが。ほとんどの文官は一歩引いて静観しているし、城の人間の多くはお前の引きこもりぶりを知っている。」
つまり、これは安心しろという意味だろうか。私、今この人に励まされた?
ロンは若様のように、お前は犯人と関係ないとは言わなかった。信じるとも言わなかった。今も、彼の氷のような目元はにこりともしない。
でも、いつものように淡々と事実を積み重ねられて、ほんの少し安心する自分がいた。
「ありがとうございます」
ロンは、流麗な目元を少ししかめた。
「礼を言われる覚えはない」
現実世界は秋なのに、作中は夏に向かっています。季節が正反対ですみません。




