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転生者のうたがい

かちゃりという音で、私は現実に戻された。

「まあ、ヘスター様。電気も着けずにどうなさったのですか」

「ハンナさん・・・」

私は体を起こした。全身の感覚が鈍かったけれど、それでも動けたことが、不思議だった。

「先ほど若様から連絡がありまして、まだ時間がかかりそうだということでした」

ハンナさんは部屋のカーテンを閉めに来たらしかった。

いつの間にか部屋の中は暗くなっていた。窓の外では相変わらず雨が降り続いていて、雨雲が夕闇でますますどす黒い色に染まっている。

「ヘスター様もお疲れでしょう。もうお部屋へお戻り下さいな。夕食もお部屋へお運びしますから」

「はい・・・」

返事ができている。

そのことに、なんだ、と呆れる。

なんだ、ちゃんとしゃべれるんじゃないか。

動けるし、しゃべれる。

だったら、どうして私はさっき、行かなかったんだ。


その日は2人とも遅くまで戻らなかった。夕食も別々だったので、私は若様ともロンとも顔を合わせずにすんだ。

翌日、執務室に向かうと、2人は何事もないような顔をして仕事をしていた。

私はその中で一人、目の下にくまをつくっている自分の滑稽さをさらに恥じた。

昼前、お手洗いに向かおうと廊下に出たところで、若様に声をかけられた。

「ヘスター。少しいいか」

上司に話しかけられて、駄目とは言えない。ましてやそれが居候先の息子さんならなおさらだ。

「ギャビ婦人を知っているか」

「・・・はい」

自分の声が遠くに聞こえた。

「そうか。どういう関係だ」

「家が、近所で・・・子どもの頃は、とても可愛がってもらいました」

「なるほど・・・」

それだけ聞くと、若様は戻っていった。

私は、そっと息を吐いた。話しているうちにいつの間にか息を止めていたらしい。

若様がこんなところでわざわざ呼び止めたからてっきり、今日一緒に行けなかったことやギャビさんを知っていると言わなかったことを責められるのだと思った。それなのに、これだけのことを聞くために呼び止めたのだろうか。

あきれ果てたから、何も言わないのだろうか。私は、親指を握りしめた。

お手洗いから戻ると、若様はすでに出かけていた。そして、夕刻になってようやく戻ってきた。

若様はどさっとソファに座り込むと、頭を振った。

「駄目だな」

今日は、確か罪人の聴取に同席していたはずだ。

ギャビさんの事件は犯人が捕まっていないらしいので、勿論これは若様の事件の罪人だ。らしいというのは、よく知らないからだ。今朝から2人はこれまで以上に忙しくしているけれど、それについて私の居るところで口にすることがないのだ。私の方も、ものすごく気になるけど、自分から聞くこともできずにいた。

若様に対して詐欺を働いた二人の取り調べが始まって、もう一月になる。罪人の聴取は本来警備隊の管轄だけど、若様も自分が被害者だからと聴取に加わっている。

「だんまりか」

ロンが聞くと、若様は首をひねった。

「一人はな。もう一人は、本当に大したことを知らないのではないかと思えてきたな。盗みなんかの余罪はぺらぺら話すのに、計画の全貌は話さないんだ」

「捕らえたのは下っぱで黒幕が他にいるということか」

「本人も指示を受けただけだと言っているし、警備もこれは言い逃れではないだろうという考えに傾いている」

「そうなると、ますます深刻だな」

「ああ。・・・ヘスター、お前もこちらで聞け」

若様が私を呼んだので、私は2人の座ったソファの側まで近づいた。ロンに気が散るから座れと言われ、ふかふかだけど柔らかすぎない極上ソファの端っこに緊張しながら収まる。

私がふわふわ加減と2人の美形との距離感に固まっていると、若様は話し出した。

内容は、この前ロンが口にした疑問についてだった。

以前ロンが、過去の裁判記録には同様の詐欺事件は見られないと言っていたが、その後過去の陳述書を当たっても、最近起きた詐欺に関係しそうな事件は見つからなかったそうだ。その上、他領から国へあげられた異変報告の方も同様だった。

つまりそれは。

「いよいよ、今エセル領で起きている事態の奇妙さが明確になった」

若様は『奇妙』という言葉を選んだけれど、はっきり言えば、異常なのだ。

エセル領でばかり頻発する詐欺事件、それも手口は様々となると、どうしても嫌な考えが浮かんでくる。

「・・・転生者が関わっているのでしょうか」

私は多分青ざめていたと思う。

だって、考えたくない状況だから。エセル領に今何人の転生者が生存しているだろう。そのうち、何人がオレオレ詐欺と投資詐欺のある世界、ある時代を知っているだろう。

黒猫屋に巡りあったことが奇跡的だと思ったのに、他にも同じ背景をもつ転生者がいるなんて、考えられるだろうか?そうなると、疑われるのは、自分か黒猫屋で・・・私にはどちらも違うと分かるけど、周りにどう見えるかは明らかだ。

皆、また私や黒猫屋を疑うだろう。実行犯が捕まったことでしばらくトーンダウンしていた警備隊の髭男だって、黒幕が他にいる可能性が高いとなれば、いよいよ私の拘留を求めるだろう。それに、若様やロンや奥方様だって、私を信じてくれるとは限らない。こうなってもまだ信じてくれるだけの信頼なんて、たった一月そこらじゃ望めない。

だって、もう1人同じような背景をもつ転生者が居ると考えるより、今いる2人のどちらかが犯人だと考える方が、自然だもの。私だってそう思う。それに・・・成功した実業家で被害者でもある黒猫屋と、成り行きでお城に拾われただけでまだ引きこもりのリハビリ中の私、どちらを疑う?この肩書きを聞いて2人のうちどちらか選べというなら、10人中10人が私を選ぶだろう。

私じゃ、ない。

そう言いたいけど、状況を考えれば考えるほど、私が犯人みたいだと思えて、口が動かなかった。

ロンが、ため息をついた。

それが自分ではないと言うことすらできない私への呆れに思えて、私はソファの上で身を縮めた。

「転生者が関わっているのか、偶然知り得た情報を他の人間が利用しているのか、今の時点で確実なことは分からない」

ロンは淡々とした口調で言った。

「だが、しばらくは一人で動くな」

一人で動くなと言うのは、見張りが必要だから?それとも、何か危険だから?

「黒猫屋や協会への用事も、空話ですませろ」

つまり、城からも出るなということだ。

「・・・それは、皆様が、黒幕として私を疑っているからですか」

声が震えてしまった。

「・・・警備隊が、黒幕として転生者を疑っているのは確かだ。奴らに拘束されると面倒だから、一人で動くなということだ」

それは、結局どういう意味なんだ。危険だという意味は分かったけど、それ以上に、若様やロン、領主様や奥方様は私を疑っているのか、そこのところはどうなのだろう。

不安で、喉の奥が熱くなってくる。自分の手が力を入れすぎて真っ白になっているのを見つめながら、私を信じてと言えない自分の情けなさを噛みしめていると、頭の上にぽんと温かいものを感じた。

驚いて顔を上げると、若様が、身を乗り出してぽんと私の頭を叩いていた。

・・・何、これ?どういう意味?

若様は混乱した私をなぜか満足気に見て、こう言った。

「大丈夫だ。たとえ転生者が関与していようと、お前には関係ない」

その無駄に自信に溢れた笑顔に、私はうっかり見入ってしまった。

ヘスターがここ数話暗くてすみません。次回あたりで一区切りつく予定です。

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