転生者、ぐちをきく
とりあえずデートは置いておいて、店の手伝いをすることを条件に時間を割いてもらう約束を取り付けた。
このやりとりは忘れたい。だって、生まれてこの方デートなんてしたことないし、断り方なんて知ってるわけがない。そんな私が、上手にかわせるわけがなかった。
「絶対に、無理です」
だって、デートって肩が触れるような距離で歩いたり、いっしょにクレープ食べたりするやつだ。脱引きこもり訓練中の私には、ハードルが高すぎる。だからはっきり断ったのだが。
「ええー。公園とか散歩して、ちょっとお茶する感じなら大丈夫でしょ」
「顔も見れませんし、並んでなんて歩けません」
「顔はのぞき込むし、手をつないで歩くから大丈夫」
「そ!・・・そん、な!」
それは、私にとっては処刑台に上がれと言われたのと同じだった。心不全か窒息死どちらか選べってことかと本気でぞっとした。
「殺す気ですか?」
「え、超初心者向けの案なのに。奥手だなあ。ま、なら仕方ないかあ」
こうして恐怖におののいた私を見た黒猫屋は、ようやく諦めてくれた。
助けに入らなかった2人の役立たずのことを、私はその日1日脳内で罵り続けた。決して口に出して罵ったわけではないし、目を合わせないのもいつも通りだけど、私の怒りは通じたらしく、彼等はそれぞれ言い訳のようなものを口にした。
「しばらく恋愛事には近づかないようにしているんだ。他人のものも自分のものも」
「むしろ、対価としてはかなり良い条件だったから、止める必要を感じなかった」
余計に腹が立ったことはいうまでもない。
翌日から黒猫屋が都に買い出しに行くというので、実際手伝いに行くのは2日後になった。その日のために、私は詐欺についての知識をなるべくたくさん書き出すことと、いかに奥方様に出かけることをばれないようにするかに心を砕いた。後者は失敗したが、何故か奥方様はいつものフリフリを用意しようとはしなかった。思った以上に地味な服を用意してくれたので、驚きつつも助かった。
「その男、ヘスターちゃんをデートに誘ったらしいわね?いいこと、隙を見せては駄目よ」
灰色の修道女のような服を差しだしてきりりと表情を引き締めた奥方様は、それはそれは美しかった。だから私は、うっとり見とれて、わけも分からないまま頷いていた。
今日、若様は別件の仕事があるとかで居ない。ロンも当然そちらについていくものと思えば、いつも馬車に乗り込む場所にいたので驚いた。
銀髪を発見して私は身構えたけど、奴はそんな私をまるで眼中にないというようにをふふんと鼻であしらった。何か手に持っていたものを外に放り投げると、ロンは言った。
「奥方様に言いつけられたからな」
いかにも仕方がないという口ぶりだった。
「今日マーカスは1日地方の視察だ」
馬車に乗り込むと彼は言った。
それくらい知ってる。あんたもいけばいいのに。そんな言葉を飲み込んで俯いていたら、また酔いそうになってきた。
そう思っていたら、ロンがまたしゃべった。
「口がなくなったのか」
そんなわけあるか。あんたと喋りたくなかっただけだよ、と思ったけどさすがに言えないから、こう返した。
「こちらから声をかけては失礼かと思いましたので」
「失礼はこの狭い馬車で一言も話さない方だろう。俺が話しかけたのだ、話すべきだな」
うわ、横暴。なんか、こいつって若様以上に偉そうだ。
反発は覚えたものの、小心者の私は狭い馬車の中で無視をし続けるほどの度胸がない。仕方なく、無理やり世間話をひねり出した。
「領主のお仕事って、偉い人たちと高いお洋服を着てお食事をするだけかと思っていました」
内容も口調もかなりなげやりだけど、この男は腹がたつからもういいや。失礼上等、関係なんてどうせもともと険悪だ。
そう思っていたのだけど、意外なことにロンの声音は全く変わらなかった。
「それも一つだが、自分の任じた役人が正しく領地を治めているか見て回ったり、作物の出来を確認したり、そういう地味な仕事も多い」
「へえ…」
拍子抜けした私は、またしても雑な返事をした。
「今日は領営のワイン農場の視察もあった」
温暖なエセル領にはワインの名産地があって、その生産と流通は領内の重要な産業になっているのだが、もしかして、これは行きたかったという意味だろうか。辛党なのか?こちらでは17は大人だし、それ以前に飲酒しても法に触れはしないけど。いやまさか。
「・・・愚痴ですか?」
少し顔を上げて聞けば、銀髪の下の水色の目が、ちらりとこちらを見た。
「そうだ。年に数回しかない機会だった」
・・・私に言われても。いや、私のお守りが迷惑だっていう主張なんだろうけど。でも、涼しい顔して案外あほらしいことを言うものだから、怒る気も起きなかった。
「若様に空話でお土産でも頼んだらどうですか」
普通側近が主人を使い走りにしたりしないだろうけど、と思いながら言うと、意外にも彼はその手があったか、と頷いた。アリなんだ。
「お返しに教えてやろう。ライナス様の悪戯がどうしようもなくなったら、マーカスに言うといい」
「!」
「ただ、本当に耐えきれなくなるまでは、言わない方がいい」
こいつ、知ってるんだ。私がライナス様にいやがらせされていること。誰にも言っていないし、見られてもいないと思ったのに。それにしても、本当に耐えきれなくなるまではという注釈はなんなのだろう。
考え出したときにちょうど馬車が停まったので、中断させられた。
馬車から出て地面を踏むと、ふらふらせずに立つことができた。
今回も酔いに勝ってたどり着けたという嬉しさを感じる。この分ならちゃんとお手伝いできそうだ。




