転生者、どこか考える
復活した若様のおしゃべりを聞き流しながらの帰り道、家の都合で今日の面談に来ていなかったリリの家に寄った。
顔を見たい私の希望と、この前の協力へのお礼という公的な目的だ。
店にはいると、リリが一人で店番をしていた。
「マーシャルさん…ええと、レアさんは?」
買い物よ、とリリが言った。
若様はそうかと頷くと、さっさと礼状を出した。とりあえずリリへ先に伝えることにしたらしい。
一応形式にのっとりつつも無駄を省いた自己流の協力御礼の挨拶を済ませ、彼は最後ににっこり笑って握手を求めた。
私は、老若男女身分の貴賤も問わず軽々と握手するのがこの人らしいなと思いながらそれを見ていた。さすがにキスまではしなかったけど、リリが大人だったら、したのかも知れない。したに違いない。なんせタラシだから。仲直りはしたけど、私の中の若様の評価が変わったわけじゃあない。マーカス・タラシ・エセル認定は継続中だ。
でも勿論口には出さないで、私はリリに向き合った。
「改めてだけど、本当にありがとう、リリ。リリのおかげで私、無事に帰って来られたよ」
「今度からヘスターが危険に突っ込んでいけないような薬を作るべきだと学んだわ」
諦めたような目を向けられたけど、私は嬉しくなった。
だって、今度からってことは、これからもリリは私たちに付き合ってくれるつもりだってことだ。これは、仲間が増えたと思ってもいいんじゃないか。ついでに、ヘスター・グレン初めての友だち、と思ってもいいのか?あ、そうしたらナンさんも、恐れ多いけど友だち扱いしちゃっていいんだろうか。
頬が勝手に弛んでいく。ふへ、と変な笑い声を上げた私からリリは目をそらした。若様は珍しく大人しくそれを見ていたけど、少ししてこう言った。
「そう言えばレアさんは、どこまで行ったんだ?」
彼女にもカグの根を扱っている店を教えてもらったし、お礼を言いたい。尋ねた若様に、リリが答える。
「調合を頼まれていた薬を届けにいっただけなので、多分もうすぐ戻ります」
それで、私たちはしばらく待たせてもらうことにした。
「最近、レアさんとはどう?」
私は、一番聞きたかったことを口にした。
世界一薬や医療の進んだ国の薬師だった記憶をもつリリは、母親に嫌われまいとその過去を隠していた。でもこの前、捜査に協力するためにとうとうそれを明かした。それ以来リリとは直接会えていなかったから、捜査に協力してくれたお礼を言いたかったのも勿論だけど、そのためにお母さんとリリの関係が変わったんじゃないかということが、ずっと気になっていた。
リリは私の質問に答える前に、小さな顔を窓に向けた。
「特に、何も」
私はこの言葉を、どうとらえればいいのか、分からなかった。
嘘を言っているようではない。でも、それはいいことなのか悪いことなのか。
だから、違うことを言ってみた。
「店番、任せてもらってるんだね」
「最近ね。…前世を話したから」
そこで、彼女は観念したようにため息をつく。それは7才の子どもに不似合いな大人びたものだった。
「やっぱり、変わったといえば、変わったわね。こういうのもそうだし、大人扱いになった」
「そう…それは、辛い?」
変わらぬ子ども扱いが辛いという転生者もいれば、親の態度の変化を恐れたりそれに苦しんだりという転生者もいる。リリは後者だと思ったから、聞いた。
「どう、なのかしら。でも、自分で選んだから、辛くても後悔はしない」
いつか自分が口にした覚えのある言葉を出されて、私はうろたえた。
リリがそれに気付いて、こちらを見てくすりと笑う。
「なんて顔してるの?これは、私の今生よ。貴方はあくまで相談者。決めるのは、私。母親が自分と同じ職業で、自分以上の知識をもっている娘をそれまでと同じ目で見られなくなることくらい、分かってた。それでも、隠し通すより、薬師として後悔しない方を選んだだけ」
…ああ、リリは生まれ変わっても、薬師なんだ。仕事にプライドがあって、それを曲げたら自分が曲がってしまうくらいの、思い入れをもった。
でもその容れ物は、まだ7才の子どもでしかない。だから、苦しい。だから、リリはため息をつく。
「レアって、私の元いた国で、『疲れし者』って意味よ」
リリの脈絡のない言葉に、私は思い悩んだ挙げ句、こう返した。
「じゃあ、リリは?」
私が聞くと、リリは少し口を閉じてから、小声で答えた。
「リリという名前は、百合の花から。それにちなんで無邪気という意味もあるわ」
…私、馬鹿だ。
私は自分の失敗を知った。
彼女は、無邪気ではいられない自分を、疲れた母に対して申し訳なく思っているんだ。二人の関係に表向きの変化はなくても、やっぱり多少はぎくしゃくしないわけがない。そのぎこちなさと母の様子を、リリは自分のせいだと責めているんだ。
それを、私は不躾にえぐった。
最悪の返し方を選択した自分に、城に戻り次第石の壁に頭をぶつけようと決める。間が悪いのとか、読みが悪いのとか、そういうのが衝撃で少しはましになればいい。
そのとき、壁にもたれていた若様が唐突に言った。
「リリとレアか。名前の響きが似ているな」
若様はリリ、レア、と節をつけるように口にして、暢気に笑っている。
私とリリは顔を見合わせた。
「…似ている?」
「…文字数とか?」
一文字も同じでは無いんだけど、まあ、言われてみれば似ていなくもない、んだろうか。
何より、意味がどうのと気にするよりはいいのかもしれない。
「マーカス様って、変な人ね」
リリが私にだけ聞こえる声で、くすりと笑って言った。
「うん…そうなの」
何となく誇らしい気持ちで、私は答えた。
そこへ、扉が開いてレアさんが入ってきた。
「あらまあ、いらっしゃいませ。リリ、ちゃんと店番できた?」
若様がお構いなくなんて言って、リリがこれは客ではなくてエセル領の若様だと説明して、それを聞いたレアさんはびっくりして恐縮し始める。隣町だし若様の顔を直接見たことがないレアさんが突然の訪問に焦るのは当然だ。
「どうしましょう、私ったら」
「こちらが急に押しかけたのですから、どうぞお気になさらず」
「母さん、興奮しすぎ。レブの葉のお茶でも飲む?」
リリが若様と一緒になってレアさんを宥めているのを見ながら、私はふいに笑いたくなった。
それに気付いたらしいリリが、どうしたの、と寄ってくる。その後ろでは、レアさんがお客様に良いお茶を、とお店の棚をひっくり返す勢いで準備を始めている。
「ねえ、リリ。前世からリリは、レアさんと同じものが好きなんだね」
リリは無言で私を見上げた。
私は、その澄んだ紅茶のような色の目と、もう少し深みのある茶色の目の持ち主を見比べて、もう一度言った。
「ねえ、完全に元通りにはなれなくても、リリとレアさんって、やっぱり仲良くなれそうに見える」
リリの目がゆっくり丸くなった。
それから彼女は、自分も母親の方を見て、言った。
「そうね。…私も、普通の娘と母には戻れなくても、一緒に薬を売りながら、姉妹みたいになれたらいいと思う」
「うん。きっとなれるよ」
「とは言っても私、姉妹なんていたことないから」
「え」
話の流れに戸惑った私に、リリはじれったそうな目を向ける。
「だから、前世も今生も姉のいる人。ちゃんと相談に乗ってよね」
「!…うん、まかせて」




