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転生者、こそこそはしる

「夜の間に届いた情報だ」

朝目覚めて、全員で昨日の残りのスープとパンだけの簡単な食事を取りながら若様が話す。

「まず、ジョーのものらしい緑の馬車がこの森の北の外れで乗り捨てられていたと、こちらの警備隊から通報があった」

物証だ。私たちはどよめいた。

「それからクレアと似た風貌の娘が彷徨っているのが森の側で目撃されている」

これには、よかったという声と困惑の声が半々だった。

「クレアとジョーは別々に動いているのか?」

「でもなんにしろ、生きているなら良かったさ」

若様がさっと片手を挙げて騒ぎを静めた。皆が即座に注目したのを確認すると、口を開く。

「もう一つ、悪いニュースだ。この森には最近、盗賊が出没するらしい」

私はびっくりした。この国は、中でもエセル領はとりわけ治安が良くて、窃盗事件自体ほとんど聞かない。だからまさか自分が生きているうちに盗賊なんかとかかわり合いになるなんて、思ってもみなかったんだ。

「そいつらに会わずに、クレアとジョー・ヘンドリクセンを見つけるわけか」

「何人くらいいるんですかね…」

「噂によれば20人だ」

「ブリュール領の治安は悪化しているんですか」

「この辺りは外れだから、目が行き届かないんだろう」

偶然か、それとも敢えてこのルートを選んだのか。わからないけど、胸がザワザワする。深刻な顔をした皆を見回して、若様があっけらかんと笑って見せた。

「まあ、私は運が良いからな。大丈夫だ」

そんなことを言った若様になんだか、フラグを立てるという言葉が思い出された。

でも、まあ大丈夫なはずだ。私はそう自分に言い聞かせた。

朝食後すぐに、私たちは出発した。若様達は、皆帯剣していた。

そして一時間位進んだところで乗り捨てられた馬車を発見して、その近くを捜索した。

私もどうしてもといって連れて行ってもらった。リリから作ってもらったものを使えるんじゃないかと思ったからだ。

遅れて着いた私は、緑の馬車とその側に佇む若様を見つけて、駆け寄って頼んだ。

「お願いがあるのですが」

振り向いた若様の緑の目が、一瞬光の加減で

きらりと輝く。木々に囲まれたこの空間で、その瞳と整いすぎた美貌が彼を精霊じみたものに見せた。

「なんだ?」

黙った私を不審に思ったようで、若様は少し首を傾げて言った。

途端に、生気が溢れたいつもの若様に戻ったので、私ははっとした。見惚れていたなんて、恥ずかしすぎる。ばれたら死ねる。しかもこんなときに。

下を向いて、早口に言った。

「あの馬車に、少し触らせて欲しいのですが、良いですか?触るというか、少し汚れることになるかもしれませんけれど」

「何をするつもりだ?」

若様が、怪訝そうな声を出す。

私は、これからしようとしていることを若様に話すために、ポケットに手を伸ばした。こういうのは、実物を見てもらうのが早いよね。

「それはこの、」

「うわあ!!」

私の説明は、大勢の人間の声にかき消された。

何事かと顔を上げたのと同時に若様が声を張り上げた。

「敵襲だ!!」


盗賊だ。

すぐ思ったのは、彼らが絵本で見たのとそっくりだったからだ。

ぞっとする。本の挿絵でしか見たことのないものが、目の前にいる。

こんなものは、前世は勿論今生でだって、見たことがない。

荒々しい声を上げて襲いかかってくる男達は、ばらばらの服装ばらばらの動きだけど凶暴という一点で揃っていた。

猛々しく振り回された武器が剣と切り結ぶ。

細身の剣はこんな力技の攻撃を防ぐにはとてもじゃないけど力不足に見える。

それに敵はこちらの三倍はいる。勢力が四倍に見えるほど身体も大きい。

若様は私に怒鳴った。

「馬車に隠れていろ!」

そうして背を向けて敵に向かっていく。

たった一本の剣を手に。

私は大人しく馬車の影にぴったり身体を寄せた。

若様達は馬車を背に集まって戦っている。

信じてここで大人しくしていようと思った。それしか出来ることがなかった。

でも仲間の一人が腕を押さえて膝から崩れた。その隙間をついて押し込まれる。

「持ちこたえるんだ!」

若様が檄を飛ばしながら、倒れかけた隣の仲間を庇って剣を振るう。

それでも、人数の差は無情で、じりじりと皆後退してきた。

劣勢。

「やっちまえ!」

「こっちは多勢だ!皆殺しにしろ!」

一対数人で剣を振るう若様たちの後ろ姿が近づいて、敵のぎらぎらした目や棍棒にとんだ血の痕が間近に迫る。

私達はどうなるのか。負けてしまうのか。死んでしまうのか。こんなところで目的も果たせずに。今回も、助けられずに?私たちがここで死んだら、クレアさんはどうなるの?エセル領に残っている他の被害者は、どうなるの?

私は頭の芯がきんといたくなるほど考えた。

かきん、かきん、と剣が棍棒や長い棒のような武器とぶつかる音がする。

その耳障りな音が、また誰かを傷つけてしまう前に、何か勝機はないのか。

そのときふっと、脳裏にぎこちない文字が浮かんだ。

『注意。この瓶は誰にも言わずに持っていること。そして身の危険を感じたら敵味方なく投げること』

動こう、と意識するよりも早く、身体が動いていた。

『効果は状況により異なるが、締め切った屋内で半径7メートル、屋外で半径5メートル以内が確実』

敵に近づくんだ。より中心近くに投げ込むんだ。

私は馬車から離れて、味方の壁の外を回った。

味方に被害を与えないためには、敵の後ろ側に回った方がいい。

木の隙間を縫って、盗賊のいる側へ近寄ろうと走った。

あと少し。

欲を出したのがいけなかった。

茂みの影から一歩踏み出した私を、一際腕の太い髭の男がぎろりとこちらを見た。

目が合う。ぞわっと鳥肌が立つ。男が素速い動きで私を茂みから引きずり出す。

全ては一瞬のことだった。

「ヘスター!」

真っ青になった若様の顔を見て、自分がどういう事態に陥ったか悟る。

「離れろ!この女がどうなってもいいのか?」

ああ、なんて馬鹿。自分が人質になるって可能性を考えてなかった!

気付いても遅い。

今、私の首には太い腕が回され、頬には刃が押しつけられている。

冷たい。

刃物は絶対人に向けちゃいけない。お父さんの言葉が場違いにも思い出された。

「もっと下がれ!武器を捨てろ」

頭の上で、怒号が響く。

噛みつかんばかりの目をした若様が、後ろに下がりながら剣を放す。

からんからんと次々、地面に剣が転がされる。

その剣から、さらに下がるように言われて、若様たちは馬車に押し付けられるように集められていく。

私は、それをじっと見ていた。

背後からはむっと不潔な獣のような体臭がして、目眩がするし、背中が誰かに密着している嫌悪感に涙が溢れる。

嫌だ嫌だ怖い怖いこんな腕はこんなやつは耐えられない!

だから、早く!

ついに仲間が全員馬車に集まった。対する盗賊達は、見張り役の2人を残して仕事を終え、こっちへにやにやしながら集まってきた。

その、視線が、気持ち悪い。もう十分。

私は震える手を胸元に伸ばした。

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