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転生者、しぶしぶつくる

この前は一番よい街道を使った5時間の馬車旅だった。時間短縮に火車を使うかと思いきや、犯人の通った関所が表街道からも火車の駅からも大きく外れた場所だったため、前回以上の長旅になった。

ついでに、馬車は庶民的な幌馬車で緩衝材なんて無いから、揺れがガタゴトとダイレクトにお尻に響く。

それでも、緊張と興奮のせいでお尻の痛みも疲れもよく分からなかった。

「大丈夫ですか?少し休憩しましょうか」

身じろぎした私に気付いて、御者席のシールズさんが声をかけてくれた。

私は、荷台の幌の隙間から御者台へ少し顔を出した。

「大丈夫です。すみません、私のせいで遅れて」

ついていくと言ったことに後悔はないけど、私の我が儘に付き合わされた上さっきみたいな騒ぎに巻き込んでしまった彼には、申し訳ない気持ちが勝った。

でも、彼は柔和に笑った。

「こちらこそすみません。俺は街中での聞き込みなんかには重宝していただいてるんですけど、あんまり腕はたたないんです。だから奴ら、俺が一人なのを狙ってきたのもあるんで…。それに遅れたと言っても、俺、最初は面子に入っていなかったんです」

そうか、彼は捜査向きの人なんだ。確かに柔和な顔立ちは警戒されにくそうだし、赤茶の髪色も顔の印象も薄味で目立たないかもしれない。

「でも、ヘスター嬢の護衛ってことで任命されたんですよね。マーカス様に信頼されているのかなって期待が持てました」

「あ、そうですよね、すみません、戦えないお荷物を…」

「え?!いえそんな、そういう意味じゃなくて…」

そこでシールズさんは、口ごもった。

それから私をまじまじと見たから、私は居心地が悪くてどぎまぎした。

「…なるほど、分かりました。やっぱり俺は、若様にいろいろ信用されているみたいです」

それからシールズさんは、道すがら、第2隊のことについていろいろ話してくれた。

「もともと、第2隊はダドリー伯に目をかけられず他の街で手柄をたてることもできすにくすぶっていたんです。それで最初は、若様の協力要請に割いても痛くない人材ってことで出されていたんですけど、だんだんマーカス様が俺たちを認めて下さるようになって。実は、今回の件が無事に片付いたら、マーカス様がダドリー伯を追い落として国から警備隊の長を任命されるって噂があるんです。そうしたら、今度は本当にマーカス様の部下として働けるって、みんな楽しみにしてるんです」

「そうだったんですね」

若様の下は、部下の私から見てもかなり働きやすいと思う。

「比較対象はないですけど、指示は明快ですし、部下の体調まで気を配ってくれますし、いい上司ですよね」

まあ、ちょっと過保護すぎるし、タラシだし短気だしうまい話に騙されやすいけど。

「部下、ですか」

曖昧に微笑んだシールズさんは、それからまた前を向いた。

「…多分、さっきの三人は、焦っていたんです。マーカス様が事件を解決してダドリー伯がこのまま失脚すれば、自分たちは行き場を失うと思っているんでしょう」

「若様は、そんなことしないと思いますけど」

現実主義者だから、ちゃんと働く人なら、それまでの派閥なんて関係なく重用すると思う。

「私もそう思います。でも、人間は自分を尺度にものを考えますからね」

そこから山道に入って、激しい揺れで話を出来る状態ではなくなった。

だから私は大人しく荷台に引っ込むことにした。

出がけに黒猫屋から受け取った紙包みを開いてみる。

中身は二本の瓶と畳まれた紙だった。リリからだというから、傷薬かなにかかと思ったけど、どうも違う。

「おお」

ラベルを見ると、1つは、昨日空話で話したときにあるといいのにと私が言ったものだった。でも、もう1つはなんだ。

「説明書…注意、この瓶は誰にも…」

形は大人びているのに筆遣いが拙いこの字は、多分リリの字だろう。

その紙を隅から隅まで読み込んで、私ははあっと大きく息を吐いた。

黒猫屋もリリも、本当に、私の知り合い転生者は、なんて頼りになるんだろう。



エセル領の終わり、関所を越えて入ったのは深い森だった。

まず驚いたのは、関所。共用の空話が一台あるだけの小さな建物があって、番をしているのは3人。関係の良好なブリュールとの境で、スピードを出して強行突破するのも難しい地形だから手薄でよかったんだろう。でも、これからはこれじゃあ不味い。

次に驚いたのは、森だった。無数の木が、鬱蒼と茂っている。この前行ったのは領主様のお城のある街だったからものすごく開けていたけど、こんな場所もあるんだ。

町育ちの私には見慣れない光景で、私は幌の中で密かに胸を押さえた。

「この辺りのはずですが…」

シールズさんが、途中で空話に来た連絡と地図を照らし合わせて目的地を捜す。

「あ、あれですかね」

目的地には、一件の小屋が建っていた。

小さいながらも馬を置く小屋もあって、案外立派な作りをしている。その前に、警備隊の制服が見えた。

「遅かったなシールズ」

声が森の中に響いている気がして、私は止まった馬車から慎重に降りた。

「遅くなって、すみません」

小声で言うと、にっこり笑ってくれる。その笑顔を見て、この前会ったスタンフォードさんだと気付いた。

「構いませんよ。どうせ今、半数が情報収集にでていますので我々は休憩と待機です。さあ、中へどうぞ」

開けてくれた扉をくぐって入ると、小屋の中には若様がいた。

「待っていたぞ。早速だが、夕食の準備を頼む」

「はい」

毎度のこととはいえ、いきなりだ。

でも皆馬を御してきたわけで、一番疲れていない私が適任なのは明らかだから、私に異議はない。

スタンフォードさんがお疲れでしょうし私が、と言いかけたけど、途中で目を白黒させて口をつぐんだ。

シールズさんが謝っていたから、彼に足でも踏まれたんだろうか。

「ここの食材は自由に使って良いそうだ」

若様が、こんなときだというのに目をきらきらさせてそう言ってくる。

異議はない、異議はないけど、期待の目を向けないで欲しい。

「…作れるといえば作れますけど、期待はしないでください」

早く煮えるようにと極限まで細かく切った具材が煮えたころ、外に出ていた人たちも帰ってきて、皆で食べることになった。

期待しないでくださいと言ったのに、一口目を食べた彼等は黙り込んだ。

「なんというか…普通だな」

左隣にあぐらをかいたロンが、ぼそっと言った。

分かってますよ。まずくないけど、特別美味しくもないってことは。

だから、店を継がなかったんだ。

「野菜の切り方が見事ですね」

こうフォローしてくれたのは、シールズさんだ。そう、私はなかなか器用だ。でも、料理を作るのには器用さだけじゃ駄目なんだ。

転生王女の物語では、王女らしからぬ手料理の美味しさに皆ますます魅了されていくというエピソードがあったけど、同じ転生者でもうまくいかないものだ。

「私に確かな舌があれば、今頃転生コックとして大活躍です」

しぶしぶそう説明すれば、右隣の若様があははと朗らかに笑った。

こんなときなんだから、食べられればなんでも良いだろう。それ以前にこうしてゆっくり料理して食べている時間も惜しいと思ってしまう。いや、勿論長時間馬に乗って走ってきた人たちに休息と栄養は不可欠だしそのペース配分も上の大事な仕事だとは分かっているんだけど、そういう焦りが気持ちのささくれを助長するのはどうしようもなかった。

少し乱暴にスープをかき回していると、笑い終わったらしい若様がでも、としゃべり出した。

「おかげで私はへスターを雇えたわけだ。そう思うと、なおさら味わい深いな」

…いつかのマリエさんと同じようなことを言う。

「うん。この味、気に入ったぞ」

「…それは、よかったです」

本当に嬉しげに言われて、ささくれた気持ちがほんの少し和らいだ。

一通り夕食がみんなのお腹に収まると、そのまま会議が始まった。私は皿を下げながら話を聞いた。

「この森沿いの東の街で昨日、見慣れない男がおにぎりを3つ買っている」

ロンがこっちを見た。

「ヘスター、お前言っただろう。自分が逃亡中に手軽に何か食べるなら、おにぎりだと」

ああ、この前話したような気もするけど…それきり忘れていた。ロン、もしかして薬屋と平行してそれもずっと調べていたのか。

「二人分の食事には少ない気もするな。クレアが毒の症状で食欲不振なのか」

それとも、すでに。

最悪の想像だけは例え頭の中だけでもしたくなくて、敢えてシャットアウトする。一人無心に皿を洗った。

そのあと土地勘のない森で深夜に動くのは危険だということで、各自きちんと休息をとるように指示されて、会議は終わったようだった。

若様は深夜まで空話でいろいろな人と連絡を取り合っていて、シールズさんとロンは交代で見張りに出ていた。第2隊の他の人たちは、半分ずつ順番に休んだ。

私は、部屋の隅の少し陰になった場所で毛布にくるまった。かなり緊張していたけど、馬車旅の疲れのせいか、たき火に一番近い場所を与えられていたせいか、いつの間にかうとうとと眠りについていた。


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