転生者、つぎつぎかける
夕日が沈むころ、今度は若様が帰ってきた。
「何かわかったのですね」
顔を見た瞬間に確信した。
若様は、疲れも寝不足もどこかへ吹き飛ばしてきたようなきらっきらの笑顔だった。
「当たりだ」
言ってどかりと長椅子に腰を下ろす。
「驚け。黒幕の素性が分かったぞ」
「ええ?!」
驚けと言われて驚いて飛び上がった私に満足そうな顔をして、若様はネクタイを緩めた。
「お前、なるべく足のつきにくいものを使うのが犯罪者の基本だと前に言っていただろう?そうすると毒にカグの木の根を選んだのは不思議だと思ったんだ」
そういえば、手紙の便箋のときにそんなことを言った気もするけど。
「それで、カグの根が主流な地域を調べたら、黒猫屋の知り合いの商人が、国内でも海沿いの地域ではまだ使っていると教えてくれた。で、そこから私は学生時代の友人知人に連絡をとって、その辺りで似たような犯罪がなかったか調べてもらっていたんだ。そうしたら、出たんだよ」
にっと笑う。
「隣国との国境近く、ボロー半島の片田舎で、2年前、数人の娘が急に発狂した。幸い数週間で日常生活には戻れたし娘たちが詳しいことを話さなかったのでうやむやに終わったらしいが、街では、その直前に消えた男を怪しむ声が上がっていた」
机の上に置かれたのは、新聞の写しだった。若様は今日、これを手に入れに行っていたんだろう。
「おそらく、男はここで実験的に毒を使った。でも、田舎の小さな街ではすぐにばれるし稼ぎもたかが知れている。だから、実験を終えると街を捨てたんだ」
私は、呆気にとられて近くの椅子に座り込んだ。
あんな何の気もない呟きを若様が記憶にとどめていたことも驚きだし、人タラシのネットワークの広さにも驚いていた。
そこへ扉が開いて、ロンが帰ってきた。若様が帰る途中であらましを話して呼び戻したんだろう。入って来るなり、前置きもなく言う。
「名前も掴んだのだろうな」
いきなりだ。驚く私をよそに、若様は平気で答える。
「勿論だ。ジョー·ヘンドリクセン。年は30。ボローで生まれたが10の年には両親に捨てられ、ずっと街の便利屋のようなことをしてきた。不幸な男で、親戚の一人すらいないから写真も見つからなかったが、似顔絵は取り寄せた」
「ちなみに、その街に転生者協会はあるのか」
「馬車で半日行った街にあるのが一番近いようだな。協会どころか、学校すら満足でない辺境の地だ。隠れ転生者になったのも必然だったのかも知れないな」
いつ転生の記憶が蘇ったのかは分からないけど、悩みと二度分の人生の重みを抱えたジョー・ヘンドリクセンは、家族の助けも協会の支援も受けられなかった。彼が何を考え、何を思って生まれ育った街を出たのかは彼にしか分からないけど、明るい旅立ちではなかったんだろうということは伺えた。
「ジョー・ヘンドリクセンを指名手配するぞ」
「ボローの領主と協会に連絡をとって被害者のケア支援もな」
大きな情報を掴んだというのに、話を聞いたロンは眉根を寄せて浮かない顔をしている。
私も、きっと同じような顔をしていると思う。
若様が手を叩いた。
「優先すべきは、被害者の救済と被害を食い止めることだ。あとのことは、それがすんでから考えるぞ」
私ははっとした。
そうだ、順番を間違えちゃいけない。私が今するべきなのは、クレアさんを助け出して黒幕を捕まえること。加害者の生い立ちに同情するのも第2の加害者を出さないように考えるのも、少なくとも今じゃない。
「ロン、報告」
「カグの根を売った店はまだ見つからない。中心部から攻めているから、残りはバーンの北側4件と南3件だ。以上」
「分かった。次に、今後の方針だ。捜索を北に絞るぞ」
「理由は」
「現状、人手が足りていないし、ジョーが逃亡するなら北だからな」
だから、それはなんで?困惑したのは私だけのようで、ロンはこの説明だけでうなずいていた。でも私の表情に気付いた若様が付け足してくれた。
「ジョーは故郷に近づけない。そうなると、海への街道を使う可能性は低いだろう」
そうか。
「ロンは早めにカグの根を売った店を特定して情報を集めろ」
「分かっている」
「俺はいつでも追跡に出られるように書類や支度を整えておく。ヘスター、お前は被害者救済にすぐにかかれるよう、リリ·マーシャルと連絡して準備しておけ」
若様の勘通り、翌朝、ジョーの足取りが明らかになった。
若様が空話を握って立ち上がった。
「ロンがカグの根を売った店を特定したぞ」
リリに言われた薬品なんかの手配書類を書いていた私も、その空話に近づいて声を拾った。
「バーンのすこし北の街だ。店主が言うには、薬を買いに来た人間は二度目に来たときに馬車と髪の色が変わっていたらしい」
「よく同一人物と気付いたな」
「売れ筋でないカグの根を大量購入した客だからよく覚えていたんだ」
「それで、髪と馬車の色は?」
「二度目のときは、茶髪で濃緑の馬車に乗っていたらしい」
他にもこの辺では聞かない訛りがあったというし、それ以外の特徴からも、黒幕に間違いないだろう。
「まずいな、変わっている可能性があるとは書いたが、黒髪に焦げ茶の馬車で手配書をまわしているぞ」
「その上人数も変わったのでは、関所で引っ掛かるどころか足取りを追おうにも記憶にさえ残っていないかもしれないぞ」
その薬で最後の毒を作って、撒いて、それで生じた混乱に乗じて出て行く計画だったんだろう。
ロンが戻るまでに、若様は国の北側の関所に片っ端から空話をかけた。
「全部の関所に一気に連絡できる方法とか、無いんですか?!」
「ない。国王軍にしかな」
有事のとき領主達への優位を保つためなんだろうけど、それじゃあ犯罪者に対応できない。道理で若様がいつも空話に追われていたわけだ、と呆気にとられてしまった。
でも、今言っていてもしかたない。
私は若様の隣に椅子を運んだ。
「途中で代わって下さい。私も説明くらいはできます」
そうして若様がかけた後を引き継いでは、手配書の変更点を何度も説明した。
その途中、第2隊から報告が入った。
「バーン郊外で茶髪の男と金髪の女の夫婦を泊めていた店がありました!三日前です」
「馬車は。何色だった」
「うろ覚えですが、緑か青だったと」
「分かった。今すぐ全員戻れ。いつでも出動出来るように待機だ」
それから戻ってきたロンも加わって3台体制で空話をかけまくっていると、今度は、緑の馬車に乗った新婚夫婦が関所を通ったという関所が見つかったんだ。




