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転生者もあるけばぼうにあたる

私はリリに、事件の内容を全部話してしまった訳じゃない。でも、前世の知識をもったリリにしてみれば、全ての出来事は一発でつながることだったらしい。

「私は薬師として、やせ薬なんてものが存在しないと知っているだけ。そう見せかけるものがあるとすれば、下剤か毒物よ」

そう言って首をすくめた彼女の仕草は、私が初めて見るものだった。

急に見つかったエルドラの関係者のことを、私はとりあえず空話で若様に相談した。

若様とロンは、リリを転生者として捜査に協力させることに協会の許可が出ればと了承してくれた。きっとロンが後でリリの身辺調査とかするんだろうけど。

そう思っていたら、帰りに迎えに来たロンがリリと対面するのが先だった。

協会のロビーの隅で、ロンがリリへ会釈をした。

「初めまして、私はロン・ケンダルです。貴方がエルドラの転生者殿ですね」

「リリ・マーシャルです。貴方とは母の店で会いましたので初めましてではありません」

ロンがかすかに目を見開いた。

今の彼は変装をといてきちんとした服装をしているから、聞き込み中と同一人物だと見破られたことに驚いたんだろう。

「我々に協力してくれると聞きました。薬品の知識の豊富な人物を捜していたので、助かります」

基本動かさない顔に仕事用の笑顔を貼り付けて話すロンをまじまじと見て、少しおかしかった。いや、パーティ会場なんかでも見るんだけど、そういうときはじっくり見る余裕がなかったから。

くすりと笑った私に気付いた2人が、こちらを見た。

「…ヘスターが信用している相手なら、まともなんでしょうね」

「…コレに信用されているかは分かりませんが、信じていただけると助かりますね」

やがてすっとリリが小さな手を出して、紙の切れ端をロンに差しだした。

受け取ったロンに、こう告げる。

「毒が手に入ったら、ここに連絡を下さい。母の店のものだけど、うちには空話が一台しかないから」

リリはそれだけ言ってきびすを返すと、帰って行った。

それを見送って、私はロンに連れられて協会を出た。

日が沈んで空気が冷えてきたのか、

 空から白いものがひらひらと落ちてくる。

「…馬車に入った方が良いと思います」

昼間の着ぶくれを脱ぎ捨てた格好のロンに、勇気を出して私は言った。

「いや。これくらいは慣れている」

「慣れているって…」

それは、騎士学校に行っていたんだから訓練とかで薄着で外にいることもあっただろうけど、身体を動かさずに御者台に座っているのとはまた別だと思う。

「…その身なりで御者さんの隣に座っていたら、目立ちますから」

扉を押さえて、どうぞ、と馬車の中へ促す。

ロンはしばらく黙って立っていたけど、私がくしゃみをしたら、諦めたように馬車に乗り込んだ。

一番奥まで詰めて、背中をしっかり背もたれにつけてコンパクトに座って無表情に窓の外を見ているロンを見て、私は思わず吹き出してしまった。

「お前…笑うか普通」

確かに、私を気遣ってやってくれていることを笑うのはいけないって分かっているんだけど。

でも、コンパクトで、かわいい。

「すみま、せん…あ、りがとう、ございます。くくっ」

止まらない笑いに困り、ロンを呆れさせているうちに、馬車はいつの間にか城に着いた。

御者さんの手もロンの手も借りずに、馬車が止まったと同時に飛び降りる。パーティ出席のために奥方様たちに教えていただいたレディのマナーからすると大外れだけど、気遣わせないためだからその方がいい。驚いた顔をする御者さんににっこり笑って見せて、続いておりてきたロンを振り返った。

「ロン様。一足先に若様に報告に行ってきます」

そう言い置いて、走り去る。笑っていた間忘れていられた恐怖心が、今頃になって全身を震えさせているのを、決して悟らせないように。

それでも、心は晴れ晴れとしていた。大事な仲間に風邪を引かせずにすんだことに。信用できると分かっている人を、少しの間でも避けずにすんだことに。



「ディアナが見つかったぞ」

数日後、夕方の報告会で若様が送った一団が見事ディアナを発見したと告げた。本当に彼氏の所縁の土地で駆け落ち生活をしていたらしい。

「これで、いよいよ誘拐はクレア一本に絞られる」

さあ、ますます欲しいのは、毒の実物。

ともかく実物が手に入れば、捜査の焦点が絞れてくるし、もしかしたら犯人の情報もつかめるかもしれない。今はまだ救済に動けていないけど、信者のケアのためにも毒の正体解明は絶対なんだから。

やっぱり、なにを考えるにもそこに戻る。

「手紙の用紙は流通が多い会社のもので、どこでも手に入る。ついでに牢の元仲間に見せたら、アジトで使っていた紙とも同じだった。つまり、最近入手したものですらない可能性が高い」

「なるべく足のつきにくい品を使うのは、犯罪者の基本ですからね…」

「ほんっとうに腹の立つくらい隙のないやつだな!」

ロンの報告に若様が盛大に愚痴をもらした。

分かりやすく焦っているその様子を見て、私は、決心して口を開いた。

「私、一度街に戻ろうかと思うのですが」

とたんに打ち返すように若様が言った。

「駄目だ。おとりになるなんて許さない」

…何も言ってないのにお見通しか。それ以前に、おとり捜査という手法はちゃんと知ってたんじゃないか。言い出さないから、てっきり知らないのかと思っていた。

「おとり捜査の説明が不要なのは助かりました。この場合は、若い娘しか対象になれないようですから、私が適任だと思います」

「適任って。お前は駄目だろう」

「なぜですか」

「…治安対策補佐官だと顔がわれているし」

「変装すれば、分かりません。それとも、若様が娘役をなさいますか?」

「む、娘役?!」

「178センチの女は悪目立ちしすぎる」

冷静に返したのはロンで、絶句していた若様もそれを聞いてはっとしたようにそうだそうだと言いだした。

「とにかく駄目だ。現実的には、お前の姉の知り合いか黒猫屋の客かに当たるしかないだろう」

被害者からどうにか手に入れようというのが若様の考えらしい。でも。

「それができればいいですけれど。こちらの動きが犯人にばれるのはまずいと、信者へ直接接触するのは避けてきたはずですよね」

「それはそうだ。だから、最後の手段だと思っている」

最後の手段。若様の口からこんな言葉が出るのは、すでにクレアと黒幕が領外へ出た可能性が高まっているからだと感じる。

「やっぱり、誰かが客になりすますのが定石ですよ」

私の前世の知識が、こういう場合はおとり捜査が主流だと告げている。

それでも、頑なに若様は首を縦に振らなかった。ロンも、黙って腕組みをとかない。

部屋をオレンジに染める夕日に焦燥を掻き立てられる。

私は、もう一度訴えた。

「手紙もばつ、目撃情報もばつ、時間もありません。敵に警戒されないで証拠や情報を掴むには、これしかないでしょう?」

そう、私にできることは、もうこれしかない。

ほんの少しの転生知識を示したら、あとは情報収集にも統率にも武力行使にも役に立たないんだから。元々素人の寄せ集め集団なんだから、私がやれると分かっていることくらい、やらなきゃ。そうでなきゃ、いつまでたっても解決しない。

「それとも本当に若様かロン様が女装なさいますか?警備隊にも女性は居ませんでしたよね?」

「それでも、ヘスターにおとり捜査はさせられないよな」

「危険以前の問題だしな」

若様とロンは、駄々をこねる子どもを扱いかねたように視線を交わしている。

私はだんだん腹が立ってくるのを、堪えきれなくなった。

「それではお二人は、どうしようというのですか?!」

私がおとりになれば、スムーズに事が進むかもしれないのに。毒の流通経路が分かって、もしかしたら犯人の居場所にもたどり着けて、被害者が早く救えるかもしれないのに。

夕日が、眩しくていらいらする。

焦りのせいか、呼吸が浅くなってきていた。

「過呼吸になるぞ、落ち着け、ヘスター」

若様が焦った顔で立ちあがる。

「落ち着いています!」

近づいてくる若様からむっとして顔を背けたとき、ひとつに束ねていた私の髪がぶんと揺れて、何かに当たった。

「ぅわ!?」

若様が叫んだ。

驚いて振り向くと、若様が胸辺りを抑えていて、その下のポケットから飛び出した物が、テーブル傍の床に落ちててんと跳ねたところだった。

若様が渡されたお守りだ。

「っすみません!」

私は二重の意味で焦った。若様に髪をぶつけてものを落とさせたことと、それから被害者のクレアさんの残したものを雑に扱ってしまったことに対して。

「…いや、大丈夫だ」

首を振って否定した若様は、じっと床の上を見つめている。

私は拾おうと急いでしゃがみこんで、そこで止まった。

お守りのピンクの小さな布袋は、落ちた衝撃で紐がほどけてしまっていた。

その巾着状になった口から、なにか白いものがこぼれている。

「これは、なんだ?」

若様の横からのぞき込んだロンが、固い声を出した。

若様も私も、答えられない。粉状のそれは、砂糖や塩よりも粒子が細かそうで、それでいて小麦粉にも米粉にも見えない。第一、お守りの中にそんな調理材料を入れるわけがない。

「これ…美と、恋のお守りっていいましたっけ?」

「ああ…」

「失踪したクレアから渡されたもので間違いないな」

「そうだ…」

床に散らばる白い粉を、私たちは無言でかき集めた。

おしゃべりな若様も、言葉少なだった。

美しくなると唱われていたまじないの薬。それを信者のように文字通り信じた娘が、美と恋のお守りに詰めたとしても、おかしくはない。薔薇色の…というあの不自然な手紙の文句が、ようやく理解できた気がした。彼女、この中身のことを若様に伝えたかったんだ。

「…クレアに感謝だな」

紙の上に集めた粉と薔薇色のお守りを見下ろして、ぼそりと若様が口を開いた。

クレアの恋心が、救出の手がかりを残したのかもしれない。

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