表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/120

転生者のひょうたんからでたやくし

協会の手伝いは一週分休んでしまっていた。

今週こそ行きたかったけど、正直あんな事があったから行かせてもらえないと思っていたし、ここで無理を言ってせっかくお許しが出た捜査の方まで駄目になったら嫌だと思って言わずにいたんだ。

協会へは、捜査のついでにとロンが馬車で送ってくれた。と言っても、馬車に乗ったのは私だけでロンは御者と同席していたから、かなり申し訳ない。

ロンはいつもよりずっとくたびれたジャケットとサイズの合っていないようなズボンで体型を隠して、暗い灰色のマフラーと帽子で綺麗な顔と髪を隠している。

「そうしていると、かなり紛れますね」

普段が普段な分、この姿を若様の側近ロン・ケンダルだと見破るのは難しいだろう。

「こういうのはマーカスにゃできないしな」

言葉も崩している。いつも若様以上に固いしゃべり方だから、こんな言葉を使えるんだと意外だ。ただ、無表情だけはいつも通りなのがやっぱりロンだなと妙に安心した。

バーンについて、私が協会のガラス戸をくぐるのを見届けると、馬車は出発した。

いつもより早めだ。ナンさんにいろいろと話をするために。

休ませてもらったこともあるし、ナンさんは転生者協会の人でもある。だから、私は自分が思い出した前世を話しておくことに決めていた。ナンさんなら、話せると思ったし。

「…そんなことがあったの」

私の告白を聞いても、ナンさんは大げさなリアクションはしなかった。彼女らしく、怒りと悲しみを拳の中に握りしめているようだった。私に向ける眼差しは、あくまで優しい。

「ヘスター。無理をして来てくれたのではない?」

「大丈夫です。というか、実は、なにもしないで休んでいるのが一番辛くて」

辛いという言葉をするりと口に出来たことに、自分で少し驚いた。毎日会う人ではないから逆に言えるのかもしれない。

ナンさんは、しっかり私の目を見て頷いてくれた。

「そうね、何かをすることで自分が修復されていくということも、あるのかもしれないわね。ただ、気付かずに動きすぎて倒れないように、気をつけてね」

休めと言わずに、私のしたいことを認めてくれたことが嬉しくて、頬が緩んだ。

それから、とナンさんは少し表情を引き締めた。

「貴方が復帰してくれるのと、私が無理のないよう環境を整えることはまた別よ。なるべく男性職員や転生者とは近づかないですむようにするわ。あ、相談者くらいの年の子は、どう?きつそうならイグナスへ回すし」

私は慌てて首を横に振った。

「子どもは平気です」

「そう?でも、もし辛くなったらすぐに言ってね。貴方が先週倒れたことは皆知っていて心配しているし、何かあったら、まだ体調不良だと説明すればいいからね」

ナンさんの言うとおり、その後会った職員のおじさんにも少年にも、体調はもういいのかと気遣われた。黒猫屋はまた別で、何も言わないもののじっと考え込むような視線を向けてきた。私が独断で捜査しようとしていたことについて、何か怪しんでいるんだろう。

ただ、リリは違った。

きりりとつり上がった目で私を見上げた彼女は、白い小部屋に入るなり、休んだ理由について私を質問攻めにした。

その勢いに圧倒されてうろたえていたけど、途中でようやく心配されているらしいと分かった私は、リリにほんの少し、本当のことを話すことにした。

「あのね、本当言うと、今さら嫌なことを思い出しちゃって、動揺して寝込んでた」

多分、リリの精神年齢は自分と同じくらいだろう。だから言わないべきだと思ったけど、私の直感は、ここで体調不良だと押し通せばリリは私を信用しなくなると告げていた。それで私は、自分の裁量の範囲で、可能な限りをリリに話そうと思ったんだ。

「前世で死んだときの記憶だったから、混乱しちゃって…ちょっとどたばたしてたからお休みもらっちゃったけど、周りの人がフォローしてくれたから、もう大丈夫」

休んでごめんね、と私が話を終わらせようと言うと、リリは一文字に結んでいた唇を開いた。

「私、貴方が危ない目に合わされてるの、知ってる」

リリは怒った顔をしていた。

「リリ?何を」

「私、見てたの。駅で貴方が何か食べた後倒れたところ」

ああ、じゃあ、ただの体調不良じゃないって知っていたから、あんなに食い下がってきたんだ。

「貴方はマーカス・エセルに表舞台に引っ張り出されて、矢面に立たされてる。知識を搾取されて、若い娘だっていうことを利用されて、犯罪者や嫉妬する女性の敵意にさらされている」

違う。むしろ、思い出すなと言われていた。それに女の子たちの嫉妬になんか気付く人じゃない。

「そのせいで、死にそうな目にあわされて、前世まで思い出してしまったんでしょ。それなのにまだ仕事をさせて、今日も平気で送り出すなんて。私、マーカス・エセルを許せない」

違う。若様は。私は。

言えることと言えないことの間で言いよどむ私の前で、白い壁を背に、リリは託宣を告げる巫女のように厳然と告げた。

「貴方はあの男から離れるべきよ」

私は斬りつけられた人のように震えた。

「違うの、リリ。私、私…若様が私の知識を役にたててくれるのが嬉しいの。今の仕事、自分がしたくてやってるの。そりゃ、最初は嫌々だったし今は怖いけど。でも、やらされてるからじゃないの」

「そう思わせるくらい簡単よ」

リリの声は揺るがなかった。

「むしろ若様には、前世を無理に思い出すのは止めろって、言われてたの。転生知識を使おうとしたのは私で…大した役になんかたってないけど、それでも自分が何かできるのが嬉しかったし、それで誰かが助かるなら、助けたい。そのせいでトラウマを呼び起こしたとしても、自分で選んだことなの。…だって、前世の私は、助けて欲しかった」

気付けば、言葉があふれ出ていた。

リリは相談者で私は相談係で、ここは協会の相談室だ。だから、本当ならリリにどう思われていても、笑って流せばよかったのかもしれない。それなのに、私はリリに誤解されているのがいやだった。

同じ転生者であるリリに否定の言葉をつきつけられるのが、自分の生き方を否定されているようで。私の転生人生は長い引きこもりの末に私が選んだ、私なりに納得のいくもの。そうである以上それはひとつの正解だと、リリに認められねばと何故か強く思い込んだ。

私は必死だった。

「自分のために、望んでやっていることなの。今も、この街に、私みたいな目にあっている子がいて、私はそれが耐えられないの。ただ綺麗になりたいとか痩せたいとか当たり前の気持ちにつけ込まれて騙されるなんて、ひどいじゃない。それで苦しめられている子がいると思うと、自分が殺されかけている気がするの」

「それでも、あの男は貴方のそういう気持ちにつけ込んでいるじゃない」

私は一生懸命首を振った。

「若様はね、休んでいろと言ったの。でも、どうしても耐えられなくて勝手に調べていたの。私が寝ている間にも、私みたいに、騙されて、苦しすぎて、死んじゃうかもしれないでしょ?だから休んでいるのは無理だって言って、若様に嫌がらせまでして仕事に戻してもらったの」

リリの薄い紅茶色の目が、じっと私を観察していく。

「それで貴方は幸せ?後悔しない?」

「ええ」

「そのせいで辛い思いをしても?」

私はきっぱりと頷いた。

「今は何もしない方が辛いの。それに、苦しい記憶も何もかも、私が選んだことなら」

リリが、はあと息を吐いた。

「…その毒、手に入る?」

「え」

「飲まされた方じゃなくて、貴方が調べている方」

話って…私、そこまで言ったっけ。言ってないはずだ、と思ってリリの顔を見つめると、淡々と見つめ返された。

「綺麗になりたい、痩せたい気持ちにつけ込まれて騙された子がいるって言ったでしょ」

ああ、興奮して、言ってもいいかすれすれのことまで口走ってしまった…

青ざめる私をよそに、リリは眉ひとつ動かさずに続けた。

「母の店に最近、ここではやせ薬を売ってないかって聞きに来た女の子がいたわ。それに昨日、貴方が駅で倒れたときに駆け付けてきた銀髪の人が、毒のリストをもって尋ねてきた。つまり、貴方が苦しいのはその毒のせいでもあるんでしょ…それで、手にはいるの?」

私は、リリの回転の速さに驚きつつ、首を振った。

「分からない。でも、手に入れるつもり…」

「手に入ったら、持ってきて」

「…リリ?」

彼女は髪を耳にかけながらふっと笑った。

「最速で分析してあげる。前世『エルドラの薬師』の名にかけて」

エルドラ。それは、この世界で最高と唱われる医術国家の名前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ