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転生者のもうそうからでたまこと

夕方、私たちはまた会議をした。

1日の成果の報告会だ。

明かりをつけてカーテンを閉めようとした私を若様が制したので、差し込む夕陽の中で席につく。

若様は全員座るのを待つのももどかしいというように、勢い込んで話し出した。

「まず、私からだ。ディアナの家族に会ったが、娘を捜して欲しいと詰め寄られるかと思ったが、逆に迷惑をかけて申し訳ないと謝られた」

人タラシの上『若様』だから、邪険に扱われなかったとしてもそう不思議じゃあないけど、家族は心配していないんだろうか。

「まあ、情が薄いような気もしたが、協力的だったのは助かったな。ディアナの日記や持ち物を数点借りてきた」

あれ、と私は思った。

「手紙は預からなかったのか」

すかさず突っ込んだロンに、若様は首を振った。

「そこだよ。なんと手紙は、クレアの方にしか来ていないんだ」

嘘。

勝手に2人ともに届いたと思いこんでいた私は、びっくりした。たしかにギルから受け取ったのはクレアの家に届いた一通だけだったけど…ディアナの家族からは借りられなかったんだとばかり思っていた。

だって、捜されないために犯人が出させたなら、どちらにも届いていていいのに。

「なぜディアナには出させなかったんだ」

「まず待て。ともかく、ディアナからの手紙は存在しない。そして、残念ながら毒物も見つからなかった」

その割には、若様の目はらんらんと輝いている。

「…代わりに何を見つけてきた」

ロンが断定的にそう聞いた。

若様が不敵に笑う。

「日記だ。といっても、ディアナは飽き性だったらしくてとびとびにしか書いていないが、大事なのは、ここに男友達との家出の計画ともとれる内容が書いてあるということだ」

まさか。

「帰りにこの男友達の家に行って確認したが、そいつもいなくなっていた」

それじゃあ、これまで考えてきたことの前提自体が大きく変わってくる。

息を飲んだ私とロンを、若様はじっと見比べた。

「つまり、ディアナの失踪は毒の件と関係がない可能性が高い。そうだとしたら、どうなる?」

回転の速いロンがすぐに答えた。

「信者だったせいで混同されたが、本当に消えたのはクレア一人ということになる。人身売買目的なら、なおさらこの被害人数は謎だ」

最後の方はため息混じりだった。

でも、私はどきどきしていた。

たった一人を必要とする、目的。

そんな特殊な状況を、妄想ごっこの中でだけど、考えていなかったか。

私はぐっとスカートを握りしめて声を上げた。

「あの」

若様とロンがこちらを向いた。その真剣な目を見て、私は、この状況であやふやなあの会話を持ち出すことに少しためらいを覚えた。

でも、2人が黙って待っているので、思い切って話すことにした。この2人なら、こっちが真面目にした話を馬鹿にすることだけはないと思って。

「マリエさんと妄…いえ、話し合ったことなのですが、逃亡するときに、恋人なり配偶者なりに見えるよう、連れを作った方が逃げやすかった、ということはありませんか」

若様の目がすぐに光った。

「クレア一人が拐かされたとすると、あり得るな。確かに、国の隠密行動でも土地に紛れるには家族を装うと聞く」

「だとすれば、なぜ逃亡開始の危険な次期に敢えて拐かしたかという疑問も逃亡のためだったと片付くし、もう一つ毒の広まりが限定的だという謎も解ける。もともと詐欺事件の解決以前に準備されていたが、逃亡することになって計画を変えたのだろう」

ロンが淡々と分析しだした。氷の色の目の奥ではじき出された結論を、形のいい唇が流れるように明晰に言葉にしていく。

「すでに配ってしまった分は娘達が広めるに任せて、黒幕は自分の言うことを聞く連れを手に入れて去る機会を伺う。流行ったわりに毒があまり拡散しなかったのも、供給元が途絶えているとしたら納得だ」

早口で述べられた言葉を私が反芻している間に、若様がロンと頷き合った。

「ディアナは間違い、クレアは、犯人が逃亡のための同伴者として連れて行った。この線で調べるぞ」

「まずはディアナが無関係だという証拠を得るのが先だ」

「ディアナの計画では男の縁の土地に行く気だったらしい。当たらせているから、無関係だとすれば見つかるのは時間の問題だ。それより、急がないとクレアが領外へ出てしまっている可能性もあるぞ。くそ、まんまと踊らされたな」

下手をすれば、犯人に連れられてクレアはバーンを出ているかもしれないんだ。

遅まきながらそのことに気付いて、私はぞっとした。


若様は早速その夜から第一隊の一部をディアナ捜しに遠方へ送り、自分は各地の関所へクレア連れの男の情報を求めたり遠方へ連絡を入れたりと空話に追われていた。朝も早くから捜査以外の仕事をしているらしく、私が部屋に行くとすでに起きて着替えまで済ませている。

ロンの方は、バーンの街で潜伏の痕跡を探し続けている第二隊に発破をかけつつ、薬師周りを続けている。黒幕を捕まえてクレアを助けることも大事だけど、毒の正体を掴んで解毒の必要や副作用を解明することも大事だから。本当は、今も毒だと気付かずに飲んでいるかもしれない信者に、一刻も早く警告して、止めさせたいんだ。だけどそれをすると、黒幕に気付かれてクレアも危険だからと、後回しにしている。

私は一応ロンに、逃亡中に黒幕は食料調達をしているはずだという思いつきを伝えた。

「二人分程度では、あまり目立たないとは思いますけれど」

「目撃証言は出なくても、補給については確かに頭に入れておくべきだな」

残念なことに黒猫屋の商売人スキルは信者の心を開かせることができなかったらしくて、信者からの具体的な情報はほとんどなかった。ただ、さすが黒猫屋というか、世間話の一環から彼女らが最近共通して遊んでいた場所がバーンに出来た飲食店だということを探り当てた。店員によれば、消えたクレアやディアナも顔を見せていたらしく、毒の伝播がこの若者に人気の店で行われていたらしいことが分かったのは収穫だった。

「ただ、黒幕らしき男はこの数週間、現れていない」

淡々と言いながらも、ロンの目の奥には苛立ちがあった。彼も私と同じように、なかなか黒幕にたどり着けないもどかしさやずるい立ち回りへの怒りを感じているんだろう。

流行の場所で、最先端だとちらつかせられて、乗り遅れたくない娘達は手を伸ばしてしまったんだろうか。何も情報のない彼女らに、それが怪しい物だと警戒するすべは無かったはずだ。犯罪慣れした前世の記憶をもつ黒幕にとっては、彼女らを騙す事なんて赤子の手をひねるようなものだったんだろう。

怒りが、焦りを呼ぶ。クレアも他の信者も、どうにかしたいのに。私の手ですぐにでも助けたいのに、できないなんて。

何かしたい。

でも、実動部隊になれない私には今、できることがない。

手が空くとざわざわおちつかなくて、私は書類整理の間にせっせと執務室や若様の部屋を掃除して時間を潰した。

それでも落ち着かない私を見かねたのか、若様の方から協会の手伝いに行くかと声をかけてくれた。

「行ってもいいのですか!?」

びっくりして叫んだ私を見て若様はちょっと笑った。

「ちゃんと送迎の馬車を待てるのならな」

「待ちます!何日だって待ってます!」

「そうか、じゃあ決まりだな」

思わぬ申し出に上機嫌だった私は、これ以上開運グッズを捨てられるより…という若様の呟きは、聞こえないふりをしてあげた。

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