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_君にまたこいねがう  作者: みなたけ6
転 不思議な少女
20/37

20 獄卒

「そこまでにしときなさい」


 その声は頭上の暗雲にも似た、冷たいものだった。 

 赤い砂の粒子が巻きあがる旋風の中央で、清廉な鈴の音を鳴らし、黒銀の髪を細くなびかせている。

 鑑は幽玄とした動きで、黒い傘を岩肌に突き立てた。

 風が凪ぐ。紫織も、陸も、烈でさえ。だれも動けない。


「おまえ。今までどこ行って……」

「ちょっと野暮用に、ね。これ持ってて」


 黒傘が、鑑から紫織にではなく陸へ預けられる。

 その細い指先が、赤黒く染まっていた。――闇穴道の砂か、はたまた血なのか。鑑を窺おうとした瞬間、陸の肌が粟立った。

 がらんどうの眸。なんの感情も覗かせず、静かに閑かにありのままを映している。 

 その揺らぎのない深い眼差しに、命が飲みこまれてしまうのではないか。

 そんな烈に感じたのとは桁違いの恐怖に、陸は立ちすくんだ。


「また罪深い人間……じゃないな。おまえさん一体何者だい?」

 

 屠るだけの慰み者の前に入った邪魔に、烈は朱眼の底を熱く濁らせた。

 黒傘と木刀が、手汗でずり落ちる。それを陸はうまく掴めない。

 妖魔という強靱な生命には、わからないのだろうか? 砂漠の渇きにも似た、鑑の底なしの空虚さが。者を物とも見なさない、空洞の眼の恐ろしさを。


「謎とは謎のままとぞよき。--美しき世界に、あなたのような匹夫はいらないわ。とく失せなさない」


 烈の殺気を、鑑は口許だけの薄い笑みで受けた。


「はっ。よーくわかった。おまえさんから挽肉にしてほしいってことかい」


 獲物を前に、烈は残忍な妖魔の嗜好に身を委ねた。

 突如現れた鑑に対する疑問など、もはや些末なこと。 

 鑑を細切れにすべく、烈はネコそのものの流麗な勢いで突貫する。


「さがってなさい」

「ぬおっ?!」「きゃっ!?」

「――よそ見してんじゃないよ!」


 鑑に突き飛ばされて、陸と紫織は尻餅をつく。 

 その間に、烈は放たれた弓矢のような疾さで鑑の前におどり出た。

 振りかぶった烈の腕が、勢いのまま振り下ろされる。

 たったそれだけの動作。それだけで人を殺すには十分すぎる一撃だった。烈の指先には、刃物のように鋭利な人外の牙爪がある。


 その凶撃は地面をバターのように滑らかに引き裂き、あたかも重機で抉ったような大きな爪痕を岩場に残す。 

 だが、そこに鑑の亡骸はない。白い少女は五体変わらず、悠然と地に足を降ろしている。――妖しい紅玉の眸を持つ彼女は、烈と同じく人間ではないのだから。


「――爪に“鬼火(いんび)”も宿しきれない。火車としては(わっぱ)もいいところね。避けるまでもなかったか」


 鑑が動いたようには、陸には見えなかった。

 地面が動いたのではないかと錯覚するほど、鑑は無造作に烈の背面を取っていた。


「――くっ?!」


 烈は球が弾かれたように跳びはね、鑑との間合いを仕切り直した。

 低いうなり声を上げ、烈はその場から動かない。動けない。

 獣のように這った姿勢のまま、未知の戦力を推し量るように鑑を睨んでいる。


「来ないのかしら? 格下が相手の出方を待つなんて、下の下の手よ」

「――ちっ。まぐれで避けた奴が調子に乗るなっ!」


 躊躇う理性よりも、妖魔としての矜持に、烈は弾けた。

 烈風。赤い影が一陣の烈風となって駆けぬける。

 烈の踏みこみは、陸の動体視力では捉えきれない魔速だった。

 瞬時に烈と鑑の距離がゼロへと埋まり、今度こそ反応さえ許さず鑑を細切れにする――


「死ねっ!」


 ――はずであった。

 その返答は、肉を裂く柔い音ではなく、鋼がぶつかるような拒絶の音。

 鼓膜をひっかくような女の叫声ではなく、驚愕する男の野太い声だった。


「なっ?!」

「ほら。避けるまでもない」


 艶のある涼やかな声は、今や殺意の冷たさしかない。 

 烈の牙爪を阻んだもの。それは、鑑の周囲を駆け巡る幾筋もの光の曲線だった。

 光の線が複雑怪奇に合わさり、曼荼羅を、魔法陣を、護法の障壁を形成して、鑑を守護している。絢爛たる七色の光は、万華鏡のように美しいものに陸には見えた。


「―――、かさねあて。」

「あがっ!!」


 硬直する烈に、鑑は腰を沈めて鳩尾へ掌底を繰り出した。

 河原で陸の腹を貫いたものの比ではなかろう衝撃。烈の身体はエビ折りになって、川面を跳ねる飛び石のように無様に岩場を転がっていく。


「ぐっ。ちくしょうっ!」 


 烈は大地に爪を突き立て、跳ねあがる。

 咳きこみ、吐血。構わず疾駆する。

 効いている。赤い妖猫の動きは、陸の眼の端で捉えられる程度に鈍っていた。

 しかし今度の烈の動きは、直進ではなかった。 

 ジグザグに。不規則に。変則的に。 

 しなやかな足を用いて、鑑をかく乱しながら距離を詰める。

 亡霊じみた奇怪な動きから繰り出される、鑑の死角を狙った魔速の一撃。 

 それを――


「――畜生はあなたも同じ。芸がなくてよ」


 失望か。低く囁いて、鑑は七色の光をまとった手で烈を払った。

 軽くいなしただけで、烈の身体がワイヤーに吊されたように宙へ舞う。

 格が違った。妖魔の烈をまるで赤子扱い。戦いにすらなっていない。


「……やっぱ鑑ってマジで強え」 


 これでは陸が加勢しようにも、邪魔にしかならない。

 鑑が髪をひるがえし、烈の攻撃をまたも光の壁ではじき返す。黒銀の長髪が、鮮やかなものに陸の眼に映った。殺し合いなのも忘れ、その美しさに見とれた。


「ちょ、ちょっと陸くん。あの子一体誰なの? わたしもう何が何だかわかんないよ~」


 紫織は頬をつねり、水蜜桃のように淡く腫れさせている。いっそ夢だと疑ったほうが、納得できるのだろう。


「――あり? 姉ちゃん、知らないのか?」

「うん? もしかしておじいちゃんのお弟子さん?」

「いや……まあ心配すんな。ちょっと物騒なヤツだけど、すっげえ頼りになる味方だよ」


 陸は血で赤黒く染まった学生服をさすった後、黒い傘を振って苦笑してみせた。 

 奇妙な信頼がある陸の予想どおり、決着はすぐについた。 

 鑑が低く屈んだ。陸がそう思ったとき、彼女の姿はもうそこになかった。

 時間が抜け落ちたような速さで、鑑は馳せていた。

 紅白が交差する。転瞬。赤猫の妖魔は、ボーリングのピンのように蹴散らされていた。


◆◇◆


「はぁ、はぁ。く、そっ……。生身の人間がどうやってここにって思ったけど、とんでもねぇバケモノに力借りやがって。おい、おまえ。そこのガキから一体何を代償に、こんな茶番を引き受けたんだい?」


 烈は力なく耳としっぽを垂れ下げて、鑑へ脅えをなしていた。

 十本の牙爪はすべて根元からへし折れ、喀血に藍の着物を汚し、満身創痍の体だった。


(おも)の乳も恋しいような(わっぱ)がよう喚く。(かわず)のような啼き声も飽いたわ。いい加減潰れてもらおうかしら」

 

 鑑の眸から色が消えていく。赤々と透明に澄み渡る。

 その中心で瞳孔が、暗闇の中のケモノのソレのように、炯と光った。

 あの、河原でのなんの躊躇もない鑑だ。否、それ以上の異状だった。 


「お、おい。鑑? もういいんじゃねえか?」

「―――」


 陸の震える声に、鑑の動きが止まった。周囲を守護する、七色の光の紋様はまだ兇悪な光を放っている。


「そいつ殺しちまう、のか……?」

「……あら。殺さないでいいの?」


 怨みを晴らさないでいいのかと、妙なものを見るように首を傾げられる。

 その仕草には、陸の知っている鑑がまだ残っていた。

 陸は喉を鳴らし、静かに首を振った。

 横にではなく、縦に。


「……だめだ。殺すのは、だめだ」


 烈のことを憎んでいる。許すつもりもない。当たり前だ。 

 復讐はよくないことだときれい事を言えるほど、腹の底も冷えていない。

 でも、鑑に殺させるのはなにか違うと、陸は思った。 

 そして最も怒っていい紫織が、一番それを望んでいないはずなのだ。


「そうだよ、もう十分だよ。女の子がそんな恐いことしちゃめっだよ」


 ほら。ならこの辺で矛を納めるべきだ。

 もう十分、烈は懲らしめた。


「――まったく。ぱーばっかり、ね」 


 陸と紫織をゆっくり見渡し、鑑はため息を隠そうともせずに大きく吐いた。

 華麗に指鳴らしをして、鑑は万華鏡の光線を粒子にして霧散させる。 


「この子たちに感謝なさい。火車の妖」

「くそっ。ふざけるなっ! なんでおまえほどの奴が人間なんかの言うこと聞くんだ。人間の味方なんてして、こんなの完全に俺たちのあり方から反するぞ」 

「――そのとおりね。けど、青人草を護るのも私の役目だもの。……さあ。巻いて逃げるしっぽのある内に、失せるといいわ」 


 鑑が烈に向ける声色は、自分らに対するものとは違うことに陸は気づいた。

 粛々と、高みから見下すような温かみのない声なのだ。


「――青人草を護る? あんたまさか、その穢れの少なさ……!」

「――」

 

 失言に、鑑がかすかに口唇を噛んだのを、反撃の機会を狙っていた烈は見逃さなかった。


「へえ、やっぱりそうか。あんた、同族の面汚しだったのか。そのうえ、地獄との盟約を破りやがったんだな」

「……ぬ?」

「常に中立であるべきあんたらがここにいる――それが何を意味するか知らないはずなかろうに……。そんなガキどもにどんな情があるっていうんだい」


 烈の鑑の呼び方が“おまえ”から“あんた”に変わっていた。

 その理由はわからなかったが、烈が水を得た魚のように活力を取り戻し、反対に鑑は怯んでいるように陸には感じた。


「阿呆だねぇ。けど、今のご時世に、わざわざ直接人間に手を貸すやつが残っていたなんて、完全に盲点だったよ」

「……よく喋るのね。そんなに舌を抜れるのがお望みかしら?」

「はっ。“閻魔大王 (えんまだいおう)”でもないやつがほざくな。おまえが人からも妖からも外れた“御先(みさき)”なら、俺にもまだ手はある」 


 烈は血だらけの手を気にせず、盛大に岩肌を叩きつけた。 

 岩盤に亀裂が奔り、亀裂がミミズ腫れのように盛りあがり、砂塵が舞いあがる。


「――っ?!」 


 視界が赤い砂煙で塞がれる中、陸は聞いた。遠雷のように重い唸り声を。血をも凍りつかせる獣の咆哮を。生き物を貪り喰らうような、そんな不気味な怪物の声を。 

 ぞわりっと、産毛が逆立つ。 

 こんなおぞましい声を出せる生物を陸は知らない。生物として存在していいはずがない。砂埃が叫声によって吹き払われる。そしてその無骨な巨躯が露わになった。


「あわわ。おっきい~」 


 紫織の驚きではぬるい。その背丈は陸の倍以上、四メートルは優に超えている。 

 砂埃が晴れた先にいたのは、大岩のような二人の巨兵だった。

 否。二人と表現するには誤りがある。ひとりは首から上が猛牛のそれ、もうひとりは竜馬の頭を持っていたのだから。


 半人半獣のカイブツ。 

 戦国武将のような黒塗りの鎧を身にまとい、空気が歪むような闘気を放っている。

 大きな口から草食獣らしからぬ鋭利な乱杭歯が覗き、よだれがこぼれ落ちる。

鏡のように光る大きな眼が、ギョロリと動いて陸たちを見下ろす。その白目は飢えたように血走っていた。


「な、なんなんだ、こいつら? なに食ったらこんなにでかくなるんだよ」


 正真正銘のカイブツを前に、陸は瘧のように身体を震わせた。

 小山のように隆起する猛々しい筋骨は、牛や馬のように草を食べてついたものとは到底思えない。身体にまとわりついてくる生ぬるい息には、生肉のイヤな臭いがした。


「そんなの、君たちに決まってるでしょう」

「なっ!? それって!」

「――ぬかったわ。“牛頭(ごず)”と “馬頭(めず)”。地獄の獄卒長たち“口寄(くちよせ)”できるなんて、“座位”はかなりのぼんち、ね」


 巨躯の影に隠れて薄笑いを浮かべる烈を、鑑は忌々しげに睨んだ。 


「地獄への侵略者だ。捻り潰してやれ」

「「GRAAAAAAAA―――!!」


 二体の巨人が、鼓膜を破るような叫び声をあげる。

 怒濤の進撃。あたかも巨大な岩石が転がってくるような錯覚。 

 牛頭と馬頭は、佩刀した肉厚な大剣を抜き放ち、力のまま振り下ろしてきた。 





本話の奇蹟

土生金 鏡返しの呪 体現式

周囲に護法の障壁を生み出す呪 

攻撃を反射、無効、軽減する。


体術・透勁 使用者・鑑 肉体干渉系 気合声『重打(かさねうち)

威力・武力×1、5倍。 防御無視 消費胆力5

二打打ちとも呼ばれる体術が原型。

手打ちで相手の身体を押さえるように掌底を出し、そのまま突き入れることで、相手の筋肉の弾性および呪力の展性を封じて内部から破壊する。


火生土 口寄の呪。 使用者・烈 体現式

地獄の住人を召喚する呪。

良家の若い息子(ぼんち)だからできるようだ。

本人の実力だけでは、牛頭馬頭クラスの妖魔は呼べない。


鑑VS烈 

地形効果 黄泉路・荒れ地 鑑・苦手 烈・得意

勝敗 鑑勝利


○鑑 

職業 ???

クラス ???

種族 ???

属性 月 

性格 奔放(魅力++、呪力+)


ステータス ※飢餓状態

体力 51(+3) 武力 57

速力 71    技量 69

知力 85    魅力 97(+5)

胆力 76    呪力 82


装備

防具 黒のワンピース 体力+2 魅力+3

装飾 鈴の髪留め 体力+1 魅力+2 特殊技能??


使用特殊技能

神性(低) 魔性(上) 傾国(上) 魔眼(中) 四魂相応(上) 体術(上) 


魔法技能

魔導式変現法(上)

鬼道系練度・漆 神道系練度・陸 陰陽道系練度・伍


(れつ) 

職業 地獄の見習い同心(ソウルキャリー) レベル12

クラス 闇の眷属(エレボス)・妖、魔 

種族 火車猫・低級

属性 火

性格 高慢(速力++、知力+)


ステータス

体力 67(+2) 武力 43(+5)

速力 52    技量 12

知力 33    魅力 63

胆力 48    呪力 45


装備

武具 牙爪・火 武力+5

防具 藍の着物  体力+2


使用特殊技能

魔性(下) 肉体強化(下) 死の門番(下)魔眼(低)


魔法技能

魔導型変現法(低) 鬼道系練度初 神道系練度× 陰陽道系練度-








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