09 アイテムの価値
トイレは、迷宮の場合穴を掘ってトイレとし、軽く土でもかけておけば、暫くすると迷宮に飲まれて消える為、態々高額な物を購入する様な者は少ない。
こうした簡易タイプのトイレは、掘った穴を使う事に変わりは無いが、覆う布が魔道具となっていて、分解と清浄の魔法効果が付与されている為、使用後に魔力を流せば覆われた内部に効果が発生し、排泄物が分解され、清浄によって汚れの心配さえ無くなる。
実際には、使用後に内部で清浄化し、外に出て分解を行う流れだ。これを間違えると、中に居る者さえ分解されてしまうので危険なのだ。
シャワーは、単に布で覆われた中で、火と水の魔石や魔晶を組み合わせた物を使って適温のお湯を発生させるという物になる。
覆う布は散布と温風の魔法効果が付与されている為、お湯を発生させた上で、散布の効果で細かなお湯の粒で覆われる事になる。使用後は温風の効果を発動する事で乾燥させる事も可能となる仕組みだ。
勿論これも、態々安くない金額を出して探索者が手に入れる事はほとんど無い。これらの魔道具は、その多くが大手商人のキャラバンや、遠征する騎士団や軍が購入先となっている。
「まあ、今回は女性も居るから、一応持って来た」
「いや、それ以前に、アルマンはそんなに稼いでいるのか?」
「ん? ああ、これらは迷宮品だ。オレ程度の探索者が買える訳無いだろ」
迷宮品とは、迷宮で出たアイテムの事だ。
小部屋や、行き止まりの所などで、まれに地面や床が盛り上がった様な状態で、中が空洞になっているものが見つかる事がある。その空洞部分に、何らかのアイテムが入っているのだ。
探索者の間ではそれを宝箱と呼ぶが、多くの場合は、宝とは程遠い、対して価値の無いアイテムが出て来る。
今日の探索は、十七層のほぼ全てを回っている為、こうした宝箱が四ヵ所見つかったものの、一つは鉄製の短剣、一つは棍棒、一つは狼の毛皮、一つは大人の頭くらいの鉄鉱石だった。
こうした事から宝箱の中身は、迷宮で死んだ探索者の持ち物や、魔物が残した物、あるいは迷宮で採れる鉱石や宝石等、迷宮に飲まれた物が排出されているのではないかとも言われている。しかし、極稀に、このトイレやシャワーの様に、迷宮に持ち込まれる事自体が稀な物や、極々稀に、遺失技術の魔道具が出る事もある為、実際にどうなのかは分かっていない。
「そうか、無間袋を持っている事といい、斥候の技術で宝箱狙いをすれば、それなりに当たりを引く可能性もあるのか」
「え? そうなのイェラン。
斥候職って、迷宮品で当たりを引き易いスキルとか有ったっけ」
「いや、そうじゃない。
例えば探査で魔物を可能な限り避ければ、小部屋や行き止まりを狙って回る事が、他の探索者よりは可能だろ。
後は数を打てば、当たりを引く可能性は高くなるだろうってだけだな。
まあ、どのくらいの割合で、それなりの利益を出せるかは分からないけれど、それでも当たり一つ引けばかなりの高額で売れるからな」
実際のところ、例えばトイレは、覆う布自体が魔道具になる。
家などでの設置タイプであれば、魔石や魔晶によってそれなりに価格を抑える事も出来るが、布自体に魔石や魔晶を組み込む事は出来ない。こうした不定形の範囲に効果を及ぼす場合、刻印魔法という、意味有る刻印や文字によって、その魔法効果を発揮させる必要があるのだ。
そして、その“意味有る刻印や文字”を扱える者は、極めて少数だ。
刻印や文字だけであれば、それを覚えれば済むのだが、魔法効果を発揮させるには、その刻印や文字を“扱う”スキルが必要となる反面、扱える者にしても説明が難しい抽象的な、あるいは概念的な印象でしか捉える事が出来ておらず、体系化されていないのだ。
ある刻印魔法師は、自分の能力を探求した結果を書き残し、こう締めた。
曰く『意味有る刻印、或いは文字の意味を認識し、適切な思考を上乗せし、その刻印や文字を活性化させなければ意味が無い』と。
つまり、刻印や文字をただ記憶し、刻めば効果を得られる訳では無いのだ。
結果として、刻印魔法が用いられた魔道具は、稀少で高価となる事が避けられない。
そんなものを迷宮で得、売ればそれだけでも、かなりの資産を得る事となるだろう。
それこそ、依頼を怠けていても、それなりに生活が出来る程度には。
「そんなに簡単に出るものじゃ無い。しかもこうして、売りにも出さず、自分で使っていれば余計にな」
「それでも、困れば売れる物があるんだ。そこに余裕は生まれるんじゃないか?」
「まあ、それは否定出来ないな」
肩を竦める様にして、アルマンは話を逸らす。こうした探索者の手の打ちは、大抵の場合はどれだけ親しい間柄でも語られる事は無いし、それを聞く事は約束事に反する扱いとなる。
つまり、それ以上追求するなと、無言で牽制した訳だ。
「どちらにしろ、有難い。
眠る前に使わせて貰うとしよう」
トイレにしろ、シャワーにしろ、男であれば比較的無ければ無いで、それ程困る事は無いが、女ともなれば、無ければ諦めるしか無いが、やはり色々と苦労があるのも事実だ。
勿論、無間袋一つあれば、こうした魔道具を持ち込む困難さは格段に経るが、それでも相応の金額が必要となる。
有れば有難い。けれど、それは今回だけの特例である為、この依頼が終わったら暫くは辛くなりそうだと、ライザが思ったのも仕方が無いところであろう。
今日は、一旦迷宮から出る予定となっている。
初日が、迷宮に潜ったのが昼を過ぎていた為に、実質二日半という日程ではあったが、既に十九層を抜ける転移門へと至っていた。
十七層は初日の内に、十八層と十九層の一部は昨日一日で探索を終え、残りもつい先刻終えたところであった。
ここまでの探索で、十九層に数体の異常種が確認出来ている。たった一層で数体という数は、確かにまれに見られる異常種の発生を考えるとおかしいが、その原因と思われる異変は、今のところは見られなかった。
「次はエリアボスの階層か。
万一ボスまでが異常種となっていた場合、注意は必要となるが、それでも通常体と比較して数段程度強くなっているだけだ。高く見積もっても三十層のボスよりは弱い以上、問題は無いだろう」
そう言って、ライザは一緒に潜って来た面々を見回した。