Extra3 アルの事情
アル=ローウェンが物心ついた時からの記憶は、そのほとんどが苦痛と混乱だった。
未だあまり自由に動けない、小さな体を、無理矢理固定された後は、決まって頭に何かが流れ込んで来た。
苦痛と、意識の混濁。どんなに訴えても、一定時間は意識を失う事さえ出来ず、ただただ何かを頭の中に流し込まれるのだ。
後で思えば、それは知識や情報、つまりは様々な技術等であったのであろう。
経験で鍛えて行くのではなく、魔法的処置で頭に強制的に埋め込まれるその感覚は、普通では耐えられるものではなかったが、行っている者達には何らかの基準があったのであろう。これ以上は正気が保てなくなるその直前には、毎回その行為を終えるのだ。
そして、数日は消耗からの回復に費やされるが、回復すればまた繰り返されるというのが、未だ自意識も明確では無い頃から続いていた。
「それが、件の魔道具」
「そうだろう、としか言えないけれどな。
ただ、それはおそらく、刻印魔法限定って訳では無かったと思う。
実際のところ、オレの頭の中には刻印魔法以外にも属性、儀式、付与と言った知られている魔法、精霊、神聖、暗黒と言ったほぼ知られていない魔法の知識も有るし、魔法だけでなく、剣や槍、棒等の物理攻撃知識も有るからな」
刻印魔法がそれなりに使える様になったのは、何時の頃だったのかは覚えていないが、少なくとも体が相応に動くだけの成長を果たし、自分の意思で歩き、走れる様になった頃には、その強制行為を受ける率は減って行った。
しかしそれは、苦痛が減ったのでは無く、代わりに物理攻撃技術を含めた、体を動かす事に時間が採られる様になっただけ。
しかも、当然未だまともに動けない、体力も未だ無い時期から、剣で切られ、槍で突かれ、棒で打たれる。
痛い思いをしたくなければ、それらを逸らし、避け、相手に痛手を負わせて攻撃を奪うしかないという、非常に荒っぽいものであった。
しかし、精神的、あるいは肉体的苦痛等、物心が付く前から日常として有った為、それが自分に行われている事自体に疑問は持たなかった。
そこにあったのは、単純に苦痛から逃れる方法はあるという、極々限られた逃げ道のみであった。
「そんな・・・一つ間違えたら」
「いや、いつからそうなったかはハッキリとは覚えてないけど、ある程度体力も付いた頃には、確実に殺しに来ていたな。
死にたくなければ勝て。という単純な方法で物理的に攻められ、生き残る方法の一つと言われて、情報の流し込みが続けられた」
やがてその毎日は、物理と魔法を扱う複数からの攻めへと発展し、その人数が増え、とエスカレートして行った。
しかし当然、そうした毎日しか知らないのだから、そこに疑問を持つ事も無い。
ただただ、自分が死にたくなければ相手を倒す。という生存本能に訴えて来る状況に対し、自分達への攻撃でも恐れたのか、流し込まれる知識の中には常識等も含まれていた。
ただ、その常識の中には、自分達に都合が良い考え方も追加していた様だった。
そんな中でも、アルの世話を担当する者の中には優しさを感じさせる対応をした者も居た。但し、『貴方は私達の神となるかも知れないお方』という言葉を発していた為、優しさでは無かった事は明らかだが。
「あまりにも、酷い!」
「んん、どうなんだろうな。
外から見れば酷いんだろうけど、後で知ったけどかなり閉鎖的な環境だったらしいからな。
やっていた奴らには、酷いなんて感覚は無かったんじゃないか? まあ、実際どうだったかは知らないけどな。
とにかく、そうして物理も魔法も、それなりに鍛えられた訳だ」
アル自身は後で知った話しだが、もう数日で十四歳になるという時、それは起こった。
魔法の中で特殊とされる治癒魔法は、当然の事ながら、治癒する対象の知識を持たなければイメージも出来ない為、魔法は発動しない。
イルナを含む一部の者が、簡単な治癒だけは出来るのは、表面的な怪我であれば誰でも実際に見、そのイメージを持てる為だ。
勿論それが表面的な治療や、単純な状態異常に対するだけでも、適正が関わってくる為に貴重な術師である事は違いは無いのだが、教会等の閉鎖された環境で学んだ者と比較すれば、その水準は低い。
対して、アルは“自分達の神を造ろう”という邪神崇拝思想によって、知識や技術を強制的に植え付けられている状態にある。当然簡単な治癒魔法だけで済ませる筈が無い。
選ばれたのは、この中では異質であるという理由だけで、アルの世話を担当し、優しさに見えなくも無い態度を取った者であった。
体を治す上で、当然体の事を知らなければ行けない。筋肉の動きや、臓器の動きも含めて、だ。
つまり、アルに実際の知識を与える為に目の前で、生きたまま体を開き、切り刻み、しかし死んでは動きが見せられない為に、目的を最低限終えるまでは死なない様に、魔法的処置で生命力を補いつつという、非情な行為が行われたのだ。
結果として、アルの何かが壊れた。
「自覚は無いんだよな。
ただ予想と言うか、推測で言えば、生存本能を散々刺激されたところに、明確な死に至る状態だからな。
それまでオレの中に無かった、その場への拒絶が生じたのか、あるいは知らないままに蓄積された何かが決壊したか、だろうな」
「アル・・・」
「ん? ああ、大丈夫。
オレの中ではそれなりに処理出来た過去でしか無いから」
気が付いた時には、アルの周囲と言うか、居た施設そのものが崩壊し、瓦礫のみと化していた。
そこに現れたのが、当時未だ白金Ⅰランク探索者であったマディナを含む、邪神崇拝探索依頼を受けて動いていたチームであった。
施設崩壊によって、隠されていたその場所を見つける事が出来たのだった。
保護されたアル以外に生存者は居らず、指名手配を受けていた幹部も全員が確認された為に、その邪神崇拝集団に関しては壊滅という報告によって、マディナ達が受けていた依頼は達成となった。
この事を含めてマディナは、それまでベースとしていたクレリアナのギルド長となり、身寄りの無かったアルを預かり、生きて行く術として、探索者としての技術等を仕込んで行く事となる。
そして一年を超え、成人となったアルは探索者として登録し、迷宮に挑んだ初探索の成果をギルドにて精算しようとした時に、虹銀貨が何時の間にか有った事に気付くのであった。




