Chapter 1: The Sea
季節の最初の雨が、海辺の駅に降り注いでいた。
朝の列車が到着すると同時に、一人の青年がホームへと降り立つ。胸元には一眼レフカメラが静かに揺れ、両腕の中には本が詰まった箱を強く抱きしめていた。
校門へと続く淡い石畳の道は、敷地のフェンスに沿って伸びている。
沿道に並ぶアペル(モモタマナ)の木々が海風を受け、波のように揺れる枝影を地表に落としては、葉を散らしていた。
視線を上げれば、視界を遮るもののない群青の海がはるか彼方まで広がっている。そこにあるのは、空と、海と、規則的に寄せては返す波の音だけだった。
ベンチに腰を下ろしたブルの鼻腔を、正面から吹き抜ける潮風がくすぐる。かすかな塩の香りに、彼は久しぶりに深く息を吸い込んだ。
その時、聞き覚えのない、あるいは遠い昔に忘れ去っていたような歓声や話し声、囁き合いが途切れ途切れに耳に届いた。
ブルが視線を向けると、幼い少年から体格の良い生徒まで、男子学生たちが次々と目の前を通り過ぎていく。
その光景に気おされたのか、彼は身を縮め、震える手でダボついたスーツの襟元を何度も整えた。
だが、その呼吸が乱れることはない。
意を決したように立ち上がると、彼は生徒たちの後を追うように歩き出した。
重厚な校門の前に辿り着く。芝生の上に鎮座する光沢のあるグレーの御影石には、大きな文字が刻まれていた。
『私立ヴァリークラーム国際男子学院』
(Waree Kram International Boys’ Academy)
その時、重々しい音が響いた。波の音ではない。門扉の鉄が擦れ合い、引き潮のように響く音だ。
白衣を纏った大柄な男が、生徒たちを通すために門を開けていた。厳めしい顔つきで口元を動かしている。煙草をくわえているようにも見えたが、よく見ればそれは飴玉だった。
ブルは門の前で立ち尽くし、中に入ろうとはせず、周囲の様子を一つひとつ確かめるように見回している。
男はそんなブルに気づくと、胡乱な視線を向けた。見慣れない顔だと思いながらも、大声で問いかける。
「おい、兄ちゃん! 入らんのかい!」
ブルは男を見つめ返した。
「……」
「……」
やがて、ブルはぽつりと言った。
「あ、なんでもなかです……」
「はぁ!?」
男は頓狂な声を上げ、心底不可解そうな顔をした。距離を詰めようと踏み出したその時、一台の黒いメルセデス・ベンツが彼らの脇に滑り込んできた。
車が静かに止まる。
ドアが開く。
車内から冷ややかな空気が流れ出し、ブロンドヘアの少年が降り立った。少年はチラリと学院を見上げたが、すぐに目を細め、再び視線を落とした。
ブルはその姿を静かに見つめていた。
続いて、反対側のドアからもう一人の男が降りてくる。
仕立ての良い黒のスーツに、細フレームの眼鏡。その笑みは完璧すぎて、内に秘めた思考を読み取ることは到底できない。
男はブルの目の前で足を止めた。一瞬だけ視線が交錯する。
男は極めて丁寧な口調で切り出した。
「もしよろしければ……
少し荷物を持って、ご一緒していただけませんか?」
言葉のテンポをわずかに落としながらも、その完璧な笑みは崩れない。
「ブルさん」
次の瞬間――
漆黒の巨大な鉄門が、ギギギ……と重い音を立てて閉じられた。
校内に足を踏み入れた、三人の男を残して。




