Vtuber(後)
「今回の件について説明する前に、注意していただきたいことがあります」
ヤミさんと立花さんへと順番に目をやり、二人が頷いたのを確認する。
「私が説明している間、何が起こっても極力反応しないでください」
「反応?」
ヤミさんが疑問の声をあげる。
「説明をすれば、怪異の全容を暴くことになります。妨害しようと、何かしらの反応があるでしょう。それを、できるだけ無視してください」
「……わ、わかりました」
ヤミさんは少し緊張した表情で頷いた。
「まず最初に、大元の声のようなもの、これはおそらく機材かなにかのノイズでしょう。霊障ではありません」
「そうなんですか?」
立花さんが驚いたように声を出す。
「はい。ただ、問題はここからです。ヤミさんの配信はたくさんのリスナーが見ていました。そして、多くの人が声のようなものを聞き、騒ぎになりました」
「……」
「たくさんの切り抜き動画が上がり、どれも万単位の再生数になっています。SNSの反響も大きい。本当は何もなかったはずなのに、多くの人が『何かがある』と思った。それによって発生したのが、今回の怪異です」
――カタ。
ふと、ヤミさんの机の方から物音がした。
ヤミさんと立花さんがそちらを見ようとして、
「無視してください」
慌てて振り返るのをやめた。
「――続けます。かつて、都市伝説というものは口コミや一部のオカルトメディアによって広がりました。インターネットが普及した現代でも構造は同じです。ただ、広がるスピードがまったく違う。今は、一つの噂が一瞬で数万、数十万人に広がる。かみ合えば、都市伝説が一瞬で誕生する時代なんです」
――ガタガタ
ヤミさんの部屋が揺れ始めた。
ヤミさんも立花さんもできるだけ気にしないように務めているが、怯えは隠せていない。
神月さんはよくわからない。ただ黙っておとなしくしている。
「存在とは認知から始まります。誰にも認知されない怪異は存在することができない。誰かに認知されて、はじめて怪異というものは存在を許されるんです」
――ガタガタガタガタ
部屋の揺れが激しくなってきた。
「多くの人に認知されるほど怪異の存在は強固になります。今回のように爆発的に広まった認知から生まれた怪異は、それなりに強い個体として発生したはずです」
ちかちかと部屋の照明が点滅し始めた。
『これ以上暴くな』と抵抗しているつもりなんだろう。
「ただ、こういう紛れ込み音声というのは、すぐに誰かが解析してノイズだと暴かれる。そうすれば、なにもなかったんだとすぐに忘れ去られる。あっという間に認知が失われる。放っておいても、今回の怪異はすぐに消えてしまいます」
どさどさっという音とともに、部屋の本棚から本が何冊も落ちた。
「それなりに強い怪異なので、短命でも被害が出る可能性があります。ですので、今回はしっかり退治しましょう」
そこまで言い切り、俺は神月さんの方を向いた。
「神月さん」
「えっ?」
「研修らしいことをしよう。神月さんができるところまでやってみて」
「で、できるかなぁ」
神月さんは珍しく弱気だ。
「大丈夫。失敗してもいい。うちの子たちが控えてるから、安心して」
「わ、わかった……うわ、マジ緊張するんですけど……」
神月さんはバッグからお札の束を取り出した。
「えっと……ケイさん、パソコンの周りでいいんだよね?」
「うん。パソコンごとでいいと思う」
神月さんがパソコンにぺたぺたとお札を貼って行く。
「あっ……うっ……」
ヤミさんが何か言いたそうにしている。
商売道具の大事なパソコンが壊されないか心配しているんだろう。
「ヤミさん。データのバックアップは取ってありますか?」
「それは、まあ……でも、壊されるのは困るっていうか……」
「多分大丈夫ですよ。まずはパソコンから引き剝がすのが目的なので。それよりも、お二人は一旦部屋の外で待っていてください」
「……はい」
ヤミさんは最後までパソコンの心配をしていたが、立花さんに連れられて部屋を出ていった。
「神月さん。怪異がパソコンから離れて姿を現したら、どこまで戦える?それなりに強めだけど」
「戦闘は自信ないよぉ……マジ怖いんですけどぉ」
「そっか。それじゃあ、出てきたらうちの子に任せるから、そこまでお願い」
「おっけー」
神月さんは持参したお札を全て使い切るつもりのようだ。
ヤミさんのパソコンには、隙間なくお札が貼り付けられている。
――バチバチッ!!
何かが弾けるような音がして、部屋の中に煙のかたまりのようなものが現れた。
「出てきた。やっぱり形はほとんど定まってない。――アイズ!!」
俺に憑いている中で一番若い、少女の霊であるアイズに呼びかける。
「――――!」
アイズは煙のかたまりを掴み、ぶちぶちと引きちぎり始める。
『――ォォオオオ!!』
ちぎられるたびに怪異が悲鳴をあげる。
反撃のつもりなのか、ヤミさんの部屋のものが次々にこちらに飛んでくるが、全てうちの子たちによって防がれた。
『まて、まて、まて、まて』
唯一知っている言葉で呼びかけてくる怪異を無視して、アイズはどんどん怪異をちぎっていく。
『まて、まて、ま――』
やがて、存在すべてをちぎって捨てられた怪異は消滅した。
「終わったかな。アイズ、お疲れ様」
アイズが「褒めろ褒めろ」と俺に絡みついて体を撫で回してくる。「あとでね」とアイズに告げ、部屋の外にいる二人に戻ってきてもらう。
「うわぁ……」
ヤミさんはめちゃくちゃになってしまった部屋を見て絶句している。
仕方なかったとはいえ、あとで片付けを手伝った方がいいだろう。
「怪異の退治は終わりました。あとは、音声のようなものはノイズだったと広めておけば大丈夫です」
「すごい……こんなこと、ほんとにあるんですね……」
ヤミさんは初めての超常現象に少し興奮気味だ。
「多くの人に見られる職業である以上、今後もこういうことが起こるかもしれません。覚えておいていただきたいのは、さっきも言ったように、存在は認知から始まるということです。騒げばそれが怪異となります。騒ぎすぎないことが大事です」
「それはちょっと難しいですね……私たちはバズってなんぼというか……話題になるために必死にやってるので」
確かに、配信者からしてみれば、確実に話題になるようなことを放っておくのは難しいか。
「それなら、せめて何か異変が起きたらすぐに連絡をください。佐伯さん経由でもいいですし、直接でもいいです」
「わかりました」
「部屋を片付けるのを手伝います。四人でやればすぐに終わるでしょう」
部屋の片づけを終えてヤミさんの部屋を出たところで、神月さんが今日一日ずっとおとなしかったことを思い出した。
「神月さん、大丈夫?」
「え?何が?」
「なんかずっとおとなしかったから」
「ケイさんがファンみたいな振る舞いするなって言ったんじゃん。マジ頑張っておとなしくしてたんだから!」
どうやら俺の言いつけを守っていただけだったらしい。
その後すっかりいつもの調子に戻った神月さんは、アイズがいかにかっこよかったかを熱弁していた。
アイズは「そうだろうそうだろう」と胸を張って頷いている。年齢的には神月さんの方が年上なんだけど……。
現代は口コミが広がるのも一瞬だ。
そういう意味で、昔よりも怪異が発生しやすくなったと言えるのかもしれない。




