よろず屋K
都内にあるとあるアパートのインターホンを鳴らす。
中からどたどたと音が聞こえた後に玄関が開けられ、この部屋の住人が顔を覗かせた。
一人暮らしと聞いているし、この人が今回の依頼人だろう。
「『よろず屋K』の坂木葉蛍と申します」
俺が用意していた名刺を差し出すと、依頼人は怪訝な顔で受け取った。
「よろず屋……?」
「佐伯さんからの紹介です。除霊をご希望とのことで」
「は、はい……でも、佐伯さんは? 佐伯さんは、来てくれないんですか?」
元はと言えば佐伯さんに持ち込まれた依頼だ。この依頼人も、当然彼女が来てくれるものと思っていただろう。
「佐伯さんは別件がありまして。ただ、除霊であれば私でも対応できます。どうしてもとおっしゃるなら、私は帰りますが……」
「い、いえっ、疑ってるわけじゃ……!」
依頼人は慌てたように取り繕う。
結局依頼人は俺を部屋に入れてくれた。
几帳面な性格なのか、部屋は綺麗に整頓されている。
「寝ていると触れられたり引っ張られたりする、とのことですが」
「そうなんです。もう怖くて怖くて……、夜も眠れなくなってしまって困ってるんです」
あまり寝ていないのは本当だろう。少し顔色が悪い。
「原因はわかりました。今から除霊しますので、私が声をかけるまで、口を挟まずに待っていてください」
部屋に入ってすぐに原因は見えていた。部屋に入ってからずっと、女性の霊がこっちを見つめている。
「えっ……もう、ですか?」
「ちょっと失礼」
依頼人を押しのけて女性の霊の前に立ち、少し屈んで目線を合わせる。
「こんにちは。俺の声は聞こえてる?」
問いかけると、霊はしっかりと頷いた。
「この部屋の住人が寝ているときにちょっかいを出していたのは君かな?」
これにも頷いた。
「何か伝えたいことでもあった?」
女性の霊は首を横に振った。
「触れたら気付いたから、かまってほしくなった?」
彼女は頷いた。
「でも、見ての通りあの人は怖がってしまっている。君だって、生きていたころにこんな体験をしたら、きっと怖がっただろう?」
霊は俯いてしまった。怒られたと勘違いしてしまったようだ。
「怒っているわけじゃなくて、君に提案があるんだ。――俺のところに来ないか?」
霊が顔を上げ、俺の目を見つめる。
「見ての通り、俺の周りは賑やかだ。俺なら、君を受け入れてあげられる。君だって、触れるたびに怖がられるのは嫌だろう? 俺は怖がったりしない。だから――」
俺は女性の霊に向かって手を差し出す。
何度か俺の顔と手を交互に見てから女性の霊は俺の手をとり、そのまま俺の体に絡みついた。
「――終わりました。この部屋にいた霊は私が引き取りましたので、ご安心を」
「えっ……もう? 話しかけただけで……?」
依頼人は困惑している。
儀式もお経もなしなので無理もないが、俺が声を掛ければ霊は憑いてくる。そういう体質なのだ。
「今夜寝る時にでも実感できるでしょう。ただ、憑かれやすい人というのはいます。触れられたのを感じたということは、これからも似たようなことが起こる可能性があります。何かあった時はまた佐伯さんに連絡してください」
俺はそう告げて、いまだ半信半疑の依頼人から報酬の一万円を受け取った。
依頼人のアパートを出て、佐伯さんに報告を入れる。
「除霊はとりあえずケイさんに任せれば安心だから助かるわー」
佐伯浄里さんは、いわゆる『インチキ霊能力者』だ。TVや雑誌にも何度も出たことがあり、有名な霊能力者として活動している。
『ガチ』の案件は専門家に回し、自分はそれ以外の案件を担当して稼いでいる。
この方式でほとんどの依頼を解決できてしまっているので、今のところ佐伯さんの名声は地に落ちてはいない。
佐伯さんの一番の武器は人脈だ。
「ケイさんさー、前にも言ったけど、オカルト全般に業務拡大しない?」
佐伯さんはことあるごとにこの話題を振ってくる。俺自身は大した力を持っていないというのに……。
「何度も言いましたけど、オカルト全般となると戦闘があるじゃないですか。戦いになると、俺自身は役に立たないんですよ」
「ケイさんには育てた子たちがいるじゃない。簡単だと思うんだけどなあ」
スマホから漏れて聞こえたのだろう、俺に憑いている子たちも頷いている。
うちの子たちが乗り気なのも困りどころだ。彼女たちは俺にもっといい暮らしをさせようと、報酬の良いオカルト案件を受けるよう、いつも背中を押してくる。
「ケイさんに憑いてる子たちは乗り気なんでしょう? 報酬も上がるし、今のボロアパートから引っ越して、もやし生活ともおさらばしなさいな」
除霊の報酬は一件一万円。半分が佐伯さんの取り分なので、実質五千円だ。
仕事が毎日あるわけでもないので、俺は貧乏生活を送っている。
俺はスマホを一旦遠ざけ、うちの子たちに聞いてみることにした。
「ほんとに良いのか? 戦闘じゃ俺は足手まといだぞ?」
みんなうんうんと頷く。やる気を見せるためなのか、シャドーボクシングの真似をしている子もいる。
「そんなに言うなら……じゃあ、ほんとに受けるからな?」
最後に全員が頷いたのを確認した俺は、ついに観念することにした。
「みんなやる気みたいなんで、受ける依頼はオカルト全般に変更します……」
「ほんと!? やったー! ケイさんとこの子たちは強いし、ばんばん依頼回すからね!よろしく!」
そう言って佐伯さんは通話を切った。
「ほんとに大丈夫なのかなあ……」
うちの子たちは余裕だとでも言うように俺の体を撫で回している。
始めは気まぐれで幽霊の育成を始めたのだが、気付けば彼女たちはちょっと野に放ってはいけないレベルの強さを手に入れてしまっている。
俺が心配しているのは、怪異との戦闘で負けてしまうことではない。
周囲への被害だ。
今回俺に憑いてきた子はまだ自分の定位置が定まらないようで、落ち着きなく蠢いている。たくさん憑いているから、狭いのは我慢してほしい。
幽霊同士仲良く譲り合ってくれると助かるのだが、何故か幽霊同士は仲が悪い。
あっちへ行けこっちへ来るなと追いやられて、新人はなんとか俺の右肩の辺りに落ち着いたようだった。
「慣れたら名前も付けてやらないとな」
幽霊は生きていたころの名前を名乗ることができない。なので、俺に憑いた子には俺が名前を付けてやることにしている。
ネーミングセンスは壊滅的なので、そこは許してほしい。
ともかく、こうして幽霊専門だった『よろず屋K』は、オカルト全般を取り扱うことになったのだった。




