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王子の策略

「……なんだ、この報告書はッ!?」


 王宮の執務室に、ギルバート王子の絶叫が響き渡った。

 彼の手にあるのは、離宮の監視役から届いた日報である。そこには『ノノシリーナ様、本日も隠れドM貴族たちからの献上品に囲まれ、シャンパンを片手にセルフ罵倒の会を主催。心身ともに極めて健やか』という、およそ囚人のものとは思えない内容が記されていた。


「刑罰だぞ! これは婚約破棄という名の、人生最大の屈辱を与えるための刑罰なのだ! なぜあいつは、王都で一番贅沢な暮らしを満喫しているんだ!」

「……王子、落ち着いてください。しかし、あの方を処刑すれば諸外国への外聞が悪く、かといって辺境伯領からは『あんなバイオハザード級の狂女を寄こすな』と実力行使で拒否されております。現状、あの離宮に閉じ込めておくしか手はないのです……」


 傍らに立つ審問官ゼノスが、死んだ魚のような目で報告する。彼もまた、先日の一晩で魂を削られた被害者の一人だ。


「ええい、黙れ! ゼノス、貴様に命ずる。ノノシリーナ屈服作戦を再始動だ! 今度は私が直接、細部まで指示を出す。あいつのその厚顔無恥な笑顔を、絶望の涙で塗り替えてやる!」



作戦その一:極限の粗食。


 翌日。私の前に出されたのは、銀の皿ではなく、ひび割れた木の器だった。

 中身は、石のようにカピカピに乾いた黒パン一切れと、具が一切見当たらない、お湯のように薄いスープ。


「……あら? これは……?」


 配膳を担当した下っ端衛兵のガイルが、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。

「へへっ、今日からお前のメシはこれだ。王女様にはふさわしい、家畜の餌以下のクズ飯だよ。せいぜい喉に詰まらせて苦しむんだな!」


 ――ッ!!

 私は、震える手でその黒パンを手に取った。


「ああ……あああ……っ! これよ! これを待っていたのよ! 喉を通るたびに食道を傷つけるような、この暴力的な硬さ! 味のしない、ただの温かい水分! 私のような卑しい、王家の面汚しにはもったいないほどの粗末さだわ……!」


 私は感涙にむせびながら、黒パンを大切そうに、そしてこの世の春を謳歌するような恍惚とした表情で口に運んだ。

「美味しい……。ああ、自分の惨めさが、この乾いたパンの味を何倍にも引き立ててくれる……。幸せすぎて、死んでしまいそう……!」


 それを見守っていた衛兵ガイルは、次第に顔色を変えた。

「……おい。……そんなに、美味いのか? それ。俺たちに配給される、あのパサパサの不評なパンだぞ?」

「ええ、最高よ! この『与えられている』という屈辱感が、どんなスパイスよりも効いているわ!」


 翌日。私の前に置かれたのは、なぜか湯気の立つ厚切りのローストビーフと、具沢山のシチューだった。


「ちょ、ちょっと待って! これは何!? 昨日のあの、喉を切り裂くようなパンはどこ!? この美味しそうな匂いは拷問よ! やめて!」

「……いや、あんまりにも美味そうに食うもんだからよ。……俺の分の配給、分けてやるよ。そんなにひもじい思いしてたんじゃ、見てられねえからな。食えよ、元気出せ」


 ガイルは照れくさそうに頭を掻いて去っていった。

「違うの! 私が求めているのは、この親切という名の暴力じゃないのよ! 空腹という名の、至高の辱めを返してーーっ!!」


 私の絶叫は、親切心に燃える衛兵たちの間で「よほど前の食事が辛かったんだな、もっと食わせてやろう」という誤解を生み、離宮の食事はさらにグレードアップしてしまった。


作戦その二:ボロ布のドレス。


 食事作戦の失敗を知ったギルバート王子は、次なる刺手を放った。

 私の衣装をすべて没収し、代わりに渡されたのは、村娘が着古して継ぎ接ぎだらけになった、麻の袋のようなボロ布だった。


「ふん、ノノシリーナ。今日からはその薄汚い布を纏って過ごすがいい。高貴な絹に触れる資格など、貴様には万に一つもないのだからな!」


 王子の高笑いが聞こえてきそうなその布を、私は迷わず身に纏った。

 

「……ああっ、素晴らしいわ! 皮膚を刺激するこの麻のざらつき! 肌が赤くなるこの感触……! 私を家畜、あるいはただの労働力としてしか見ていないという、王子の無慈悲なメッセージが布越しに伝わってくる……! 最高じゃない!」


 私はそのボロ布を纏い、いつものように背筋をピンと伸ばし、離宮の庭を優雅に散策した。

 元々の美貌と、ドMとしての極上の悦びに満ちた表情、そして長年の教育で身についたモデルのような立ち居振る舞い。

 それが組み合わさった結果――。


「……ねえ、あれを見て」

「……ええ。ノノシリーナ様だわ。あんなに惨めなはずのボロ布を、あんなに気高く、アンニュイに着こなしていらっしゃる……」


 監視していた、精神的にタフなはずの侍女たちが、衝撃に目を見開いた。

 彼女たちの目には、それはもはや「罰」ではなく、「装飾を削ぎ落とした、魂の美しさを強調する最先端のミニマリズム・ファッション」に見えてしまったのだ。


「あれこそが真のエレガンス……! 飾らないことの贅沢……! 『ノノシリーナ・スタイル』だわ!」


 数日後。

 ギルバート王子が馬車で街を通った時、彼は目を疑った。

 

「……おい、ゼノス。なぜ、街中の令嬢たちが、あんな汚らしい麻袋のような服を着て歩いているのだ?」

「……王子。申し上げにくいのですが、離宮でのノノシリーナ様の着こなしが『ボロ布風ドレス(ル・シオン)』として爆発的に流行しております。今、王都で最も熱いファッションアイコンは、ノノシリーナ様です」


 窓の外を見れば、貴族の娘たちが競い合うように、わざと継ぎ接ぎを当てたボロ布風の服を着て、「あえて惨めに見えるのがオシャレ」と微笑み合っている。


「……があああああああっ!! おのれノノシリーナ! どこまで私を愚弄すれば気が済むんだッ!!」


 王子は、自身の発案した「嫌がらせ」が、街中で大量にコピーされている地獄絵図を前に、発狂せんばかりに頭をかきむしった。


 一方、離宮では。

「……おかしいわ。ボロ布を着ているのに、囲いの外の道ゆく人から『素敵ですわ!』って羨望の眼差しを向けられるなんて……。ねえ、誰か! 誰か私を『不潔な女』として石を投げに来てちょうだい!!」


 ノノシリーナの望む「地獄」は、彼女の才能によって、どこまでも「天国」へと塗り替えられていくのであった。

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