第63話:白銀の軍勢
黒の軍団の怒号が夜を裂いた。
「突撃ーーっ!!」
二千の兵が一斉に王都の門へと殺到する。
先頭を走るクロウは、かつて騎士として守った門を、今は敵として破ろうとしていた。
「門を破れ!!」
魔法使いたちが呪文を唱え、炎と雷が門に叩きつけられる。
重装兵たちが破城槌を振り上げ、何度も何度も門を打ち据えた。
ドン、ドン、ドン──
轟音が響くたび、門が軋む。
「衛兵だ! 衛兵が来るぞ!!」
城壁の上から矢が降り注ぐが、黒の軍団は怯まなかった。
盾を掲げ、魔法で防ぎ、倒れた仲間を踏み越えて前進する。
「止まるな! 進め!!」
クロウが叫ぶ。
そしてついに門が破られた。
「やったぞ!!」
「王都に突入だ!!」
歓声が上がる。
黒の軍団が憎悪に駆られて門をくぐり抜けようとした、その瞬間。
静寂が訪れた。いや、静寂ではない。
空気が、変わったのだ。
重く、冷たく、圧倒的な威圧感が、門の向こうから溢れ出してくる。
「……なんだ、これは……」
クロウが立ち止まる。
そして光が門の内側から溢れ出した。
白銀の、神々しい光。
それは温かくも、優しくもなく。
ただ冷酷に、全てを照らし出す裁きの光だった。
「何だ……!? 何が起きている!?」
黒の軍団が動揺する。
光の中から、影が現れた。
いや、影ではない。整然と並ぶ軍勢だった。
純白の鎧を纏い、白銀の剣を掲げる兵士たち。
その数、千を超える。
そして、その中央に──
一人の騎士が立っていた。
髪を風になびかせ、白金の鎧に身を包み神々しい聖剣を手にした女騎士。
その瞳は虚ろで、感情の色を失っていた。
「ミリアム……!?」
クロウが息を呑んだ。
彼女の事は知っていた。正義を貫き、民を守り、誰よりも優しい騎士。
だが、今その瞳には何もなかった。
「神の軍……出撃」
ミリアムの声が、機械的に響いた。
感情のない、命令を実行するだけの声。
「侵入者を排除せよ」
その言葉と共に、千の神兵が一斉に動いた。まるで一つの生命体のように、完璧に統率された動き。足音すら揃っている。
「うわあああああっ!!」
最前列にいた兵士が剣を振るった。だが神兵の一人が動きがすべて見えていたかのように剣を弾き、次の瞬間、その兵士の胸を一突きで貫いた。
「ぐあっ……!?」
血を吐いて倒れる。
「なんだ、あいつらは!?」
「化け物か!?」
恐怖が広がる中、神兵たちは無言のまま次々と黒の軍団に襲いかかった。
だが、クロウは叫んだ。
「怯むな 相手も人間だ!!」
「俺たちは、ここまで来たんだ!!」
「引くな!! 戦え!!」
クロウの言葉に、黒の軍団が奮い立つ。
「そうだ!」
「俺たちには、失うものなどない!!」
「進めーーっ!!」
両軍が激突した。
剣と剣が交わり、魔法が乱れ飛ぶ。
怒号と悲鳴が、夜空に響き渡った。
だが──
圧倒的だった。
神兵たちは、痛みを感じないかのように戦った。
傷を負っても、怯まない。
疲れを知らない。
そして何より──
「くそっ! 強すぎる!!」
黒の軍団の兵士たちが、次々と倒されていく。
神兵たちの剣技は、まさに神業だった。
一振りで二人を薙ぎ払い、一突きで三人を貫く。
「畜生!! こんなのに勝てるわけが──」
その兵士の言葉が途切れる。
神兵の剣が、彼の胸を貫いていた。
「ぐあっ……!」
倒れる仲間。
広がる血だまり。
「退け! 一旦退くんだ!!」
クロウが叫ぶが、もう遅かった。
黒の軍団は、神の軍に蹂躙されていた。
そして──
ミリアムが、ゆっくりとクロウの前に立った。
「……ミリアム」
クロウは剣を構える。
「あんたは……正義の騎士だったはずだ」
「民を守る、誇り高い騎士だったはずだ!なぜ、こんな……!!」
だが、ミリアムの瞳は何も映さなかった。
「排除対象、確認」
機械的な声。
「神の名において──裁く」
聖剣が反射して煌めいた。
クロウは歯を食いしばり、剣を握りしめる。
「……くそっ!!」
次の瞬間、ミリアムが疾走した。
クロウが剣を振るうが──
ガキィンッ!!
聖剣に弾かれる。
そして、ミリアムの剣がクロウの肩を切り裂いた。
「ぐあっ!!」
クロウが膝をつく。
血が溢れ、痛みが走る。
「終わりだ」
ミリアムが、無感情に剣を振り上げた。
クロウは、死を覚悟した。
だが。その剣が振り下ろされることはなかった。
「……っ」
ミリアムの動きが、一瞬だけ止まった。
虚ろな瞳の奥で、何かが揺らいだ。
わずかに、ほんのわずかに──
「ミリアム……?」
クロウが呼びかける。
だが、次の瞬間。
ミリアムの瞳が、再び虚無に染まった。
「神の命令──遂行」
剣が振り下ろされる。
「クロウ!!」
仲間の叫びが響いた。
剣が、クロウの体を貫いた。
痛みより先に、衝撃が来た。
膝が折れる。地面が近づいてくる。手をついても、もう支えられなかった。
(……やられた)
倒れながら、それだけを思った。
だが、次の瞬間。
「——っ、あ……あ……」
ミリアムの声が聞こえた。
違う声だった。命令を告げる、あの無機質な声じゃない。苦しむ、人間の声だった。
クロウは顔を上げた。
ミリアムが頭を両手で抱えていた。剣を取り落とし、膝をつき、何かに抗うように身をよじっている。その表情が歪んでいた。あるいは何か別のものと、戦っているように。
(……そういうことか)
クロウは理解した。
操られている。あいつは、自分の意志でここにいるんじゃない。
「クロウさん!」
駆け寄ってきた兵士の顔をクロウは見上げた。
「……落ち着いて聞け」
「しかし傷が——」
「落ち着いて、聞け。俺はもう駄目だ」
事実だった。自分の体のことは、自分が一番よくわかる。
「お前は逃げろ。何としても生きて逃げきれ。そして——」
一瞬、ミリアムを見た。
まだ苦しんでいる。頭を抱えたまま、震えている。
「この軍のことを、カインに伝えるんだ。王国には人を操る力がある。ミリアムだけでなく、おそらくこの軍勢も同じはずだ。必ず……必ず、伝えろ」
「あなたを置いては——」
「俺に構うな」
クロウは短く、はっきりと言った。
「お前が死んだら、何も伝わらない。俺が死んだことも、無駄になる」
兵士が、唇を強く噛んだ。
「……必ず、伝えます」
「ああ」
走り去る足音を聞きながら、クロウはゆっくりと地面に体を預けた。
「……後は頼む。カイン」
そして静かに、意識を手放した。




