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聖女は王の元に、俺は闇に──堕ちた英雄の復讐譚  作者: 雷覇


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第25話:監獄の奥の手

司令室の空気が、ぴたりと凍りつく。

震える手で魔導演算盤を操作するグラディウスの顔には、もはや理性の影はなかった。


「……ここまでだ。

 貴様らのような“世界の外側”の者どもに、ここを奪わせるわけにはいかん……!」


制御盤の最奥、普段は鍵付きのパネルが静かに開かれる。


「だが、我らにはまだ奥の手……かつて封じた災厄が――」


制御員が青ざめながら叫ぶ。


「司令ッ! まさか……あれを開放する気ですか!?

 “あれ”はまだ完全に制御が……!」


「奴らが“常識”を壊すというならば、我々は“神話”を引きずり出すまで」


冷たい決意の声とともに、最後の扉が軋みを上げて開いた。


――そこには、黒い水晶に閉じ込められた巨大な竜の姿があった。


全長50メートルを超えるドラゴン。

腐蝕と咆哮を内に秘めた、異形の存在。


《炎龍ガルザイル》――

 かつて大地を灼き、魂を喰らった災厄の魔竜。


「今でこそ異端者の監獄として使われているが、この監獄の本来の目的は、こいつを世界に放たないためだったのだからな」


グラディウスが封印核を砕く。


その瞬間――


結晶に亀裂が走る。

鼓動のような振動が空間を揺るがす。


バギンッ――!


砕けた水晶から瘴気が溢れ、

次の瞬間、爆風と共にそれは目を覚ました。


「――――グゥゥゥォォォォアアアアア……!!!」


大地を軋ませるような低音の咆哮が、監獄全域に轟いた。

グラディウスの顔が汗に濡れる。


「……聞こえるか、ガルザイル。

 お前は、もうかつての災厄ではない……!」


彼の手には、古びた黒革の書物。

それは、竜の意識に命令を直接刷り込むための洗脳術式だった。


「何十年もかけた……お前を眠らせ、語りかけ、

 “怒り”の中から、“忠義”という名の仮面を育てた……」


その過程は容易ではなかった。


精神侵入術では竜の魂に傷を負わされ、

術者が数十人、正気を失った。

それでもグラディウスは、竜に「命令」という概念を植えつけ続けた。


「うまくいっている……そう、うまくいっているはずだ……」


――だが、黒煙の中でうごめく竜の双眸は、まるで試すように彼を見返していた。

その眼は、知性を持っていた。


「……ガルザイル……? 貴様……」


その瞬間、竜が頭をわずかに傾け、

翼を広げながら、グラディウスの方へゆっくりと顔を向けた。


制御塔全体に、魔力の嵐が吹き荒れる。


「ち、違う……従え。私は、お前の主だ……! 従えッ!!」


グラディウスは震える手で命令詠唱を行う。


「命ずる!異端者を焼き尽くせ!!」


しかし――その命令に、竜は動かなかった。

……ただ一つ、静かに鼻息を漏らし――

口元に、わずかな笑みに似た歪みを浮かべた。


グラディウスが後退る。


「だ、だめか……まだ早すぎたんだ……!」


ガルザイルの双眸が、ゆっくりとグラディウスを見据える。

その目には、忠誠も畏怖もない。


その時だった。


ガルザイルの翼が、大きく羽ばたく。

その動きだけで、制御室の結界が軋みを上げた。

そして――


口が、開く。

黒き炎が、内側で巻き起こり、

一点に収束するように、魔力が渦を巻いた。


グラディウスの顔から、血の気が引く。


「やめろ……ガルザイル……これは命令だ……!」


だが――その声が届くよりも早く。


――放たれた。


業火の咆哮。

天を焼き、大地を裂き、魂すら融かす滅びの炎。


轟音と共に制御塔が爆ぜ、

光がすべてを飲み込んだ。


グラディウスの叫びは、火と煙にかき消された。

逃げ惑う兵たちも、反応する間もなく燃え尽きていく。


それはまさに、「秩序」そのものが裁かれる瞬間だった。

ガルザイルはゆっくりと翼をたたむと、灰の中から顔を上げた。


咆哮と共に解き放たれた黒炎が、前方一帯を焼き尽くす。

逃げ遅れた兵士たちの悲鳴すら届かない。


その正面――崩れ落ちた瓦礫のただ中に、カインがひとり静かに立っていた。

風が巻き、焼け焦げた大地が熱を帯びてなお、彼の足は微動だにしない。


黒きマントが風に翻り、手には禍々しくも荘厳な漆黒の剣。

その刃先は、確かに竜へと向けられている。


やがて、カインがゆっくりと口を開いた。


「……とんでもないな。まさか、これほどの化け物が隠されていたとはな」


声には驚きではなく、冷めた覚悟が滲んでいた。

だがその瞳に宿るのは、決して折れることのない強靭な意志――

誰よりも多くを失い、誰よりも多くを背負ってきた者だけが持つ責任の光だった。


彼は一歩、前へ踏み出す。


「けどな――それでも、俺たちは絶対に負けない。

 どれだけ理不尽でも、どれだけ巨大でも……

 ここで引くわけにはいかないんだよ。俺たちには、もう戻る場所なんてないんだからな」


その言葉と共に、カインの全身が闇に包まれ刃が地を裂き、戦いの幕が切って落とされた。

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