第27話:神罰牙剣・レグナ=ファング
風が吹くたびに、灰とともに黒い鱗の破片が地に落ちていく。
かつて封じられた災厄、ガルザイル。
その巨体はすでに命を失っていたが、なお威圧感を残していた。
「……とんでもない化け物だったな」
カインが、剣を杖代わりに地面へ突き立てながら、静かに呟いた。
その隣で、ザイが巨大な爪の残骸に手をかざす。
「魔力反応は残ってない。死んだのは間違いない。
けど……これはただの死骸じゃない。まだ“力”を秘めてる」
クロウが腕を組んでうなる。
「硬ぇにも程がある。鱗はちょっとやそっとの刃じゃ削れねぇぞ。
けど逆に言やあ、こいつを使って鎧を作れたら――人間じゃまず、傷つけられねぇ」
リアナは膝をつき、破片を慎重に採取していた。
「……皮膜、骨格、牙の芯……全部が異常構造。
このサイズで高純度の魔核がまだ残ってるなんて、正直信じられない」
彼女は唇を歪めて笑う。
「ただの災厄じゃなかったってことね。
でも――その力を、今度は私たちが使う番」
アリスは無言で黒い羽を一枚拾い、そっと竜の残骸に落とした。
その羽は爆ぜることなく、静かに溶け込んでいった。
「……もう、拒まなくなった」
カインが頷く。
「こいつはもう、世界を壊さない。
だが、その力の一部を――俺たちの未来に変える」
彼はふと手にした鱗の破片を握りしめた。
「……この皮なら、鎧に使える。
あの爪で刃に鍛えれば、剣にもなるかもしれないな」
アリアが後ろから静かに言った。
「扱いには注意して。望んだ方向にだけ働いてくれるとは限らない」
カインは微笑んだ。
「わかってるさ」
そして、彼は静かに言葉を結んだ。
夕陽の中で、彼らは竜の残骸を一つ一つ回収していった。
竜が倒れ、戦いが終わったその数日後――
崩れた監獄の片隅、かつての封印区画にあった炉が
今ふたたび火を灯していた。
周囲に立ちこめるのは、金属と魔力が交わる重苦しい熱気。
その中心で、巨大な竜の牙が、静かに横たわっていた。
「……これが、ガルザイルの牙……」
リアナが目を細め、魔導触媒をかざすと、牙の内部がぼんやりと淡く赤く光る。
「まだ脈動しているわ。死してなお……この牙には、怒りと力が残っている」
アリスが近づき、そっと手を伸ばすが、すぐに引っ込める。
「……このままだと、きっと呪いになる」
リアナが頷く。
「だからこそ意志でねじ伏せる。
私たちの目的のために、“牙”を“剣”に作り変えるのよ」
彼女の隣では、鍛冶職人たちが無言で準備を進めていた。
竜骨を炉の中へ運び、魔力の反動を抑えるための魔方陣を床に描く。
「始めるわ。
――この刃は、世界に抗ったすべての者たちの象徴になる」
合図と同時に、魔炎が炉の底から吹き上がった。
牙は赤く焼かれ、徐々に本来の白骨色を超えて、黒く染まりはじめる。
「……見ろ、反応してる。
鍛えられることを拒まない……」
金槌を持つ男がうなった。
「こいつは素材じゃねぇ。意志を持ってる……」
「なら、対話しなさい。
叩いて、叩いて――こちらの想いを刻むのよ!」
打撃が始まる。
カーン。カーン。カーン。
何十回、何百回と打ち続けるたび、牙の中心に眠っていた力が解けていく。
そのたびに炉の魔力が荒れる。
周囲で見守っていたカインが、一歩前に進んだ。
「……俺がやる」
鍛冶師たちが目を見張る。
「おい、それは――!」
「こいつは、俺が斬った。
だから、この刃を振るう責任も、俺が負うべきだ」
カインは炉の前に立ち、焼き上がった牙を持ち上げる。
その手に、焼けつくような魔力が走るが、表情を崩さない。
「怒ってるな……まだ終わってないって、そう言ってる」
彼は、その牙を剣の形に押し込むように――叩く。
一打。
もう一打。
魂を削るような作業の末、ようやく牙の形が剣の輪郭を持ち始める。
そして――
最後の一打。
「……お前の力は、破壊のためじゃない。
“奪われた者を守るため”の力になるんだ」
カインの声に呼応するように、刃が黒く輝く。
《神罰牙剣・レグナ=ファング》――完成。
焼き上がった刃を、カインは無言で見下ろした。
それは、かつて神に封じられた災厄の牙――
今は、闇に立つ者が掲げる希望の剣となった。




