皇子覚醒 02
フェルディナンドは合理主義者だ。失われた時間は戻らないし、天使に囚われてしまった心もなかった事にはならない。ならば、すぐさま方針を変更しよう。
両親や兄、姉達は自衛出来るが、あの小さな天使は無力だ。自分が守らねば。そのためにも、直ちに妹と友好関係を築きたいところだ。
また家族以外にアルティリアが「すき」と言っている「レン」という存在。奴は何者なのだろうか。可能な限り早く突き止めよう。しかし侍従に確認すれば「レン」の正体はすぐに判明した。
レオンハート・ダーシエ。
武家であるダーシエ一門の少年で戦女神と讃えられた先代ダーシエ当主を超える才を持ち、現在は士官学校に入学し、すでに優秀生として名高い。
そして、ほんの少し前までアルティリアの遊び相手をしていたという。また通常であれば、皇族の遊び相手には同性が選ばれるはずが彼は男だ。おかげでアルティリアの婚約者候補だという噂があると聞く。
おまけに愛称で呼ばれている。自分は名前さえ呼ばれた事がないというのに。ジリジリとした感情が広がっていく。これが「羨ましい」という感情なのか。
「何をしてるのよ、あなたは」
「いた!」
南宮の回廊でかくれんぼをしている妹を柱の陰から観察していると、背後からカトレアナの声と共に頭部に手刀が降ってきた。
「侍従と騎士を引き連れて、妹に付き纏い行為をするのはやめなさい」
そう言いながら呆れた様子を隠しもしないのは、マドリアーヌだ。
「二人して何の用です?俺は暇ではありません」
「どの口が言うのよ、この愚弟。側仕えを振り回すんじゃありません」
「マディ姉様、フェルは病気を発症したのよ、妹狂いという病をね」
「まあ、なんてこと、医師を呼んであげなくては」
「余計なお世話です」
今現在、人生で最高の時を迎えているのだ。しかし、フェルディナンドは妹と、どう距離を詰めて良いか分かりかねていた。
姉達から散々からかわれているがフェルディナンドは紛れもなく皇子である。お近付きになりたい者は大人も子供も多く、彼らは進んで声を掛けなくとも近付いてくる。分別が付く相手に対し、表面上、取り繕う事など簡単だ。
だが、あの小さく愛らしい奇跡の存在に、どう接すれば良いのか。
「マディねえさまと、カティねえさま、いるのー?」
そこに二人の姉の声を聞きつけたアルティリアがマドリアーヌとカトレアナに呼び掛けた。
「はーあーい」
「はーあーい」
返事をする二人を羨ましげに見るシスコン。
「リアはどーこだ?」
かくれんぼは続行中であった。見渡せば、回廊の端に立つ護衛騎士の右側のマントが不自然に膨らんでいる。間違いない、そこだ!
「みんな、ないしょよー」
バレていないと信じきっている幼児アルティリアは、侍女達に極秘事項を通達した。
「この辺りからリアの声がしたわー」
「どこに隠れてるのかしらー?」
探すふりをする姉二人。
妬ましげに佇む弟。
そして、各皇族の側仕え達。
南宮の回廊は摩訶不思議な状態であったという。
その日もフェルディナンドが侍従と護衛騎士を引き連れ、庭園の生垣からアルティリアの姿を観察していると、ジークフリードがこれまた侍従と護衛騎士を伴ってやってきた。
「幼子との接し方が分からんのだろう」
「何ですか?藪から棒に」
「兄に任せておけ」
突然現れて何を言い出すのかと思っていると、ジークフリードに気が付いたアルティリアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おにいさまー!」
「そうだ、リア。お前の兄のジークフリードだぞ」
長兄は小さな妹をひょいと抱き上げると笑顔が返された事に安堵した。少し前までお気に入りの遊び相手の少年が進学のために、皇宮を辞した事と、不法侵入者との遭遇のショックが尾を引いたようで、その顔には曇りが見えていた。
「よしよし、今日はリアに紹介したい者がいる」
「だあれ?」
妹を抱えるジークフリードを見上げるフェルディナンドはむすりと顔を顰めている。幼いくせに、卒のない振る舞いをする弟が、これほど感情を露わにするのは珍しい。しかも、ここ数年、弟は家族と距離を置いているようにも思えた。妹との交流をきっかけに変化があると良いのだが。
「俺の弟だ」
「おとーと?」
「そうだ、弟だ」
アルティリアは自分を見上げる黒髪の少年を見ると、彼はピクリと体を揺らす。
ジークフリードはさらに説明する。マドリアーヌとカトレアナ、そしてアルティリアはジークフリードの妹である事、マドリアーヌやカトレアナにとっても彼は弟だと言う。
「そう、つまり、この者はリアの……」
「おとーと!」
アルティリアにも弟がいたのだ!遊んであげよう。しかし、弟は自分の顔を見て固まったままだ。はずかしいのかしら。
「いーこねー。ねえさまよー」
マドリアーヌやカトレアナが自分にしてくれるように、手を伸ばして頭を撫でてあげると。アルティリアを抱くジークフリードが小刻みに揺れている。長兄は一応、笑いをこらえていた。
「惜しいな、アルティリアよ。この者はお前の兄だ」
そして、半笑いで訂正をした。
「名をフェルディナンドと言うのだ」
なんと、この小さな、と言ってもジークフリードと比べての話だが、少年はアルティリアの兄だと言うのだ。そう言えば、先日、マドリアーヌからも「お兄様」だと話していた事を思い出した。この時、アルティリアは「お兄様」という存在は、体の大きな大人の男性だけではないと知った。
小さい「お兄様」の名前は……
「ぺるりにゃんど!」
アルティリアがもう1人の兄の名前を言った瞬間、ジークフリードから「ブホッ」と言う音が聞こえ、周囲の側仕え達は「ゲフンゲフン」と咳払いを始める。
「ぺるり、ニャン、ど!……あははは!」
「兄上!」
最早、笑いを堪える気のないジークフリードに、フェルディナンドは顔を赤く染めて抗議の声を上げたのだが「愛らしいではないか」と言って、去っていった。確かに、妹が一生懸命、自分の名前を言おうとしている姿は可愛らしい。ぺるりにゃんど……うん、もう、ぺるりにゃんどで良い。
こうしてやっとフェルディナンドは妹に兄として認識された。しかし……
「ぺるぅ」
「ぺるりにゃんどぉ、ププー」
姉達からも「ぺるりにゃんど」呼ばわりされる事になる。
さらにアルティリアの身辺調査を進めたところ、件のダーシエ令息は南宮に侵入した愚か者共から妹を守ったとか。なんて事だ、あんな小さな子が不法侵入者に襲われるなど、許せない。側にいてやりたかった。
後悔など、無意味だ。しかし、どうしても考えてしまう。何故、妹がこの世に生を受けた瞬間から「兄」という得難い立場であったにも関わらず、アルティリアが3歳になるまで、その素晴らしさに気が付かなかったのか。
「俺は愚か者だ」
「何ですか、いきなり。また、引っ掛け問題ですか?」
学友として共に学んでいるライル・ガーランドが答えた。フェルディナンドには、他にも複数の学友として皇宮に上がっている令息がいたのだが、気が付くとその数が減り、今ではライル一人だけだ。
賢く優秀な令息達が集められたものの、フェルディナンドのずば抜けた学力に付いて行けない者が多かった。
ライルの生家ガーランド家は優秀な文官が多く、特に彼の母親は言語学者で様々な外国語に精通しており、その息子のライルもすでに複数の外国語を習得し、他国の文化にも詳しかった。
またライルはフェルディナンドの少々の皮肉など気にもしないマイペースな少年であったため、学友という立場を保っている。
「まさかフェルディナンド第二皇子たる方が本当に自己嫌悪に陥っているんですか?えー?殿下をそんな気持ちにさせる方なんて存在してるんですか?」
フェルディナンドはライルの歯に衣着せぬ物言いが嫌いではないが、この時ばかりは腹が立った。
「ふん、ライルに俺の気持ちが分かるもんか」
「ははーん。さては女の子ですね」
ライルの言葉にフェルディナンドは固まってしまう。おまけに、その顔は赤く染まっていくではないか。ライルは珍しく落ち込んでいるフェルディナンドを揶揄おうとしただけだ。まさか、本当に女の子が悩みの種なのか。
「ええー本当に?殿下が女の子の事で胸を痛めているんですか?冗談ですよね?」
「……お前が言ったのだろう。どうせなら、解決策まで考えろ」
「そんな、無茶な」
次回、ライル・ガーランド、皇子様が恋に落ちたと誤解してアドバイスをする。
ライル「初恋は経験済みです!」
【ぺるりにゃんど】について
幼児の言い間違いというものは、その可愛らしさに大気圏外までぶっ飛ばされてしまうと思うのは私だけでしょうか?




