皇子覚醒 03
女の子と親しくなるには?
ライル・ガーランドは考えた。
ライルとて侯爵令息。皇族の学友でもあり、優秀な事は間違いなく、容姿も整っており、物腰は柔らかく人気でない理由はない。自ら動かなくともご令嬢達は距離を詰めてくる。さて困ったぞ、ならば……
「ええと、ですね。やはり贈り物でしょう」
「なんだ、当たり障りのない意見だな」
「ただの贈り物では駄目です。お相手が本当に喜ぶものでないと。それが本当に難しい」
ライルも当時11歳、恋人なんて出来たことはない。しかし、目ざとさや、抜かり無さは既に形成されていた。
「男性は自分本位な品物を贈りがちです」
ライルは母に連れられて訪れた茶会で、御婦人達やご令嬢達の会話をよく聞いていた。貴公子達による趣味の悪い贈り物の数々。
価値は高そうだが、流行から外れた宝飾品。人気の意匠ではあるが、似合わないドレス。苦手な香りの香水。一度褒めたら、繰り返し贈られてくる似たような品々。令嬢の名前が“ローズ”だからと言って薔薇ばかり贈る者もいたという。
「“一生懸命に選んだのなら、何でも嬉しい”などと言われても、建前だと判断すべきです。気に入ってもらえなければ、がっかりされる事には変わりないのですから」
「確かに気を遣わせてしまうのならば無意味だな」
「ええ、自己満足な贈り物程、不愉快な物はないのです」
なんという会話をしている少年達だ。周囲で聞いている若い侍従や騎士達はいたたまれない気持ちになりつつ、妻や婚約者、恋人がいる者は自分が選んだ贈り物を思い返していた。
「僕も大失敗をした事があります」
「何を贈ったんだ?」
「チョコレートです」
意外な答えだった。皇国でもカカオはまだ珍しく、扱えるパティシエも少ない、チョコレートは貴重なお菓子だ。現在、製造出来るのは、皇家のパティシエと、カカオの輸入を担っている侯爵家のパティスリーのみ。茶会でチョコレートを提供すれば、評価が格段に上がるという。
「チョコレートは彼女の体には毒だそうで、プレゼントしようとしたら、酷く叱られました」
「カカオが体質に合わない者もいるのだな」
「ええ、ジェーンは林檎や角砂糖をあげると、喜んで鼻先を擦り寄せてくるので、てっきりチョコレートも好きなのだとばかり……」
「ちょっと、待て。ジェーンだと?」
「はい、僕の可愛いジェーンです」
ライル少年の愛するジェーン。
黒目がちの大きな瞳としなやかな体躯。
艶のある白い立て髪を持つ美しい牝馬、ジェーン。
「ふざけるなよ、誰が馬の話をしろと言った!」
「ただの馬ではありません!最高にして最愛の愛馬です!」
「アルティリアと馬を一緒にするな!」
「え、女の子って、第三皇女殿下の事ですか?フェルディナンド様、妹君に嫌われてるんですか?ぷぷー」
「嫌われてなんかない!」
しかし、ある意味では片想いという状況だ。
「あっはっは!“にいさま、じゃないよ”って言われたんですかぁ」
「笑うな!」
そして、ある日。悩める少年フェルディナンドは皇后である母フローリィーゼに呼び出される。しかし何故か、指定された時間は夜、そして場所は母の寝室だった。
11歳にもなった息子に添い寝など必要ないぞと思ったのだが、母の言葉は絶対である。家族という組織の中では、皇帝たる父でさえ母の言葉に従うのだ。しかも、嬉々として。
「惚れた弱みという物だ」
などと、皇帝アレクサンドロスは、それはそれは愉快そうに言うのだ。政略婚も珍しくないにも関わらず、夫婦仲が良いというのは喜ばしいが、11歳のフェルディナンドにとっては、どうにも気恥ずかしい。とは言え、息子には「否」という選択肢は無く、母の寝室に向かう。
「お呼びと聞きました」
就寝時間は少々早い時間。母の侍女に迎えられて、部屋の中に入ると、ローブを羽織った母の姿があった。
「いらっしゃい」
ベッドでゆったりとくつろぐ母のそばへ寄るフェルディナンドは、何とも照れ臭い気分になる。すると、寝具がこんもりと膨らんでいる事に気が付いた。何だ?
「わ!」
「わああああ!」
突然、そこから顔を出したのはフェルディナンドが、恋焦がれて止まない天使アルティリア。驚いてのけぞる自分を見て、キャッキャと笑い声を立てている。何コレ、可愛い。
「ちっちゃい、おにいさま、おどろいたー」
「うふふ。大成功ね、リア」
母も妹と一緒にコロコロと笑う。
「母上……」
「今日は3人で一緒に寝ましょうね。さあ、いらっしゃい」
「えっえっ?一緒に?」
いきなりの事に戸惑っていると、妹は手を伸ばしてフェルディナンドの指先を握った。顔が熱くなる。
「ぺるりにゃんど、おにいさま、リアのおとなり、おいで」
フェルディナンドはされるがままに、アルティリアの隣に座ると、母が妹に尋ねた。
「“ぺるりにゃんど”?」
「うん、ちっちゃい、おにいさまの、おなまえよ」
「ちょっとだけ、違っているわ。この子のお名前は“フェルディナンド”よ。フェル、ディ、ナンド」
フローリィーゼがゆっくりと伝えると、アルティリアも真似をする。
「ふぇる、でぃ、なん、どっ」
正しく、自分の名前を言ってくれた。胸に嬉しさが込み上げてくる。
「少し、言いにくければ“フェル兄様”と呼んであげて」
「ん」
アルティリアはコクリと頷くと隣にいるフェルディナンドを見上げた。
「ふぇる、にいさま」
ああ、なんて、愛らしいんだろう。そう思うと自然と妹の頭に手が伸びた。そっと撫でると、小さな少女はふわりと微笑む。
「うん、そう。兄様は、フェルディナンドって言うんだ」
「リアはね、アルティリアっていうのよ」
「ああ、よろしく。アルティリア」
「フェルにいさまも、ごほん、よんでもらお」
「ごほん?」
「最近、就寝の前にアルティリアに本を読んであげているのよ」
母を見ると手には一冊の絵本があった。幼い頃に自分も読んでもらった記憶が蘇る。
「今日はフェルディナンドお兄様に読んでもらいましょうか」
そう言いながら、母は美しい装丁の本をフェルディナンドに手渡した。表紙にはドレスを纏った若い女性が描かれている。
「フェルにいさま、ごほん、よんでくれる?」
「いいよ。人に読んであげるのは、初めてだけど」
「ちっぱいしても、だいじょうぶよ。ね、おかあさま」
「そうね、誰でも初めての事は上手く出来ないわ」
「じゃあ、読むよ。昔々……」
フェルディナンドが読み始めたのは、昔から読み継がれている童話の一つ。
あるところに、美しい娘がおりました。娘の母親は幼い頃に亡くなってしまいましたが、優しい父と二人支え合って生きていました。ある日、父は再婚し、娘には新しい義理の母と義理の姉が二人できました。ところが、父は亡くなってしまいます。父が亡くなると、義理の母と姉は娘からドレスや宝石を奪い取り、娘を召使にし、父が娘に残した財産を好き勝手に使い始めました。
娘には婚約者がおりましたが、ボロボロの服を着てこき使われている娘を嫌い、美しく着飾った義理の姉達とばかり親しくし始めました。そして、義理の母と姉達は言いました。「お前の婚約者は、お前と結婚など、真っ平ごめんですって」こうして、娘は令息との婚約を破棄され、令息は上の姉と婚約してしまいました。そして娘は、家の跡取りの立場も奪われてしまうのでした。
そんなある日、お城で舞踏会が行われるとお触れがありました。なんと、その舞踏会では王子様の結婚相手を探すと言うのです。義理の母達は下の娘を王子と結婚させようと、豪華なドレスを着込んで出掛けて行きました。
娘は義理の母達が出掛けた後、隠しておいた母の形見のドレスとブローチを取り出し身に着けました。そして、お城へと向かいます。舞踏会には沢山の人々が集まっています。そこへ見た事もない美しい令嬢が現れました。
その令嬢は言いました。この場に相応しくない者達がいると。彼女達は盗人であると。名指しされたのは義理の母と姉達。令嬢は彼女達に婚約者も跡取りの座も奪われた、しかし、正当な後継者は自分であると、王様に訴えました。
義理の母と姉達は、美しい令嬢が娘だと気が付くと金切り声を上げて言います。「そんな、古びたドレスや、薄汚いブローチを身に着けている娘の方こそ盗人だ」と。しかし、娘は言います。「このブローチは、かつて国王陛下より賜った品であり、我が家の家宝。それを薄汚いと言う、お前達に我が家の人間だと名乗る資格はない」王様はそのブローチが王家から娘の家の当主に贈られた品だと知っていました。こうして、義理の母と姉達の策略は暴かれ、娘は家を守る事が出来ました。義理の母と姉達、そして、娘を見捨てた婚約者は、正当な後継者の娘を押し退けようとした罪で処刑されました。
「めでたし、めでた……」
読み終わろうとした時、フェルディナンドは気が付いた。
「な、なかよし……だめなの?できないの?」
アルティリアの瞳からボロボロと涙が溢れていくのを。
「お、おかあさま、おねえさま、しんじゃう?」
何故だ?
「リアも、ごめんなさい、するぅ。しんじゃうの、やあよぉ……」
幸せな結末だよ、妹よ。
次回、フェルディナンド、アルティリアの独特な価値感に戸惑う。
絵本はなーろっぱ版シンデレラ。




