青の呪い 14
ネファリオ王子は目を見開いた、拒絶されるなど考えもしなかったのだろう。ただただ愕然とする。
「そんな、私は、貴女なら……」
「礼儀を知らぬ方に協力する義務などありません、お引き取りを」
主の願いを検討する素振りも見せずに断った皇女に対し、キアンヒュドリオンの騎士達は激しい怒りを見せた。
「待たれよ、いくら大国の姫と言えど……!」
しかし、騎士の言葉は最後まで発する事は出来ない。
「それ以上、皇国の星に近付く事は許さぬ。下がれ」
男の喉元には長く伸びた剣が向けられている。アルティリアに食って掛かろうとした騎士に、ロゼッタが剣を突き付けていた。抜刀の速さは皇国騎士団の中でも彼女は抜きんでている。キアンヒュドリオンの騎士達は鞘から剣を抜いた事にさえ気付けなかっただろう。
親衛隊の通常の陣営であれば、本来はレオンハートがアルティリアの正面に立っている。だが、今回に限ってロゼッタが配置された。キアンヒュドリオンに女性の騎士はいない。彼らはロゼッタをお飾りの騎士だと侮っている事を親衛隊は勘付いており、あえてロゼッタを前に立たせた。装飾品と見下していた相手に、隊長職の騎士がなす術もない状況に落とされるなど屈辱でしかないだろう。
「よしなさい、ハリス」
ロゼッタはアルティリアの言葉を受けて剣を降ろすが、男は動揺を隠すようにロゼッタに強い視線を向けた。
「皇族と王族の会話に割って入る事が許されるのです。この方も王族か、それに連なる方なのでしょう」
ネファリオ王子の護衛や側仕えに、王族どころか高位貴族などいない事は知ってはいたが、あえて勘違いを披露する。彼らの無礼を自覚させるためだ。
「ですが、そちらも友好関係を望んでおられないと理解しました」
「お待ち下さい、皇女殿下!」
アルティリアが対話を終わらせようとした、その時。突如、降り注ぐように森が霧で包まれた。自然の魔力でありながら人為的な動き。これは師の魔法だ。
ー私の森を荒らすのは、誰かー
頭に直接語りかけるような声が響く。
「アルティリア様、念のため俺の傍を離れないでください」
レオンハートも翠の魔女の魔法であると察してはいるが、自分と距離を詰めて周囲を伺っていた。
「何だ!一体何なのだ!」
「何者だ、姿を見せろ!」
霧で姿は見えないが、ネファリオ王子の護衛騎士達の叫び声が聞こえる。アルティリアの親衛隊はすぐに主人の安全を確保すべく動いていたが、キアンヒュドリオンの騎士は混乱しているようだ。
しばらくすると、森の奥から淡い光が差し込み始め、周囲に甘い香りが漂う。花びらが舞い、人影が浮かび上がった。その人物はひだの多い白い衣装を身にまとい、ほっそりとした体には花と草が絡みついている。普段の情緒ある衣装ではないが、長く艶のある白い髪に深いエメラルドのような瞳。まぎれもなくアルティリアの師匠、翠の魔女だ。
「まさか、本当に?」
「せ、精霊なのか?」
キアンヒュドリオン一行は口々に感嘆の声を上げる。
確かにレイフィットの森の精霊の正体は翠の魔女なので、間違ってはいないのだが、このような形でネファリオ王子達の前に現れるとは、何の意図があるのだろうか。
再び声が響く。
ー何故、私の森を騒がせるー
「なんと、神々しい」
「本当に巡り会えるとは」
「奇跡だ!奇跡が起きた!」
盛り上がるネファリオ王子達対し、アルティリアは段々と不審な気分になっていた。表向きでも精霊を訪ねてやってきたのに、ただ喜んでるだけでいいの?
「あの、宜しいのですか?」
アルティリアは念のためネファリオ王子に問いかけた。場合によっては呪いを解いてもらえるかもしれませんよ?
「まさか、こんな幸運に恵まれるなんてっ」
だが、自分の声は届いていない。伝説の存在に遭遇した喜びで重大な事を忘れているようだ。仕方ないのでアルティリアが話を進めて見る事にした。
「お尋ね致します。貴女はこの森に住まう精霊様でしょうか?」
ー如何にもー
「おお!」
「やはり!」
キアンヒュドリオン一行は魔女の返答にさらに高揚する。ところが、それでも彼らは祖国について話さない。
キャアキャアと喜んでいるネファリオ王子達に視線を走らせた後、翠の魔女を確認する。口角を上げ、目を細めているが、これは決して師匠の微笑みではない。弟子であるアルティリアには分かる。翠の魔女は段々と苛立ちを感じている事を。師匠はお気に召さない人間には不寛容なのだ。
「キアンヒュドリオンの呪いについて、かの国の王子が精霊様にお尋ねしとうございます」
「え?」
ネファリオ王子は不思議そうにアルティリアを見た。
「祖国のためにいらしたのでしょう?」
自分で言った事を忘れるなんて。皇女の視線を受けてネファリオは思い出したかのように口を開く。
「あっ、そうだ。精霊よ、我が国にかけられた呪いを解いて頂きたい」
ー断るー
酷く、軽い調子で願われた解呪はあっさりと拒否された。アルティリアは「やはり」としか思えない。魔女は他力本願で図々しい人間が嫌いなのだ。
「な、何故お助け頂けないのです?」
魔女に出会えたら、自動的に願いを叶えてくれる仕組みになっているはずがない。アルティリアの知る限り、気に入った相手でも対価を求める。万が一好感を抱いてもらえたとしても、ネファリオ王子は魔女が納得する見返りを用意できるとは思えない。
だが、魔女の返答はアルティリアでさえ予想外だった。
ーキアンヒュドリオンに呪いなど存在しないー
騒いでいたネファリオ王子の護衛騎士達も、冷水を浴びせられたかのように静まってしまう。
「いえ! 間違いなく我が国には呪われているのです。毎年、必ず河川が氾濫し、田畑を流し、民草は絶望し、我々は……」
ーああ、うるさ……黙れ、呪いなどないったらないのだー
「しかし、本当にキアンヒュドリオンは……」
ー愚かしいキアンヒュドリオン王族が!我が森から立ち去るがいい!ー
「うわああ!」
激しい風と共に木の葉が舞い上がる。アルティリアはレオンハートに抱きかかえられた。風が落ち着くと、護衛騎士の腕が緩められる。周囲を見渡すと、キアンヒュドリオン一行は消え、アルティリアと親衛隊、そして翠の魔女が陽の光が降り注ぐ森に立っていた。
「あの……」
「キャー!どうだった? 精霊っぽかったかしら?」
翠の魔女は両手を頬に当ててニコニコと笑う。
「ふふ、招かれざる客人が精霊を訪ねて来るって聞いたから、ご希望を叶えてあげようと思ったの!大急ぎで衣装も準備したのよ」
くるりくるりと回転する魔女をアルティリアと親衛隊は複雑な気持ちで見つめる。
「シーツで作ったとは思えないでしょう?」
「……魔女様、腰のレースは以前わたくしが差し上げたショールですね」
「そう、このレースを巻いたら、とっても良い感じに仕上がったの。けど人型の精霊なんて会った事ないんですもの、困っちゃったわ。これ、ぜーんぶ、私の想像の服なのよ」
師匠、衣装よりも聞きたい事が沢山あるのですが。
「もしかして、彼らをここまで誘導しました?」
「さっすが、アルティリアちゃんね! 正解よ、こうした方がさっさと追い出せるでしょう」
ネファリオ王子達が、偶然、ここに到着するなんてあり得ないと思っていたが、やはり魔女が狙って行った事だったかと納得した。しかし、随分と楽しそう。
「やだ、あんまり見つめないで恥ずかしいわ」
皆の視線に気付いた翠の魔女は顔を手で覆う。
「ええと、その。先ほどの彼らは一体どこへ?」
「やかましいから、森の外へ行ってもらったわ」
おそらく隣の領地だろうから遭難する事はなさそうだと少し安心した。
「じゃあ、おうちに行きましょうか」
翠の魔女がそう言うと季節外れの花々が咲き始め、アルティリアとレオンハートを包み込み始める。アルティリアは移動する前に急いで声を張り上げた。
「ウォルト、ロゼ、ここで待っていてね。それからちゃんとお弁当も食べてね!」
「いってらっしゃいませ、アルティリア様」
「お気遣いありがとうございます」
ウォルトが手を振り、ロゼッタが礼を言う。二人も慣れた様子で姫君とレオンハートを見送った。
「精霊の仮装をする魔女か、長生きすると不思議なものを見るなぁ」
「隊長、お爺ちゃんみたいですよ」
「経験値だけならお爺ちゃんだ」
ウォルトが視線を上げると、澄み切った青が広がっており、美しい夏空に労われたような気分になる。
「隊長、早めに昼食にしちゃいましょう」
ロゼッタは既に休憩の準備をしていた。
「おー」
気の抜けたウォルトの返事は空に消えてゆく。
普通なら一生にあるかないかの不思議体験をしたウォルトだったが、今後も不思議体験は続くのだった。
魔女、精霊コスプレにて登場の巻!
翠の魔女「茜ちゃん、見て見てー」
茜の魔女「アンタ、何の遊び始めたのよ?」
割と気に入って、この後、友達に見せにいく翠の魔女。




