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青の呪い 10

ルヴァラン皇国立学園の留学生には、彼らが滞りなく学園生活に馴染めるよう、在学生の有志者による支援役が付く。

 

 ネファリオも侯爵令息だという男子生徒に案内を受けた。学園の施設や講義、生徒会や倶楽部などの活動。やたらと細かい説明を受けたが、長く在籍する訳でもないので、話半分に聞いていた。


 ネファリオは正式には後期より通い始めるので、夏期休暇中には倶楽部の見学はどうかと誘われたが、休暇中に活動を続けている生徒は領地を持たない貴族か、後継者候補ではない者が多いというので断った。


 やはり交流会で縁を繋ぐのが最優先事項だ。


 ルヴァランの内情に詳しくないネファリオであったが、知れば知るほどに皇国は自分にとって有益だった。


 キアンヒュドリオンや他国では長子、かつ男子の相続が殆どだが、ここルヴァランでは女性が家を継ぐ事もあるそうだ。また継承者となるには領主としての才覚が不可欠なため、夫に頼る事なく領地運営を行う能力が求められるという。


「夫は何を?」

「家によって様々ですが、騎士として領軍を率いたり、婚家の商売に従事するなどが多いかと。もちろん当主の補佐を行う事もありますし、皇宮で文官や武官として働く方もおります。珍しい方ですと、作曲家として活躍されている方もいらっしゃいますよ」


 ある女伯爵は著名な音楽家である夫の活動を全面的に支援しているという。まるでパトロンではないか。


 やはりルヴァランに来て正解だった。皇国で婿入り先を決めてしまおう。大国の高位貴族ならば祖国から反対もないだろうし、何より婚家からキアンヒュドリオンへの援助も出来る。


 そして全学年交流会の当日となった。ネファリオは護衛騎士を数名伴い参加する。侯爵令息から何名かの生徒を紹介してもらったのだが、全員が男子生徒だ。


 自ら令嬢を紹介して欲しいなどとは言えないが、愛想を振り撒きながらも不満が溜まってゆく。


「どうなさいました?」

「いや、皇国のご令嬢方は奥ゆかしいな」


 またネファリオは女生徒達からの視線を感じているが、彼女達は近付いてこない事に疑問を抱いていた。


「皆、殿下の事を存じ上げているのでしょう」

侯爵令息は当然だとばかりに答える。学園には目上の者に無礼を働く愚か者はいないのだ。

「そうか」


 対してネファリオは、つまないなと感じていた。他国の夜会などでは話しかけてきた令嬢や貴婦人と会話を弾ませ、最後に身分を明かして驚かせていた。高貴な生まれでありながらも、その気さくさは多数の女性を虜にしていた。しかし、皇国の貴族は随分と耳が早いようだ。


 このまま目ぼしい令嬢と知り合う事が出来なければ、夏季休暇を無駄に過ごす事になってしまう。それは避けたい。


 若い貴族達で賑わう会場を見回すと、一際注目を集めている一角があった。その中心にいる人物の姿を確認すると、突如ネファリオの心臓は跳ね上がる。


 年齢は十四歳程だろうか。艶やかな漆黒の髪に、高貴なアメジストの瞳。その少女の周囲だけ、輝いているように感じた。


「あの方は?」

「我らが天上の星、アルティリア第三皇女殿下で御座います」


 思わず呟いた一言を侯爵令息は聞き逃さずに答えた。その声には誇らしさが含まれている。


「姫君は新入生だと聞いていたが?」

「はい、今年、十二歳におなりになられます」


 なんて事だ。まだ準成人前であるにも関わらず、あれ程美しい少女が存在するとは。ネファリオの胸の中に、この奇跡のような出会いに歓喜の熱が籠る。


大陸の覇者の溺愛する姫君、アルティリア皇女。

ああ、これが運命というものか、二人は出会うべきして出会ったのだ。


***


「皇女殿下はお姿が美しいだけではなく、学業も秀でておられますよ。最近では所領の改革も行い、真珠の養殖にも成功されたとか。ルヴァラン皇家の至宝のお一人です」


  軽々しく手を出してはならないと伝えたつもりだが、理解しているだろうか。ネファリオ王子の支援役の令息は不安を感じていた。


 キアンヒュドリオン王家からの留学生との事で、以前にも留学生の支援を行った経験がある自分が選ばれたが、王子に対し不信感を抱いている。ただ、それは決して皇国に仇なすような大それたものではないだろう。もっと次元の低い、受け手側にとってはただただ迷惑なものだ。


 たった数日の付き合いだが、ネファリオ王子は掴みどころがなく、浮ついていた人間だと分かった。学園での生活は規則に関して説明をしていたが、まともに聞いている様子はなく、王子が関心を示したのは皇国の結婚事情。確かに、ルヴァランでは女性が当主となる事も多々あるが、伴侶は誰でも良い訳がない。婿達は皆秀でた人材であるし、他家に入ったならば妻の一族の中で己の立ち位置を確立していかねばならず、楽なものではない。玉の輿に憧れる夢見がちな少女のようだ。彼の祖国キアンヒュドリオンの現状を考えると夢想している場合ではないのではないか。


 だがネファリオ王子は妙に色香のある容姿をしている。学園の女生徒が騙されるとは思えないが、万が一と言う事もあり得る。つい最近、アルティリア殿下の美貌に血迷った男子生徒が数人、生徒会から注意を受けたという話も聞く。


本人の意思とは関係なく、美しさというものは武器にも毒にもなるのだ。念のため王子に紹介する生徒は全員、真面目な男子生徒のみに限った。


「是非、皇女殿下とお話がしたい」


 やはり、そうきたか。しかし同じ学園に通うのだから、王族として挨拶するくらいは当然だろう。こればかりは仕方ない。


「分かりました。寄り子の伯爵令嬢が皇女殿下と同学年なので紹介を頼みます。少々お待ちください」


 王族を目の前にしても浮足立つような事のない、しっかりとした気性の令嬢を仲立ちにしようと会場に目をやった。その令嬢はやや離れた場所で談笑しており、彼女に声をかけようとした時に気付いた。ネファリオ王子の姿がない。


 一体、どこに行ったと思ったが、すぐに見つかった。よりによって、無作法に皇女に向かって行くではないか。


「何を考えているんだ」


 皇家がキアンヒュドリオンを招待した夜会などならまだしも、この交流会は学園が主催しているものだ。学生同士の親睦を目的とした、この社交の場で最も尊ぶべきはルヴァラン皇族であるアルティリア姫だ。悪い事はさらに重なっている。皇女と会話している相手はメールブールの王太女だ。立場と国力差を考えれば、キアンヒュドリオンの第二王子が割って入って許される相手ではない。


 引き止めねばと思ったが時すでに遅く、ネファリオ王子は皇女の親衛隊の一人に制止されていた。


 皇女はというと、ネファリオに気付いているようで、メールブール王女に何かを伝えて、連れ出そうとしている。ああ、姫君方、どうかこのまま、お立ち去り下さい!


 そして、この後、ネファリオが紳士的に引き下がれば大事には至らない。ところが、王子はよりにもよって対面も果たしていない皇女の名を口にする。


「アルティリア様!」


 おんどりゃあ!何してんねん!どあほうがあ!


 令息は母方の出身地の方言が、口から飛び出してしまいそうになるのを必死に堪えた。


「ああ、慈悲深く美しい方。どうか、どうか苦難に襲われる我が国をお助け下さい」


 当の本人は何を思ったのか芝居がかった台詞を放っている。ネファリオの護衛騎士の誇らしくも労しいといった顔をしているのに対して、親衛隊のダーシエ卿は少し眉間に皺を寄せただけだが、その視線には「何だコイツ馬鹿なのか」と言った感情が含まれているように思えてならない。自分も同意見だからかもしれないが。


 一方、名前を呼ばれてしまったアルティリアは無視するという選択肢は選べない。


 無礼だと糾弾するのか。

 はたまた慈愛を見せるのか。


 皇女は笑みを浮かべたまま事務的に答える。


「留学生の方ですね。保護国の申請は外務省で承っておりますわ」


 姫君はあくまで皇国の常識に不慣れな留学生に、ちょっとした説明をしただけに止める事にした。


 これが舞台の上ならば、ネファリオは悲劇の主人公(ヒーロー)だと拍手を得られたかもしれない。しかし、ここは学園の庭園だ。現実は物語のようにはいかない。


 あまりにも予想と違う姫君の反応にポカンとした顔を浮かべて立ち尽くす王子を残して、アルティリア皇女はテティス王女を連れて庭園から姿を消す。


 その後すぐ。ネファリオ王子の支援役の令息は学園に申し出た。


「自分には手に負えません」

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― 新着の感想 ―
侯爵子息も災難だったね…… 「あんなモンスターの相手させて悪かった」となるか、 「それでももうちょっとなんとかならなかったか?」となるかもわからんし
猿轡噛ませて簀巻きにして、さっさと国に送り返すが吉
言葉の通じない相手には通じる言葉を使うかぶんなぐるしかないわけで
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