旅費を稼ごう
朝の騒動の後、宿屋を後にしたロゼとエアリスは町の中心街にある煉瓦造りのギルドへ移動し、一階のテーブル席で朝食を取りながら今後の事について話し合おうとしていた。
「さっきはいきなり投げ飛ばしてすいませんでした!」
すると席に着くや否や突然、エアリスはロゼを投げ飛ばした事への謝罪をする。しかし全く気にしていないのかロゼは愛想笑いを浮かべながら朝食のパンに噛り付いた。
「謝る事ねぇさ。元はと言えば酔っ払って部屋を間違えたアタシが悪いからな……それにしてもさっきのは驚いたよ、実は豪腕キャラでしたなんて言わないよな?」
先程の一件で自分を軽々と投げ飛ばしたエアリスの腕力に驚きを隠せなかったロゼは冗談交じりにそう尋ねる。するとエアリスも愛想笑いを浮かべながら首を横に振った。
「そんな訳無いですよ〜! でもあの時は無我夢中で……自分でも如何やったのか分からないんです」
「ははッ……凄いなそれ……。(今度から部屋だけは間違えない様にしよっと……)」
リビング・デッドの能力で顔の傷は直ぐに治ったとは言え、部屋を間違える度に無意識で放り投げられるかも知れないと思ったロゼは心の中で密かにそう決意した。
「ところで、これから如何するんですか?」
すると話の話題はこれからの方針に付いてへと移り変わり、エアリスはそう尋ねながらテーブルの上に置かれたサラダに手を付け始めた。
「あぁ、それなんだけどな……取り敢えず『サルランタの都』に行こうと思う」
「サルランタの都にですか?」
サルランタの都はソフィア共和国内で王都の次に栄え、第二の王都と呼ばれている場所である。商業や産業が発展している他に数多くの冒険者やハンター達が活動の中心拠点としている為、国内一安全な都とも称されていた。
「知り合いの情報屋がそこに住んでてな。そいつならアクア・スフィアの伝承に関する情報を持ってる可能性が高いんだ。それに表向きには出回らないちょっとヤバイ裏の情報も大量に仕入れてるからギルドで調べるよりも圧倒的に情報量が多いんだよ」
「へぇ〜そんな人がいるんですね! それにしてもサルランタの都か〜! 魔法学院に通ってた頃に友達とよく遊びに行きましたよ」
エアリスはサラダを口に頬張りながら魔法学院時代の事を思い出す。サルランタの都は王都からそこまで離れている訳ではなく観光地としても有名で、王都の魔法学院に通っていたエアリスは休日に友人達と気軽に遊びに出掛けていたのだ。
「これを食べ終わり次第、出発する……と言いたいところなんだけど、一つ問題がある」
「問題? なんですか?」
その言葉を境にロゼの表情が一変して重苦しい雰囲気となり、一体どれほど深刻な問題があるのだろうとエアリスも自然と身構える。
「エアリスさ……今どれぐらい金持ってる?」
「えッお金ですか? ……ちょっと待って下さいね……え〜と確か……」
エアリスは徐に腰にあるポーチの中を確認する。当初、2000マグラ程を持っていたエアリスは東の森の一件でギルドから報酬を受け取り、合計で10000マグラも所持していたのだが、御者への代金に食事代や宿屋での宿泊代、更には数十分前に割ってしまった窓ガラスの修理代。その他もろもろを差し引いて手元に残っていた金額は……。
「300マグラですね……」
エアリスが持っていたのは銀貨3枚だけであり、パンを一つ買ってしまえば無くなってしまう程の寂しい金額であった。そして、それを見たロゼは最後の希望が消え去ってしまったかの様にガックリと肩を落とす。
「やっぱりか……アタシも昨日の飲みで有金を殆ど使い切っちまったからこれだけしか残ってないんだ」
ロゼはそう言うとテーブルの中央に現在所持している全財産をドンと置く。しかしそこにあったのはエアリスの所持金より更に少ない36マグラのみであり、もはやパン一つすら買えない金額であった。
「二人合わせて336マグラか……ここからサルランタの都までは数日は掛かるし、これからの飯代とか宿代を考えると全く足りないよな……」
数日分の旅費としてはあまりにも少な過ぎる金額に二人は互いに顔を見合わせると「はぁ……」と溜息を吐いた。
「そうですね……どうしましょう?」
「こうなったらギルドの依頼を受けてその報酬金を旅費にする以外ねぇだろう。アタシが狩ったモンスターの素材を売って稼ぐ手もあるがそれだと効率が悪いからな」
エアリスと出会う以前からロゼは旅費を稼ぐ為にモンスターを狩り、入手した素材を売るという方法を取っていた。しかし売る相手や時期によって価格が大きく変動する為、あまり効率が良いとは言えなかった。その点ではギルドからの依頼をこなす冒険者やハンター達には毎回、しっかりとした報酬が支払われる為、旅費を稼ぐのなら明らかにそちらの方が得策だと言える。
「あれ……? そう言えばロゼさんってギルドに所属してなかったんでしたっけ。どうして所属しないんですか?」
「いや手続きとか規約とか面倒だし……アタシは自由に旅が出来ればそれで良いんだよ。それにチームのリーダーがギルドに所属さえしていれば他のメンバーは別に所属してなくても良いって決まりだしな」
ロゼの言う通りギルドの規定ではソロで冒険者やハンターとして活動する者は必ずギルドに所属してギルドカードを取得しなければならない。しかし複数人でのチームで活動する場合はチームのリーダーがギルドに所属してギルドカードを所持していれば、他のメンバー達は冒険者、ハンターでなくとも良いという決まりであったのだ。
「そう言う訳でアタシは丁度いい依頼があるか探してくるよ。アンタは此処でゆっくり食べときな。リーダーさん」
「はい。分かりました。……ん? リーダー?」
ロゼは右手に持っていたパンの最後の一欠片を口に放り込むと席を立つ。一方のエアリスはロゼの言葉でギルドカードを持っている自分が一応リーダーである事にようやく気付いた様子であった。そして席を立ったロゼは壁際に設置されている掲示板の前までやって来た。
「さーて……どんな依頼があるかな? なになに……森の魔草採取に草原で生息する生物の生態調査ねぇ……地味だな」
端から順に依頼が書かれた紙を眺めて行くが、どれも調達依頼や生態調査の依頼ばかりでロゼからすれば手答えの無い退屈そうな依頼ばかりであった。そして何より報酬金が少ない事がロゼのやる気を更に削ぎ落とす。
「お! ライノ・オートの討伐依頼!! ……いや駄目だな。ハンターへの依頼は受けられないんだった……」
そこそこに手応えの有りそうで更に報酬金額も申し分無い依頼を見つけ、ロゼは歓喜する。しかしよく考えてみればエアリスは冒険者である為、ハンターへの依頼を受ける事は出来ないという事を思い出し、素直に諦める。仕方なく先程見た調達や生態調査の依頼を受けようかと考えた時、ある依頼がロゼの目に留まった。
「ん? ……何だこれ」
その紙にはこう書かれていた。『急募!! 冒険者、ハンター問わず腕に自信がある者!!』と。




