第三章5 『当日報告の昼』
ユーキが浴室で倒れた日からひと月程経ったある日。ロアノス邸のいつもの食堂で住人が皆、席に着いている。
食事は既に終わっており、机の上には何も置かれていない。ならなぜ、彼らは集まっているのだろうか。答えは時が進めば分かる。
「さて、ついにこの時がやってきたようだ」
一番初めに口を開いたのは深く碧い長髪の男だ。指を組んで顔の前に置き、肘を机上に付いて、いかにも大事な話を始めるような雰囲気の男。
「そうだね、ロアノス。ひと月前から予想できていたことだが、ついにきてしまったようだね」
ロアノスの作った流れに乗った少女。金髪のサイドテールの彼女は頬杖を付き、ロアノスと同じような雰囲気を漂わせる。
「ひと月前……つまりあれのことだね。いよいよ、きっちゃったのか」
机の上にちょこんと座る青みがかった白い猫。いや、精霊の方がこの雰囲気には相応しいだろうか。可愛らしい見た目とは反し、漂わせる雰囲気は強者のそれだった。
ここまでの流れを黙して聞いている使用人が三人。短めの白髪の少女、長く紺色の髪の少女、黒髪の少年。その中の一人、少年が大きくため息をつき、口を開く。
「何なんだよ、これ!? 変な雰囲気漂わせやがって! どうせどうでもいいような内容なんだろ! そんなことで変な茶番挟むなよ! で、何があるんだよ!」
感嘆符をふんだんに使用したユーキの発言。食堂に座る面々はユーキの発言に耳を塞ぐ。最後にユーキは疑問符の付かない疑問を雰囲気を漂わせていた者たちに投げかける。
その疑問に答えるのは投げかけた相手ではなく、白髪のメイドだった。
「多分、王からお呼びがかかったんでしょ? それより話分かってないのによくそんなに口挟めるね」
「分かってないから挟めるんだよ。それにあれ見ろよ」
ユーキがある人物たちを指しながら言う。白がかった金髪の少女と紺色の髪のメイドだ。
先程のロアノス筆頭で行われた茶番でポカンとしている二人が、ユーキが示したことで食堂の注目を浴びる。
「あー、容量を超えちゃったんだね。シルヴァ様もしーちゃんも」
「あのまま続けてたら、こいつら更に混乱してたからな。俺の配慮に感謝してほしい」
ユーキが自慢気に言っているが、シルヴァとシオンの混乱状態はまだ続いている。時すでに遅しというやつだ。
ユーキたちはシルヴァらが元に戻ってから話を進めようと、二人が戻るのを待った。
「……あれ? どうしたの、みんな? ぼーっとしちゃって」
「確か何かお話の途中でしたよね? ……何についてのお話でしたっけ?」
元に戻った二人だったが、どうやら数分前までの記憶を無くすことで処理したようだ。つまり、ロアノスが行った茶番は二人の中からは消えている。
「王様からお呼びがかかったよって話だよ。大精霊様の言った通り、一か月程前から言ってたとは思うけど」
流石のロアノスもこれ以上は話がこんがらがると考えたのか、ふざけずに話を進める。
「それでユーキ君、なぜ王城に呼ばれるかは分かっているかな?」
ロアノスは名指しでユーキに問いかける。つまり、他の皆はなぜ呼ばれたかを理解していると踏んでいるのだろう。
ユーキはロアノスの問いを鼻で笑い、自信ありげに答える。
「大罪衆対策会議だろ? 俺の記憶力をなめるなよ」
「忘れる時は忘れるくせに」
「これは重要だと思ったから覚えといたんだよ、シロ」
ユーキの回答後の発言につっかかるシロ。それにユーキは顔色を変えずに返す。
昨晩の一件で直ぐに声を上げないようにすることが得意になったユーキだった。
「ユーキ君の答えは少し違うね。いや、半分かな」
「あれ、ここは、正解! って褒めてもらう予想だったんだけどな。半分……」
未来予想と違い、こめかみ辺りを掻くユーキ。だが、直ぐに本来の答えを見つけ出そうと思考タイムに入る。
半分ということは対策会議とは他に大きな理由があるということだ。大罪衆の大きな活動が現れた今、それと双璧をなすような理由があるようには思えない。
そうなると何らかの議題がある訳ではないという予想がついてくる。
「招集自体に意味がある、と言うより定期的に集まってんのか」
「おおっ! あれだけで理解できたのかい!?」
ユーキが本来の理由に思考の末、辿り着いたことに素直に驚くロアノス。
ここまでならユーキの予想通りの未来であった。驚かれて、気分を良くする。そんな未来だ。しかし、その未来に口を挟む者が一人。
「君が予想してた通りに褒めてあげるよ。よく考えられて偉いねー」
「エア、雰囲気に合わないことするな。――それと俺の予想とお前のは違う!」
エアの馬鹿にしたような褒め方を完全否定するユーキ。
「せっかく褒めてあげたのに」
本心では思ってないことをぼやいているエア。ユーキやロアノスたちはこんなものに引っかかる訳がないが、引っかかる者もいる。
「そうよ。褒めてくれたんだから、素直に受け取らなきゃ! 相手に失礼よ」
「シルヴァ様の言う通りです。そうでないと賞賛した方の思いが無駄になるじゃないですか」
純粋である点が悪い方に傾く二人。ユーキはため息を漏らすが、二人からすれば、なぜそんなことをされなければならないのか理解できなかった。
「二人とも詐欺とかにあうなよ……。で、話を戻そうか」
このまま、シルヴァとシオンの話に付き合うと話が進行しないと思い、純粋な二人に注意を促しておき、強引に話を戻したユーキ。
「そうだね。と言っても話すことはあと一つ。誰が王都に言って、誰が屋敷に残るか。これだけだよ」
「そこは重要だね。対策しに行くっていうのに留守なしで屋敷を空けるのは矛盾しちゃってるし」
ロアノスが主題を提示し、ラックが重要性を付与する。
確かに侵入でもされたら面子丸つぶれだもんな、と思いながらユーキは頷く。
しばらくしてシロに考えが浮かんだようだ。
「シロだけが残って、他みんなで行くっていうのはどう?」
「え? それ大丈夫なの?」
シロの提案はユーキが予想していなかったものだった。ラックの言った重要性からも守りは固めるべきだった為だ。その為、シルヴァが首を傾げるのも理解できる。
「シロ一人なら戦力的には十分だし、大丈夫だと思うんだ。それにもし残るならエア様でしょ? 一人守るぐらいならいない方が戦いやすいし」
「確かにそうだね。ロアノスとシルヴァは当然として、情報源でユーキ、後は地竜引きとしてメイドの子のどちらか。こうなったらシロの案が一番なんじゃないかな」
シロの案の細かい解説をしたエア。分かりやすかった為、ユーキは感心の吐息を漏らした。
「シロの案の他に良いものはあるかな? ……なさそうだからこれでいかしてもらうよ」
対抗意見もない為、シロの案が通って主題は終わった。
「姉様、一人でなんて大丈夫ですか?」
「えっ、しーちゃんがシロの心配してくれてる……! 後で記録しておこ!」
主題が終わって、話すことがない中、シオンがシロを心配する。その言葉に興奮しているシロもとい妹大好きメイド。
「シロのシスコンさ、日に日に悪化してないか?」
シロとシオンのやり取りを見ながらユーキが問いかける。誰にという訳ではないが、返答は直ぐに返ってきた。
「ユーキが来たからねー」
「いや、関係ねえだろ。俺が来る前からあいつはあんなんだっただろ」
ラックの適当な返答。それをユーキは真っ向から否定する。自分が悪影響を与えているなど考えたくもないからだ。
「ユーキ君が来る前のシロのことをなぜ知っているかは置いといて、王城へ発つ準備をするよ」
「ロアノス、今のは言葉の綾……って、今なんて言った!?」
先の発言の訂正をしようとしたユーキ。その訂正も終わりかけのところで耳に入った言葉に反応する。
「ん? 今から向かうから準備を始めてって言ったけど?」
耳を疑った言葉は何一つ変化せず、またユーキの耳に入ってくる。
「今からってホントに今からか!? もう昼だぞ!? てか、着いたらもう暗くなってるだろ!?」
ユーキの驚きの声に全て頷きで返すロアノス。出発は決定事項のようだ。
「まあ行くのはいいんだよ。当日報告な点に異議申し立てたい!」
「基本この屋敷はそういうとこ緩いからね! 諦めて慣れた方が早いよ」
ユーキの異議は即刻シロに取り消された。
屋敷の使用人がここまで言わせるとは、緩いにも程がある。それはもう心配になる程に。
「ということで、異論はないらしいから、屋敷を発つ準備をしてもらえるかな?」
ロアノスが先に席を立ち、そう言うと、皆口々に返事をしてそれぞれ席を立っていく。
そして、食堂には誰もいなくなった。
✣ ✣ ✣
ユーキが屋敷の扉を開く。扉前の道には竜車が停まっており、シオンが手綱を握っていた。
シロ以外の他の住人は既に客車の中に入っていた為、ユーキは駆け足で向かう。
「……ユーキくんって毎度遅れてきますよね?」
客車に向かうユーキにため息混じりに言うシオン。
毎度と言っても二回中二回で全体的な数は少ない為、反論したい気もしたが、百パーセントなことは変わらない為、軽く謝って客車に入る。
ユーキが客車に入るとシロが外から扉を閉める。
「しーちゃん、気をつけて行くんだよ」
「姉様こそ留守中ちゃんとしておいて下さいね。帰ってきたら荒らされてるなんてないように」
「はーい。しーちゃんに誓って守り抜くよ」
気の抜けたような返事に少し心配になるシオンだったが、いつもこの様子なので大丈夫かと、手綱を強く握り、シロに別れを告げる。
シロは走り出す竜車に向かって、正確にはシオンに向かって大きく手を振る。ユーキは客車内からそれに手を振り返す。
「シロ、大丈夫かな?」
「屋敷を守るのにシロの実力で事足りることは知ってると思うけど、他に何か心配かい?」
屋敷を出て少し経った森の中でユーキが首を傾げて口にする。
ロアノスがそれに答える。ロアノスの言う通り、シロの実力は屋敷を守るのに十分、いや二十分程だろう。しかし、ユーキが心配している点はそこではない。
「これから王都に行って少しは滞在するだろ? そうなるとシオン要素が足りなくなりそうだろ? 心配にもなるだろ」
シオンが好き過ぎるあまりにシオンが生活に必要な要素になっているのではないか、と予想しているユーキ。その予想が心配な点だ。
ユーキの考えの矛盾点をシルヴァが指摘する。
「もしそうでもファントに行った時は大丈夫だったんだし、今回も大丈夫じゃない?」
シルヴァの指摘はもっともであり、ユーキもその前例がある為、この説の立証はされないと思っていた。しかし、理由を付けることでこの説は存続させることができた。
「あの時は色々詰まってたじゃん? だからシオンがいないってことを意識してなかったんだよ。でも、今回は屋敷で待つ方になる訳なんだから、前例は役に立たないんだよ」
ファントでは大罪衆による襲撃があったりと息付く間もなかった為、シオン要素が足りないことを意識する暇がなかった。そう仮定すると、ユーキの説は成立する。
「君の仮説が正しいと屋敷に帰ってきた時のシオンのシロの対応が思いやられるね」
ユーキの説が正しかった場合に起こることをエアが懸念する。
客車内にいる面々はエアの言ったことに、うんうんと頷く。シオンに起こることの悲惨さが容易に想像できたからだ。
ちなみにラックは時間節約の為に竜車による移動中は魔石の中で眠っているようだ。シルヴァの胸元で魔石が翡翠の光を放っていることからも分かる。
「そういえばさ、さっきは気付かなかったんだけど、なんでシルヴァは会議に行って当然なんだ? ロアノスなら分かるんだけど……」
「それは私がここの代表だからよ」
「へ? ……ここの代表はロアノスだろ? フォートレス領なんだし」
驚きのあまり、おかしな声が出てしまうユーキ。今まで常識だと思っていたことが間違っていたのだから仕方がない。
「シルヴァ君には代表の代理をしてもらっているんだよ。ユーキ君も知っての通り、私は堅苦しいのが苦手でね」
シルヴァが代表である理由を聞き、ユーキは苦笑い気味で返す。
立場が嫌だからとその地位を別の誰かに代わってもらうというのは怠惰ではなかろうか、と感じたからだ。
「てことはさあ、地位的にはシルヴァの方が上なのか?」
「地位においても、権力においても私の方が上だと思うよ。一応、決定権は私が持っているし、今回のような会議にも私は参加しているしね。まあ、シルヴァ君は飽くまで代理という訳だ」
総合的に見ると、シルヴァはただ名前だけを貸しているということになるのだろう。会議にも出ているらしので怠惰ではない。
それなら態々、代理を立てる必要はないのでは? と思ったが、本人がそれで良いのなら良いか、とユーキは口には出さなかった。すると、その答えがロアノスから返ってきた。
「なら、なぜ代理が? という疑問が出ると思うが、理由はそうだね……シルヴァ君の夢の為、というのが綺麗かな」
理由を聞いても代理の意味に繋がらない為、ユーキは首を傾げる。それに応じたのはシルヴァだった。
「……ロアノスの言った通り、私には夢――というより目標があるの。その為に立場を貸してもらってるのよ」
「その目標が何かって聞くのはやめとくよ。きっと良い目標だろうしな」
シルヴァの最初の間が気にかかり、目標に対する詮索はやめておくユーキ。かつてのシルヴァがそうであったように。
シルヴァは「ありがとう」と一言添えて微笑む。そこからは安堵の様子が感じられた。
時が経ち、竜車が王都に入る。ユーキにとって久々の王都であるが、やはり人の多さに圧倒される。
「やっぱ人多いな。あの時のこと思い出すよ」
「あの時って泥棒に追いかけられてた時のこと?」
ユーキは頷いて返す。
あの時とはユーキがこの世界に始めて来た日のちょっとした出来事だ。その時は邪魔だとしか思わなかったが、今はそんな気は湧かない。
「確かにあの時は大変だったけど、今は多分大丈夫よ。さっきも検問してたの見てたでしょ?」
シルヴァが言っているのは王都に入る前の検問のことだ。王都へ入る門の前に兵士が立っており、簡易的ではあるが、荷台を調べたりなどしていた。無論、この竜車も客車内を覗かれたりした。
「招集がある時期だし多少は警戒するだろうね。そこを狙えば、アティアの崩壊は免れないだろうし」
「怖いことを言うね、エア様。そうならないことを願っておこうか」
ロアノスがエアの言葉に恐怖した。実際にそうなるであろうから、怖いのだろう。
この招集にどんな人物が来るのか知らないユーキはエアの言う、もしもの話は想像がつかない。
「この通りがレイベル通りだったっけか?」
「そうよ。これをそのまま王城に……って、もうそろそろ着きそう。ほら、あれ見て」
シルヴァが客車前方にある小窓を指す。そこには異世界に来てから見た建物の中で一番立派なものがあった。
まるでおとぎ話の中の建物のようでこの世のものとは思えない城だった。
あまりの大きさでもうすぐ着くなと感じたが、実際には錯覚により距離感覚がおかしくなっており、もう少し時間がかかりそうだった。
しばらくして竜車が王城の敷地前に着いた。中に入る前には橋が架かっており、王城に入る竜車、王城を出る竜車が絶えず走っている。
「結構出入り激しいな。まあ、王城なら納得か」
「権力が強いところには自然と客が増えるからね」
ロアノスの言う通り、権力の高さと来賓の多さが比例するのなら、この王城の出入りの多さは頷ける。
「あれ? でもロアノスのとこにはあんまり来ないよな? なんでだ?」
「来たところで無駄だからでしょ、どうせ」
「エア様、その言い方は少々酷くないかな?」
ユーキのふとした疑問の回答にロアノスが悲しむ顔をする。ロアノスにとってエアは憧憬の対象。ショックは絶大だろう。
「皆様、着きましたよ。扉を開けますから少し待っていてください」
「俺が開くから急がなくていいぞ」
シオンが着いたことを伝えると同時に客車の扉を開こうと急ぐが、ユーキがそれを止め、内側から扉を開く。
「すみません、ユーキくん。手を煩わせてしまって」
「いや、同じ使用人なんだから気にすんなよ」
同じ使用人というが、ユーキの方が後輩である為、ユーキのこの言い方はおかしい、と周囲は思った。ユーキも含めてだ。
「いえ、今回の場合はユーキくんは使用人というより客人扱いのように感じたので」
「そんなのどうだっていいよ。俺はロアノス邸の使用人だ。そこは変わらないから」
ユーキの言葉にシオンは「分かりました」と頷いた。その後、竜車にもう一度乗り、停留所まで竜車を移動させに行った。
「ロアノス・フォートレス様御一行ですね。お待ちしておりました。こちらへ」
扉の前に立っている王城の使用人が竜車から出てきたユーキたちに声をかける。
使用人は王城の扉に手をかける。見た目から重々しさが伝わってきて、予想通り開く際には重々しい音が鳴る。
使用人に続き、ロアノス、シルヴァ、エア、ユーキと王城に入っていく。その背には燃えるような夕日が差していた。




