第零話 ここは…異世界というやつか!?
その日は、なんだか気分が良かった。
だから友人との飲み会が終わった後も家で一人で酒を飲んでいた。
酒には弱い方ではなかったはずだが、どうやら飲みすぎたらしい。
明日もいつもと変わらない、つまらない一日が始まる。そんなことを疑いもしなかった。
――気づけば暗闇の中にいた――
浮遊感、それを懐かしいと思ったのはなぜだろうか……。そうだ、あれだよ、あれ。生まれる前だ。
ぷかぷかと温かい水に浮いて漂ってたあの時みたいだよ。あの時は急に世界が明るくなってびっくりしたっけなぁ。
――まさか、またあれが来るのか?
そう思った瞬間、視界が白く染まった。
目を開けてまず思ったのは、ただ眩しいということだけだった。次に、石畳の床が見えた。どこだここなどと考える悠長な時間なんて、今の僕には無いようだった。
「これより、ロムウェル=ラーヴェンフェルトの魔力測定及びスキル顕現の儀を執り行う」
ロムウェル……?誰のことだ?それに、ここはどこなんだ。外にいるということだけは分かるが…。
僕の目の前には、長い白髭をたくわえ、金の刺繍が施された、いかにも高そうな白い服を着た老人。後に分かったことだが、その老人はこの町の教会の神官だそうだ。
それに、目の前には僕の語彙力では表現しきれないほど、禍々しい色をした球があった。
「ほれ、はよう。水晶球に手を当てい」
ロムウェルという人物に対してそういったようだが、明らかに僕の方を見ている。凝視している。
ならばと、老人に言われるがまま、ただ手を伸ばした。この状況を理解するよりも先に手を伸ばしたのはなぜだろうか、老人の気迫に押されただけか。
すると、水晶球が発光した。それは先程よりもさらに禍々しい色へと変化した。紫、黒、赤色にも見えるな。
僕にはその程度しか分からないが、その老人はひどく驚いているように見えた。
「なっ…!ありえん、ありえんぞ。何だこの魔力量は!おい、ジギスムント、水晶球の状態を確認しろ!」
ジギスムントと呼ばれた人物は、老人より二回りは若く見えた。ジギスムント、、大した名前だな。
「セルディオ様……!水晶球に異常ありません、正常に作動しております!」
どうやら老人はセルディオという名前らしい。
「なっ…そんなことが……。ありえてしまうのか……。ええい、もうよい!」
ジギスムント及びその他大勢が水晶球から離れた。そして老人が怪訝な顔を僕に向けた。
「ロムウェル=ラーヴェンフェルトよ、そなたの魔力量はどうやら一般的ではないようじゃの。常人の10倍…いや、あるいはそれ以上。王宮専属魔術師にも匹敵するやもしれん。誇るがよいぞ」
「王宮専属魔術師に匹敵だって……!!」
「さすがロベルト様のところのご子息さんだ!」
「すごい魔術師になるぞ!」
今気づいたが見物客がいたらしい。
僕はただ手を水晶球に当てただけだが……?
「あ、、ありがとうございます……」
久しぶりに言葉を発したみたいになってしまった。
いや、久しぶりだったのか?分からない。というか魔力量?なんだ、魔力って。何でこの状況を受け入れている?全てが分からなかった。僕は暗闇でただ浮いていただけなのに。
「さて、次はスキル顕現の儀を執り行う」
再び老人…セルディオが言葉を発する。どうやら僕にこの状況を理解する時間はないということだけは分かった。
今度はセルディオの方が手を伸ばした。水晶球に…ではなく、僕に対して手を伸ばした。
セルディオが手に力を込める、彼の顔や手の甲に刻まれた無数のシワの一つ一つが脈打っている。石畳の床が揺れ、風が彼を中心に吹き荒れる。木々は風に揺られて今にも折れそうだ……。
――刹那の静寂――
「顕現っ!……」
さらに強い風が吹いた。僕の髪の毛は逆立ち、セルディオは腰が抜けたように地面に座り込んだ。
「はぁ、はぁ、水…水を……」
ジギスムントがセルディオに駆け寄り、革製の水袋を渡した。老人は震える手で袋を掴むと、水がこぼれるのも気にせず喉を鳴らした。
「ぶわぁっ……ふっ……ふぅ、」
手で口を拭ったあと、震える足を手で押さえながらセルディオは何とか立ち上がった。
「今回は一段と疲れたわい。もう年じゃもんで。ほれ、こっちへ来い」
ん?あぁ僕のことか。言われるがままセルディオのそばに立った。
「さて、では見るぞい」
セルディオは右手の人差し指と親指で輪っかを作ると、その指と顔を僕の心臓辺りに近づけた。
5秒ほど……だっただろうか。やけに長く感じた時間が過ぎると、一瞬驚いた表情をしたセルディオは顔を上げ、難しい表情をしていた。
「ふん……ジギスムントよ、あれを持ってこい」
「はっ!ただいま!」
ジギスムントは走って建物の奥へと消えていった。
群衆も何が起こっているのか分かっていないようだった。当然だが僕も分からない。
ふと、周りを見渡してみた。地面は石畳で覆われている。ところどころヒビが入っている事を鑑みると古めの物だろう。目の前には水晶球、さらにその奥には白い外壁に覆われた立派な建物が見える。
中心には丸い、玉ねぎのような屋根がついた建物、それを中心に左右に高い塔が1つずつ。シンメトリーになっている。
たくさんの群衆見える。その中に、一際目立つ格好をした一団がいた。
スーツ……いや、少し違う。資料集で見た軍服に近い服を着た男。その隣には、フリルのついたスカートを穿いた女がいる。ロリータ服、というやつだろうか。女は赤子を抱いていた。
三人とも、周囲の群衆とはどこか雰囲気が違う。特に男は、こちらをじっと見つめていた。
そんなこんなで周りを見渡していると、ジギスムントが建物から走ってくるのが見えた。手には本を持っていた。
「はあ、はぁ、セルディオ様……!持って参りました」
「ご苦労じゃ、お前も飲め」
まだ中身が残っていたのかと驚きつつ、その本の分厚さに目がいった。千ページ、いやそんなもんじゃ済まないほど分厚い本に。例えるなら六法全書を重ねたみたい。
「干渉……魂……ふぅん…」
どのくらい経っただろうか、セルディオは本のページをめくり続けている。やがて、待ちくたびれた群衆が一人、また一人と帰り始めた頃、セルディオはようやく本を閉じた。
「ロムウェル=ラーヴェンフェルトよ、おぬしのスキルを顕現し、その効果に当てはまる物をこの『古今スキル大全』から探した結果じゃが……」
セルディオは言い淀んだ。
「は、はい……。それで……?」
セルディオを促す。
「どうにも見つからんのじゃ。過去に確認されたスキルの大半が載っているこの本にな。似たような効果のスキルも探してみたが……」
「は、はぁ……」
状況を理解できず、そんな言葉しか返せなかった。
「ただ、『魂に干渉する。』とだけ、、おぬしの体から読み取れるのじゃ」
体から読み取る?あの指で輪っかを作ってたやつか。それより、魂に干渉する。話の内容から、どうやらそれが僕のスキルらしい。
「尋常じゃない魔力量、それに正体不明の謎スキル……。ロムウェル=ラーヴェンフェルトよ、そなたのような者はこのセルディオも初めて会うた。ハハッ実に興味深いのぉ」
「え、えぇ。そうですか。ありがとうございます」
何も分からないこの状況では、適切な言葉が見つからない。
ただ、眩しくなってから今の今までで分かった事もある。どうやら僕はロムウェル=ラーヴェンフェルトという人物だということ。魔力量が常人のそれとは比較できないほど多いこと、正体不明の謎スキルを持っていること。
そうか、これがそうなのか。それしかないだろう。
――これが異世界転生か――
魔力、スキル、何のこっちゃ分からないけれど、どうやら僕は異世界に転生してきたらしい。僕自身そういった物語は嗜んでいたつもりだ。物語を読みながら転生した主人公に対して羨ましいと思ったこともある。
「そうか、僕が……。転生か……」
「何か言ったかの?ロムウェル=ラーヴェンフェルトよ」
「いえ、何でもありません。ありがとうございました」
自分でも驚くほど、自然と受け答えしていた。
「よいよい、わし自身おぬしには興味があるゆえ、また顔を見せるがよいぞ」
「わ、分かりました。また来ます……」
そして、最後にセルディオに対し、一礼した。
こうして、前世ではTHE普通の人間だった僕が異世界に転生した。とんでもない魔力量を持って。口では平静を装っていたが、不安よりも期待が込み上げて止まらない。
さらに、「魂に干渉する」という謎のスキルのおまけ付きだ。




