ヒーロー試験・モンキーガイ戦
俺はモンキーガイに試合を申し込むと、試合はすぐに始まった。
モンキーガイはその名の通り、猿の異能を持っている。
……はずだが、身体がムキムキすぎるせいで、どう見てもゴリラにしか見えない。
青い短パンを履いていなければ、きっと野生のゴリラだと勘違いしていただろう。
「兄ちゃん、デーモンマンに圧勝したんやて? やるやん。お手柔らかに頼むわ」
「こちらこそ、お手柔らかにお願いします」
試験官の開始の合図とともに、俺はデーモンマンの時と同様、本体に偽装した分身を作り出した。
そして本体は透明になってモンキーガイに近づく。
「うわっ! 何なん、自分?! 透明になれるん?」
モンキーガイの指摘に、俺は一瞬、肝を冷やした。
まさか一瞬で見抜かれるとは。
彼の持つ異能で、そんなことが出来るのは『超嗅覚』くらいだろう。
恐らく超嗅覚で俺の匂いを追っているから、目に見える分身の数と匂いの数の違いで、透明になった奴がいることに気づけたのだ。
でもまさか、透明化した人間の匂いも嗅ぎ取れるとは思いもしなかった。
「しかも透明な方が本体やろ? 自分、その異能ずるくない?」
本体と分身の違いまで嗅ぎ分けられるなんて、想像以上に厄介な異能だ。
本体が透明になっていることがバレた以上、カラーボールを使わせるのは難しい。
カラーボールを全部避けることによる高得点をもらうには、モンキーガイに攻撃させなければならない。
しかも超嗅覚があるから、不意打ちしようとしても匂いで気づかれる。
今のままだと膠着状態になって、点数を稼げないまま試合が終わってしまう。
だけど俺には他にも手がある。
「まぁ、ワイには秘策があるけど」
モンキーガイも秘策があるようだが、何をするつもりかは異能を見て察しがついている。
異能を使ってくる前に、俺は先手を打った。
「うわっ! 臭っ! なんやコレ?!」
俺は透明化した分身達を『変身』の異能でカメムシに変身させた。
そしてカメムシの姿で飛び回りながら臭いを出し、試合ブース中に臭いを充満させた。
『超嗅覚』のせいか、モンキーガイは想像以上に苦しんでいる。
彼は目に涙を溜めながら、えずいていた。
臭いの元凶を手で振り払おうとするも、透明になっているので振り払えない。
「それやったら、こっちもお返しや!」
するとモンキーガイは鼻を塞ぐと、口を大きく開けて息をゆっくり吐いた。
モンキーガイの異能の一つ、『毒霧』だ。
口から吐かれた煙には毒があり、その効果は事前に口に含んでいたもので変わる。
俺は透明化を解除し、分身を消して床に倒れた。
「いくら透明になれても異能の攻撃は避けれんみたいやな」
倒れた俺に向かって、モンキーガイはカラーボールを投げてきたが、俺は間一髪で避けた。
俺は片手で鼻と口を塞ぎながら、立ち上がってモンキーガイから遠のく。
「逃がさんで!」
モンキーガイは猿のように四足歩行で移動し、瞬時に俺の側まで近寄った。
そして、2つ目のカラーボールを投げる。
俺はかろうじてカラーボールを回避した後、デーモンマンに変身し、片手で鼻と口を塞いだまま翼を羽ばたかせて宙に浮いた。
だがモンキーガイは壁に向かってジャンプし、その壁を蹴ることで更にジャンプして、俺を捕まえようとした。
「すばしっこい奴や!」
それでも俺を捕まえられなかったからか、モンキーガイは身体中の毛を針のように尖らせて俺に飛ばしてきた。
四方八方に飛んでくる毛を回避できず、俺は壁に貼り付けにされてしまった。
「王手や。待ったはナシやで」
モンキーガイは残る3つのカラーボールを俺に投げつける。
カラーボールを全て喰らった俺は、全身が真っ赤になった。
…よし。これでカラーボールを全て使い切ったな。
俺は、カラーボールを喰らった分身を消してネタバラシをした。
「なんやて?!」
モンキーガイが呆気に取られている間に、透明化していた本体の俺は背後からカラーボールを全て投げて、彼を全身真っ赤にした。
それを見た試験官は、試合終了を告げた。
「うそやん…自分、何したん?」
何が起こったか理解できていないモンキーガイは、不服そうにしながらも採点する。
結果は50点満点。これでヒーロー試験は合格確定だ。
「あの時、ワイは確かにアイツが本体やと思ったんや。自分、いつの間に分身と入れ替わってたんや?」
「試合ブース中にカメムシの臭いを充満させた時です」
「やっぱりあの時か。でもワイはカメムシだらけでも、本体と分身を嗅ぎ分けられる自信があったんやけどなぁ」
「それはきっと、俺が洗脳の異能で分身を本体だと勘違いさせたからです」
『洗脳』の異能はそこまで便利ではない。
洗脳がうまく効くか否かは、洗脳内容によって変わってくる。
例えば、俺のことを死ぬ程嫌っている人間に『俺を好きになれ』と洗脳しても、一瞬で解けてしまう。
何の対策もせずに、モンキーガイに分身を本体だと勘違いするように洗脳しても、一瞬で解けていただろう。
だから俺はカメムシ攻撃でモンキーガイの鼻を潰し、臭いで嗅ぎ分けにくくした。
その上で、透明化した状態でモンキーガイに変身し、モンキーガイの声で耳元に囁くように洗脳する。
こうすることで、モンキーガイはあたかも自分で考えて行動しているかのように錯覚するのだ。
人は、誰かに命令されてやるより、自分の意思で実行する方が、継続しやすい。
なので本人の声で洗脳すれば、より洗脳しやすくなるわけだ。
「そないな異能まで持ってるんか。確かに今、試合を振り返ってみたら、いつものワイと違って冷静に戦えてなかったかもしれへん。何でワイ、透明になれる兄ちゃんにカラーボールなんか投げたんや?」
「カラーボールを積極的に使うように洗脳していましたからね。ちなみに、俺は異能無効化の異能も持っているので、毒霧は効いていませんよ」
「うわっ、ズルッ! チートやん自分! じゃあ毒霧で苦しんでたんも演技なん?」
「はい」
「うわぁ〜! 嫌やな、自分。やけどさ、なんで兄ちゃんは最初からワシにカラーボールを投げへんかったんや? 自分やったら、いつでもワイにぶつけるチャンスはあったやろ?」
「少しでも点数を稼ぎたかったからです。開始早々にカラーボールをぶつけて終わっても、高得点は狙えませんので」
「アホぬかせ。プロ相手に攻撃する暇も与えずにカラーボールをぶつけられる奴は、文句なしの50点満点や」
「えっ?!」
それならそうと、最初に言ってくれよ!
そしたら速攻で当てて試合終了したのに。
「まぁ、プロ相手にわざと攻撃させて、しかもそれを避けた上で自分の攻撃を喰らわせるなんて芸当、プロですら至難の業やし、説明がないのも無理ないて。それができる兄ちゃんが異常や。自分、マジで何者なん? もしかしてプロやった?」
プロだったか?
その問いかけに、俺は一瞬ドキッとした。
「ははは……俺はしがない初心者ヒーローですよ」
「あっ! そのリアクション、マジでプロヒーローやったな! どこのヒーローや? 中国か? 韓国か? それともモンゴルか?」
日本だ!
と言いたくなったが、万が一にでも俺がイレイサーマンだとバレたら、今後のヒーロー活動が不利になるかもしれない。
「そんなこと、どうでもいいじゃないですか! それじゃあ俺、次の試合があるんで、もう行きますね!」
俺はモンキーガイから逃げるように、試合ブースから出た。