ボートランド滅亡
「…あと1時間か。今日は比較的、平和な方だったな」
時刻は、夜の11時。
夜の闇に溶け込んだ赤煉瓦の港町は、昼の賑わいが嘘のように静まり返っている。
俺は、そんな夜の町を、無数の分身達とともに巡回していた。
こんな時間だから、ソイとシンガールは勿論、寮に帰っている。
それどころか、夜勤のヒーロー以外でこの時間帯に活動しているヒーローは、俺ぐらいだろう。
いや、今は私服だからヒーローではないか。
1周目で、これだけ犯罪件数が少なければ、今回は早めに明日へ移行できそうだ。
俺は鼻歌交じりで巡回しながら、大まかに今日のスケジュールを頭の中で組み立てていた。
すると突然、静寂な夜に軽快な木琴の音楽が流れてきた。
音の出所は、ズボンのポケットからだった。
俺はポケットから、うるさく鳴り響くスマホを取り出し、画面を確認する。
…シンガールから、電話だ。
こんな時間に、何の用だ?
不思議に思いながらも、俺は電話に出る。
「もしもし?」
「あっ、もしもしフーマ? 起きてた?」
いつもの明るい彼女の声が、少し弱々しく感じた。
「こんな時間に、どうしたんだ?」
「いえ。全然、大したことじゃないの。ただ、少し……眠れなくて…」
眠れなくて、俺に電話?
恋人じゃ、あるまいし。
だけど憂いを帯びた声からして、本当に眠れないのだろう。
「だったら、ホットミルクでも飲んだらどうだ?」
「それなら、さっき飲んだわ。だけど、妙な胸騒ぎがして、落ち着かないの」
「何か不安なことでもあるのか?」
するとシンガールは小さく息を吐いた。
「……ねぇ、フーマ。今日はもう、大丈夫よね? この後、恐ろしい犯罪とかが、起こったりしないわよね?」
大丈夫だ、とは断言できない。
今日はあと1時間だけとはいえ、この先の未来は、まだ俺も知らないからだ。
「仮に何か起こったとしても、全部やり直してハッピーエンドにするから安心してくれ」
「キミが悪い未来を変えてくれることは、疑っていないわ。それは分かっていても、不安で眠れないの。何か恐ろしいことが起きそうな気がして。私の勘って、たまに当たるから…」
シンガールは危険予知のような異能は持っていない。
だが異能でなくても勘のいい奴は、たまにいる。
当たっていなければいいが、こればかりは未来にならないと分からない。
「だったら、いつもの歌でも歌って、気を紛らわせたらどうだ? シンガールの素敵な歌声、聴かせてくれよ」
すると、電話越しに安堵したような小さな笑い声が聞こえた。
「フフ、いいわ。今夜はキミのために歌ってあげる。私の歌声を独り占めできるのは、今夜だけよ」
静かな港町に、潮風の音と共に、星空に語りかけるような歌声が響いた。
シンガールが歌っているのは、いつもの歌だ。
彼女が初めて作ったという、オリジナルソング。
爽快感のあるテンポと力強い歌声が特徴的で、聴いていると元気が出る歌だ。
とても思い入れのある歌だからか、シンガールはいつもヒーロー活動中に、この歌を口ずさんでいる。
私は、無敵。
私は、素敵。
私は、不死身。
──私は、最強!
そんな歌を毎日歌っているシンガールは、歌のとおり、最強だ。
シンガールのリサイタルを作業用BGMにしながら、俺は町の巡回を続ける。
……あと5分で、今日も終わりか。
ちょうどシンガールも歌い終わり、夜の町が再び静かになった。
「ありがとう、フーマ。キミのおかげで、この後ぐっすり眠れそうだわ」
「それはよかった」
まぁ、この後ぐっすり眠れたとしても、5分後には時間を丸一日、元に戻すのだが。
「おやすみね、フーマ」
おやすみ。
と、言い返そうとしたその時。
──猛獣の呻き声のように震える、不気味な音が聞こえてきた。
それと同時に、地面が脈打つように大きく動き出した。
「え、な、何っ?!」
「地震だっ!」
石畳の道に亀裂が走り、街灯が折れて傾く。
建物はまるで積み木のように崩れ、ドミノのように次から次へと倒れていく。
倒れた建物は窓ガラスが割れ、崩れた赤煉瓦の壁の欠片が空を舞った。
地下から突き上げるような衝撃が、何度も町を打ち据える。
「キャァー!」
「シンガール? …おい、シンガール!!」
断末魔の叫びとともに、シンガールとの電話が途切れた。
シンガールは無事か?
それに、ソイもこの地震で建物の下敷きになっていないか心配だ。
二人に電話をかけてみるが、繋がらない。
闘牛のように暴力的で激しい揺れが、ようやくおさまった。
その頃には、ボートランドという名の美しい港町は、見る影もないほどに凄惨な瓦礫の山と化していた。
──たった数分で、平和なこの町は、あっという間に崩壊した。
体感的に、この地震は南海ドラフ巨大地震以上に激しかった。
深夜0時を過ぎていたが、俺は被害を最小限にするために、あえて時間を戻さず町の被害状況を調べ回った。
透明化した分身達を使って、崩れた建物の中やひび割れた地面の下などを隅々まで調べる。
そして当然、シンガールとソイの安否も確認した。
ソイは残念ながら、建物に潰されて手遅れだった。
が、シンガールは幸い、無傷だった。
彼女も建物の下敷きになっていたが、直前に歌っていた歌の効果によって、傷一つ負うことはなかった。
やっぱり、彼女は最強だな。
この崩壊した町で生き残っていたのは、たったの数十人だった。
シンガールは崩壊した町を、まるで魂が抜け落ちたかのように、茫然と眺めていた。
俺がある程度、町を調査し尽くした頃には、燃えさかる炎のように赤い朝日が、瓦礫の山となった赤煉瓦を照らしていた。
…さて、どうしたものか。
南海ドラフ巨大地震でさえ、いろんなヒーロー達の協力がなければ死傷者をゼロにすることはできなかった。
今回の地震はそれ以上なのに加えて、協力を仰げるのはソイとシンガールのみ。
大まかにでも解決案が浮かんでいなければ、時間を戻したところで意味がない。
俺は解決方法を考えながら、シンガールのもとへ訪れた。
シンガールは崩れた建物に座って、枯れた声でいつもの歌を歌っていた。
普段の彼女のパワフルな歌声からは想像もできないくらい、弱々しく、生気の感じられない歌声だった。
彼女の目は赤く、頬には涙の通った跡が残っていた。
「……大丈夫か、シンガール」
「フーマ……」
俺の呼びかけに辛うじて反応してくれたものの、心ここにあらずだ。
悽愴な沈黙が続く。
「…ねぇ、フーマ」
「ん? なんだ?」
「キミは、悲しくないの? サスケも、町のみんなも、いなくなって」
「もちろん、悲しいさ」
「だったら、なんでそんな風に、平然としていられるの?」
平然と?
そんなつもりは無かった。
だけど、確かにシンガールの言う通り、あまり悲しんでいないのかもしれない。
「……なぁ、シンガール。前に『何度もタイムリープして気が狂わないのか』って聞いてきたことがあったよな?」
「えぇ。そんなことも、あったわね」
「その時『俺は手遅れなくらい気が狂っているかも』って言っただろ? だから、ボートランドが滅亡しても平然としていられるんだと思う」
「フーマ…」
「俺はどれだけ凄惨な事件や災害に遭っても、悲しいとか、怖いとか、そういった感情があまり湧かないんだ。その代わりに──目の前の惨事を回避するにはどうすればいいか? そればかりを考えてしまう」
「だったら、どうして! なんで今すぐ時間を戻してくれないの!」
みんなを失った辛さを俺にぶつけるように、シンガールは荒々しく怒鳴る。
涙をぽろぽろと流す彼女は、とても痛々しく感じた。
「いま時間を戻したとして、どうすれば地震の被害を食い止められると思う?」
俺は純粋に質問したつもりだったが、シンガールは罰が悪そうな顔をして、俯いた。
「時間を戻して、ソイとシンガールに協力してもらったとして、たった3人でどうすればいいと思う? お願いだ、シンガール。一緒に方法を考えて欲しい」
するとシンガールは涙を拭いて、手を口に当てて考えだした。
そして少しの沈黙の間に、聞き覚えのない歌を歌い始めた。
何度も同じフレーズを歌っては、『これでもない』『あれでもない』と歌詞やテンポを模索している。
その様子から、シンガールは即興で歌を作っているのだということが傍目で分かった。
やがて歌詞が完成したのか、一曲丸々通して歌い出す。
すると瓦礫の山と化していた町が、徐々に元通りになっていった。
「フーマ、完成したわ。…この歌を、過去の私に教えて」
彼女が協力者で良かった。
この歌があれば、地震を乗り越えられるだろう。
「あぁ、任せろ。その前に一つ、聞いてもいいか?」
「なに?」
「俺は記憶に干渉する異能を持っている。その異能を使えば、誰かの記憶をコピーしたり、別の誰かの記憶を植え付けたりすることができる」
「…それで?」
「だから、いまのシンガールの記憶をコピーして、過去のシンガールに植え付けたいんだ。そうしても良いか?」
「構わないわ。むしろ、その方が昔の私も、この歌を心を込めて歌うことができると思うもの」
「ありがとう」
話が早くて助かる。
俺はシンガールの記憶をコピーすると、死に戻る準備をした。
「ねぇ、フーマ。どうしたの? 急にハエなんかになって」
「タイムリープするのに必要なことだ」
完全回復の異能がある俺が、死に戻りする方法。
それが、この方法だ。
ハエになった本体の俺を、分身の俺が両手で叩いて殺した。
すると時間は、あっという間に過去へと戻った。
──さぁ、今度こそは、この町を救うぞ!




