2話-15
「今日はありがとうございました」
「私の方こそ、楽しませてもらいました。プレゼント、頑張って渡してね」
「はいっ!」
陽翔くんとは駅で分かれた。私はそのままバイト先へ向かう。土日は家族が誰かしら家にいるので、三華と多華士の面倒を任せてアルバイトをしてるのだ。
改札を抜けたらいつもの帰り道を辿って、途中の道を折れ曲がる。住宅街に溶け込む様に一軒の小さな喫茶店が見える。外から覗いてみると、数組のお客様がいた。重厚な木の扉を少し力を込めて開ける。扉の上のベルが、カランコロンと綺麗な音を立てる。何人かと目があって、互いに微笑む。
「おはようございます!」
「はい、おはよう。コーヒー飲む?」
「既に何杯も飲んでいて……今日は遠慮させていただきます」
「そうか、良い豆が入ったのに」
伊吹先輩は身体中から力が抜けた様に、前傾姿勢になる。カウンター越しにカップを拭きつつ、横に置いてあるカバーのかかったノートパソコンを打ちこんでいる。「まあ仕方ない。最高の一杯より、彼とのデートの方が甘いからね」
「それ本当かい一華ちゃん? おめでたいねぇ」カウンターに座っていた千作さんが、こちらをキラキラした目で見てくるら、
「ち、違います! 相手はまだ中学生ですよ!? 伊吹さんっ! なんで知ってるんですか!」
「そりゃ買い出しで新百合に行ってたからな。偶々見かけた」
見られてたか。確かに学校の隣の駅なんだから、誰に見られたっておかしくない。定期圏内だもの、無料で繁華街に行けるのに使わない手はないな。
「伊吹さんも千作さんも、余計な事考えないでくださいよ。妹の彼氏候補なんですから」
「なんだつまらないねぇ、一華ちゃんにもやっと春が来たと思ったのに」
近所に住む千作おじいちゃんは、残念そうに呟いた。千作さんはここの常連さんで、いつものほほんとしている。
「妹って三華ちゃんか。それとも多華士」
「三華は犯罪ですし、多華士は男です。……それに、陽翔くんは二人に相当懐かれてますが、いつも一緒にいるのは双華です」お店のエプロンをつけてカウンターの内側に入る。エプロンには可愛い孫悟空がコーヒーカップを持って笑っている。消耗品のチェックをして、テーブル上のチェックも始める。他の常連さんとも挨拶を交わす。
「陽翔くんって、さっき一緒にいた男だろ? あいつこないだ双葉ちゃんと一緒にいたけどなぁ」伊吹先輩が記憶を辿っていく。「案外、脈があるのは双葉ちゃんの方かもしれないぞ」
そんな事があるだろうか。確かに家で双葉と話している事はあるが、そんなに仲良さそうな素振りは見せなかった。それに、あれだけ双華と仲がいいのだ、多分伊吹先輩の見間違えだろう。「それきっと双華ですよ。伊吹さんの見間違えじゃないんですか?」
「きっとそうだな。まぁ、陽翔くんが告白に成功したら、この店で最高の一杯をおごってやるさ」伊吹先輩はカタカタとキーボードを打ちながら、食器類を拭き続ける。
「その時は是非親父さんにいれて欲しいもんだよ」千作さんが軽い冗談のつもりで横槍を入れる。
「千作さ~ん、それはないぜ」
店内に笑いが起こる。伊吹先輩のコーヒーの腕前は確かだが、彼の父であるマスターのいれるコーヒーは別次元にあった。それでも伊吹さんがいる時間に、伊吹先輩のコーヒーを楽しみに千作さんはいらしてくれるし、こうして他の常連さんもきてくださる。
色んな楽しみ方を知っておけ。物事に順位はあるが、一位ってのは多数決の一位だ。二位だって、沢山の人の評価があってそこにいる。千作さんは時々その様な事を云う。伊吹先輩のいれてくれる優しい味わいのコーヒーには、情報部としての伊吹先輩ではない、エプロン姿が似合っている、伊吹先輩の優しい人柄が出てるのだ。




