偽装××関係成立
「……なあ、あんたが買ったのって乙女ゲーってやつだよな。面白いの?」
「面白いと思ってなきゃ買わないよ」
レジに近かったのは彼の方なのに、「会計先にどうぞ」と当たり前のように促された。
うーん、気遣いが気負いなさすぎて自然すぎて、ハーレム形成の理由が既に見えてきた気がする。
ともあれお互いに清算を終えたところで投げられたのが先の問いである。
当たり前の事実を答えるついでに、こっちもちょっと気になっていた彼の買い物について聞いてみる。
「君が買ってたのはパッケージからしてギャルゲーだよね? 和風ものっぽかったけど、好きなの?」
私の返答に「まあ、そうだよな」なんて頷いていた彼は、「ああ」と肯定する。
「そうだな、今は現代ものよりファンタジー系だな。買ったやつは、世界設定からのどんでん返しがない限りは和風ファンタジーのはず」
「ああ、実は電子世界の話でしたみたいなSFが入ってくるとかね」
乙女ゲーにも無くはない。やっぱり市場の大きさの違いで、男向けほどバリエーションはないと思うけれど。
「そうそう。ってかさ、なんかオススメの乙女ゲーとかある?」
「え、いきなり何。やるの? 乙女ゲーだよ? そりゃ男でもやる人いるけどさ」
「いや、同士が面白いって言うならやってみようかと。でもできれば主人公のビジュアルがかわいいのがいい。親友とかで可愛い女の子が出てくるならなおいい」
思ってもみない申し出だったけれど、言われてみれば納得だ。私だって、同士が好むゲームがどんなものなのか気になるし。
いくら二度目の人生でも、自分の守備範囲を網羅しきることは無理なので、興味の薄かったギャルゲー方面はほぼ手付かずなのだ。
「思ったより雑食っていうか、チャレンジ精神あるね……。じゃあオススメいくつか選んでくるから、君の好きな見た目の主人公の貸すよ。代わりになんか感動系のゲーム貸して。さくっと出来てシミュ要素無い泣きゲーがいいな」
「さりげに条件きついだろそれ。いいけど、いくつか候補あるぞ」
「その中で一番オススメのがあればそれで。無かったら……ファンタジーで絵柄が女子ウケしそうなので」
「地味に難しいんだが。女子ウケしそうなのってのがわかんねぇよ」
「そこはオタクの勘でどうにか」
「いやさすがに守備範囲じゃないから無理。いいよこっちも幾つか持ってく」
「二人とも、ハマったら入荷してやるから自分用買えよー」
話がまとまったところで、レジの方から声がとんできた。
万引きとか大丈夫なのかと心配になるくらい会計時以外は奥に引っ込んでいる店長なのに、まだ表にいたらしい。
「はいはい、売上に貢献しろってことですね。店長きちくー」
「学生の財布事情わかってて言ってるんですか店長。中古入れてよ中古」
「まー道楽でやってるからいいけど。お前らお得意様だしな」
「店長は客に対する態度がアレだよね。道楽って言ってもどうなの?」
「いーだろ別に。その恩恵受けてるんだから文句言うなよなー」
「はーいゴメンナサイてんちょー。それじゃ、次予約してるの入ったら連絡くださいね」
「オススメ入荷したときもよろしくー」
「へーへー、次のご利用お待ちしてますよ常連共」
そんな店長との軽口を経て店を出て、とりあえず大通りへと出る道へと足を向ける。
と、彼が改まった声音で切り出した。
「ちょっと提案があるんだが」
「? 提案?」
並んで歩く顔を見上げる。確実に平均身長はあるな、とかどうでもいいことが頭をかすめた。
ちょっとだけ硬い表情で、でも目と目をしっかりと合わせてきたその口から、わりと爆弾な発言が飛び出してきた。
「率直に言うと、偽装を前提に付き合わないかってことなんだけど」
「……うん?」
どうしてそうなった。
いやその申し出が現世で頭を悩ませてる恋愛親愛フラグを乱立させる逆ハー補正から来てるわけじゃないのは同士補正でわかるんだけど、あんまりにも説明がはしょられすぎである。
……と思ったのは言わずとも伝わったようで、彼は自分の思考を辿るように説明してくれた。
「あー、ほら。俺ら二人とも、リアルのフラグとかいらないから二次充させてくれよ状態なわけだろ」
「まあ、そうだね」
謎の問答無用の共感によってそこの相互理解は済んでいる。
望まない恋愛偏重主人公補正が二次元との触れ合いを邪魔している、その現状を愚痴り合う相手もいないことが日々心を荒ませていたのである。だからこそ同士との出会いが暗闇で見出した光明のように感じられたわけで。
「だったらさ、俺らが付き合ってるふりすればフラグ根こそぎ折れるし二次元との時間も確保できるんじゃないかと思って」
「……えーとつまり、なぜか乱立するフラグ回避をしやすくするために付き合ってるふりするってこと?」
「あとデートと称して二次元と戯れる時間もとれるし」
「……。その発想はなかった」
確かに防波堤があるとなしとではかなり状況が変わってくる。
逆ハーというのは基本フリーであるからこそ逃れられるのが難しいのであって、恋愛的なお相手がいるのならばそもそも予防線を引けるのだ。
だってそれで付き合ってる人以外と恋愛イベントが起こると浮気だし。そういうインモラルなのはニッチなのである。
「ちょうど店入るまでそんな感じのこと考えてたんだよなー。まああんたがそういうのダメなタイプなら別にいいけど」
「いや二度目の人生なわけだし、そのへんは割り切れるけど。っていうかリアル彼氏に夢見てないし」
「つまりオッケー?」
「いやオッケーというか、君はそれでいいの?」
「言い出したの俺だよな」
「そうだけど……」
そりゃ、これで何故か増える逆ハー要員を蹴散らせるなら願ってもない話だ。同じ境遇であるなら双方にメリットもあるだろう。
それならいい……のか? と内心首を捻っていると、追撃が来た。
「まあ俺は二次嫁愛でられればそれでいいんだが。それすら脅かされてるからこその提案なわけで」
「安定の二次嫁愛だね……気持ちはわかるけど」
二次充という観点では私より切羽詰まっているらしいし、なるほどこんな手を夢想するくらいには追い詰められていたのだろう。
ならば同士として手を貸すにやぶさかでない。別にデメリットを被るわけでもなし。
「うん、いいよ。オツキアイしましょう」
「っし! ――どうぞ末永く――ってのも変か。ほどほどによろしく」
人好きのする笑みと共に手を差し出される。
お互いちゃんと恋人ができる可能性も踏まえての言葉だとわかったので、こちらもにっこりと笑い返して手を取った。
「どうぞよろしく、カレシさま?」
「もちろんですとも、カノジョさま」
そんなふうにふざけあった時には考えもしなかったのだ。
恋人ができた程度ではフラグを折りきれずに、約束されしカオス修羅場のフラグを立ててしまうだなんて。