好奇心の嵐(3)
「まぁだからさ、織原ちゃんもそんな焦りなさんなって。愛羅さんだって英才教育受けて大学院出て、文武両道やってきたから今があるんだよ? 私からしたら、超能力を知ってまだ一か月でそれなら憎たらしい程に天才だって~」
「え? 愛羅さんって阿古さんより年上なの?」
「二つ下だから22だったかな? 小中高が一貫の学校で飛び級してたり、大学入ってからも早期卒業したらしいよ~」
意外な愛羅の経歴に莉乃は感嘆の声を漏らして驚く。今のご時世、秀でている人材を転入という処置で環境を移すことはあれど、飛び級や早期卒業などという制度は耳にしていなかった。それは輪を乱しかねないものであり、個の尊重以上に集団における安寧を追及しての社会的な選択の結果であろう。瑠奈が言うには、彼女が転入して通った超能力開発もカリキュラムに含んでいるような国営の学校では未だに制度として存在しており、極稀にそういった学生はいるらしい。
莉乃も世が世なら飛び級も夢物語ではない程に勉学の能力は高いものであっただろうが、飛びぬけてしまうことを意図して抑制していた事もあり、自分では至らないであろう所業をこなした愛羅に一層の敬意を抱く。
「――ちなみに、六年前だと何してたんだろ?」
「ん? なんで六年前?」
「ほら、私たちと同じ年くらいじゃない。どのくらい凄かったのかなぁ――なんて」
莉乃の質問に瑠奈は妙な引っかかりを覚えながらも、彼女が覚えている限りの範囲で思い出す。
「16だとぉ、大学なのかな? 剛ちゃんとは大学で会ったらしいし、がっつり研究の道に入ったりしてたのかなぁ」
「阿古さんも同じところ通ってたの?」
「いやさ、剛ちゃんは先生の助教してたのよ。やってることは今とあまり変わってないらしいけどね~」
莉乃はまたしても剛介の意外な、ただよく考えれば当然ではある規格外な一面に驚き焦る。また、それを知りながらも瑠奈は剛介をあのような扱いをしていたのかと思うと、目の前の幼女の肝が据わり過ぎてはいないかとも思っただろう。
生き急ぐように能力を高めようとしていた莉乃だったが、先日話した面々の凄まじさを思い知らされカフェの天井を仰ぐ。かけた時間が桁違いなのだ。愛羅の強さまでは程遠いと感じながらも、反面で剛介のように能力的に発展することもどこかで打ち止めになるのだろうかと疑問を抱いた。あくまで、莉乃の観測している限りの阿古剛介の超能力において、ではあるが。
「身の程を思い知らされたわ……」
「そういうこと。ちなみに、私だって織原ちゃんより超能力的にはエリートだからね?」
「そうなんだよね、道は険しいなぁ」
絶壁を張る瑠奈をボーっと見ながら、莉乃は途方に暮れる。目の前の幼女ですら、彼女よりも多くを学び、実践しているのだ。よくよく考えれば、瑠奈は距離のある相手に対しても干渉することが出来ていた。橘へいびつな筋量増加を果たし、莉乃の髪を伸ばして見せていた。他方莉乃と言えば、触れていれば恐ろしい程に効果を及ぼして見せるものの、物理的な距離が致命的な弱点となっている。
思い返している莉乃に、ふとひとつの疑問が浮かぶ。
「かなり話は戻っちゃうけどさ、瑠奈って橘先輩と交流あったの?」
莉乃の不意な質問に瑠奈は目に見えて驚く。莉乃と瑠奈との初めての対面時、そのきっかけになった橘 光希という三年の男子生徒がいた。莉乃は彼のことを知ることも無かったが、些細なことが引き金となり新学期早々襲われていた。
そんな橘が瑠奈と何やら接点を感じさせる発言をしていたように莉乃は付随して思い出した。あの時は衝撃の連続で流してしまっていたが、思い返せば十分な疑問だろう。
「急にそんなぁ――ほら、新入生なんて嫌ほど勧誘されるじゃん。橘先輩って陸上部だから、その時にね」
「でもうちって部活は二年で終わりだったと思うんだけど、まだやってたの?」
「どうなんだろ? 廊下で捕まって話し聞いただけだからなぁ。良い所までいってたら、三年でも引退してない人もいたんじゃないかな?」
第四中央高校では進学に力を入れているため、部活の引退が他の高校と比べると一際早い傾向がある。あくまで、進級と同時に引退を推奨されているのみだが、その推奨がかなりの拘束力を有することは今更語る必要のない背景が故である。
瑠奈の言うように、その競技において著しい成績を収めている生徒は五月に入った今の時期も部活に参加していたりもする。誰かが大きな大会へ進出出来れば横断幕で大々的に掲載されていたりするものだが、莉乃は興味もないため誰が載っていたかなど全く覚えていなかった。もしかしたら、橘もその中にいるほど優れた選手だったのかもしれない。
「じゃあ橘先輩、インターハイで屈強な首元を披露することになるんだね」
「あ、あれから鍛えてなきゃ筋肉も落ちるでしょ! うん!」
莉乃が意地悪そうに言うと、瑠奈は少し焦ったように反論した。橘がどういった競技をしているか定かでないものの、あの首の筋肉の隆起は体幹に著しい影響を与えるであろうことは素人目でも明白であった。経緯はどうあれ、彼の選手生命にピリオドを、異様な形で瑠奈は打ってしまったのかもしれない。
二人の他愛のない雑談は陽が傾くまで続き、どちらが切り出すわけでもなく、普段の下校時刻に近づくと店を後にして駅へと向かった。
普段とは違い私服で逆方向の電車を待つ二人は、ホーム内に移動しても話が絶える事は無かった。十分間隔でやってくる電車を何本か見送りながらも、会話が終わりなく続く。
「――もう十八時じゃん、流石に次で乗るかな」
「今日の織原ちゃんタイムも終わりを告げちゃうのね……私はこの後ホテルでも、一向に構わんのだよ?」
「それ誰よ、行かないから」
笑いの絶えないまま、先に莉乃が乗る電車がやってくる。お互い名残惜しさもなく、「また明日」とだけ口を揃えて別れを告げると電車のドアは閉まった。
明日は何もない平日、一週間の始めとなる月曜日。莉乃にとっては退屈な授業が連なりはするが、瑠奈との変わりない日常が確約されてもいる。それを彼女は意識することも無いが、これ以上ない楽しみとして明日を待っている。
その確約は根拠もなく、ただ莉乃の希望的観測であり続けることは自明である。ただ、それが崩れ去るまでは、彼女にとって無根拠に確約された日常の一部なのだろう。




