表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
織原莉乃は出る杭だから打たれる前に打ち返す  作者: 20時18分
二章 自己の教育、認識の再構築
49/65

好奇心の嵐(1)


「――で、私が呼ばれてるわけなのね」


 第四中央高校最寄り駅の近くにあるとある喫茶店、野比瑠奈はアイスティーをストローですすると、横に首を振ってチャームポイントのお下げを振り回す。歳不相応に小さい彼女のその行動は、まさに多動を抑える女児と形容する他ない。

 対面で少し申し訳なさそうに座る美少女、織原莉乃はそれ笑って誤魔化す他なかった。いつもの喫茶店、いつもの二人であるが、今日は日曜日。二人は休日にわざわざおめかしをして、高校最寄りまで出向いているのだ。もっと言えば、莉乃からの誘いで瑠奈はここにいる。


「織原ちゃんの向上心は結構だけどさぁ、私の期待ってのを――どうにかして私だけを愛してくれる織原ちゃんの人格とか芽生えないかなぁ」

「そう言わないでって、瑠奈だけが頼みの綱なの!」


 莉乃が両手を合わせてウィンクすると、瑠奈は表情筋が溶けてしまったのかと思うほどにたるみにたるんだ笑みを浮かべていた。莉乃が心の中で瑠奈をどう思ったかは、語るまでもないだろう。


「でもさ、頼られても困っちゃうってのが本音なんだけどねぇ。織原ちゃんが教科書読んで覚えるのと同じで、私も身だしなみ整えてるだけなんだけど」

「それだいぶ違くない? アンタ今結構意味わかんないこと言ってるよ?」

「え~! 当たり前のことしるだけって話だよぉ、織原ちゃん言い方キツくない? でもそういうのも私は全然ア――」

「すぐ髪伸ばすののどこが普通なのよ、常識ないわねグズ」

「うぅん、たまらん!」


 瑠奈の悪乗りに、莉乃ももはや手慣れたものだった。莉乃としては未だに瑠奈がどこまで本気かはわかっていないものの、このノリで突き進んでも面白いだけで終わるというのはわかったために乗っかることが増えていた。


「とりあえず、織原ちゃんも自分ので遊んでみれば? それこそ剛ちゃんが言ってたように、気持ちのコントロールとかでも良いでしょ」


 この通り、瑠奈は割とすぐ素面に戻るのだ。瑠奈の提案に、莉乃は唸って考え込んでしまう。


「それ結構難しいのよね……今は素だと思うんだけど、あとは物騒な時用くらいしかない感じ」

「その幅の無さとかさ、どうにかなんないの?」

「どうにかなったら苦労してないっての」


 莉乃は不貞腐れるように小さくこじゃれたショートケーキをフォークで突き刺す。瑠奈も小さくため息をする他ない。莉乃の強い期待は、残念ながら空回りしてしまっていた。勝手に期待された瑠奈としても、それはあまり心地よいものでは無かったのだろう。二人の間に少し静寂が挟まる。


「相変わらず甘くて美味しい」

「うん」


 他人から見たら気まずいカップルのようにすら見える二人の会話は、そう長く続くことなくぽつぽつと交わされる。

 莉乃が甘いケーキを小突くのを眺める瑠奈は、ボケっとしていたはずが何か閃いたように声をあげる。莉乃はびくりと驚き、いつもの店主が瑠奈へと眼光を飛ばしてくる。しかし、瑠奈はお構いなしに謎の手のひらを顔の前に持ってくるポーズをして莉乃へ語り掛けてくる。


「織原ちゃん、私は気付いちまったんだ。そのケーキは甘いけど、苦くなるんじゃねってな!」


 織原莉乃は唖然とした。それは瑠奈の提案があまりにも突拍子もなく、わけがわからなかったからだ。瑠奈は甲高く可愛らしい声で凄んで見せるも、当たり前のように迫力は皆無だ。だが、それでもなお瑠奈は別のポーズに切り替えながら言葉を続ける。


「だからさぁ、織原ちゃんが自分で味覚に刺激を与えるのも一興じゃないかってさぁ」

「あぁ、そういうことか」

「そういうこと!」


 ようやく納得いった莉乃は、瑠奈のサムズアップに合わせて親指を突き上げる。そうは言っても莉乃としては、わざわざ美味しいケーキを苦く感じよう等とは気が進まなかった。当然の心理であるが、それを見透かしたように瑠奈は口を開く。


「織原ちゃん、私を休日出勤までさせてるのは何のためだか思い出してよ」

「いや、出勤てそんな――」

「確かに、織原ちゃんはここのケーキ好きだもんね。なんだかんだ店長さんも本当に出禁にはしないわけだし。お子様が騒いでも温かく許してくれるお店に美味しいケーキ、代え難い財産だよね」


 瑠奈が目を伏せ優しく微笑み、莉乃とのあることないこと様々な思い出を走馬灯のように思い浮かべる。何故か莉乃はそれが何となくわかり、記憶にない幾つかの改竄された思い出に細かく突っ込む。ひとしきり妄言を言い終えると、瑠奈は落ち着いて言葉を一度切った。


「――だから、そんな素敵なお店に恩がある」

「うーん、まぁ」

「情もある!」

「じょ、情!?」

「甘いケーキを苦くするなんて蛮行、引け目もある!」


 瑠奈はここまで言うとにんまりと笑い、莉乃をじっとりと見つめる。全てを察した莉乃は本当にやらなきゃ駄目かと問わんばかりに困惑した表情で返すも、瑠奈の横暴は止まる事が無かった。


「でも織原ちゃん、今この場この時は!」

「……好奇心が勝――うっわまっず!」


 莉乃が声高らかにケーキを口へ頬張り叫ぶと、二人の少女は無事店を締め出された。





「瑠奈から教えて貰って見たアニメさ、面白かったけど見たこと後悔してる」

「織原ちゃ~ん、これが清く正しい日本のオタク魂だよっ」

「同調圧力もない今の世界に帰りたくなったわ……」


 結果として、莉乃は直前まで甘く感じていたケーキからブラックコーヒーも真っ青な苦さを感じることに成功していた。それ故に、非常識にも店の中で声高らかに不味いなどと叫べてしまったのだ。

 場所を移し、二人は飲食の席が設けてあるコンビニで腰をおろしていた。急激な味覚の変化に不安を抱いた莉乃は様々な味のお菓子を買い、瑠奈と二人で摘まみながら確認する。チョコは甘く、ポテトチップスはしょっぱく。前となんら変化ない味覚に莉乃は安堵していた。


「舌が無事で良かったけど、あのケーキはもう食べられないわ……」

「それも能力でどうにか出来ちゃうじゃない?」

「アンタねぇ――」


 瑠奈の台詞に思わず声を荒げそうになるも、何か気付いたのだろう莉乃は納得したように手を軽くたたく。


「そっか。阿古さんが言ってたこと、よくわかったわ」

「どういうこと?」

「瑠奈が良い遊び相手ってさ」

「剛ちゃんそんなこと言ってたの? 今更じゃない?」


 瑠奈はいまいち真意を汲み取れていなかったようだが、莉乃から褒められているらしい事実のみを受け取ってまんざらでも無さそうであった。

 莉乃が無駄なこととして省いていたあらゆることが、瑠奈といることで遊びの幅として再認識させられる。彼女に無い視点を与えてくれる小さな友人に、莉乃は心の中で感謝を唱える。

 どんなに優れた人間であれど、自分の中にないものを掴むことは至難の業である。だが、それを意図も容易く行ってしまうのが他者であり、だからこそ人は集まるのかもしれない。莉乃が踏み出すべき未知は、非日常以上に彼女にとっての非常識だったのかもしれない。

 そう思わせてくれた野比瑠奈という友人を持った莉乃はとても恵まれており、とても悲惨であるのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ