野比瑠奈はできる子だけど気持ちがどうも先走る(3)
「織原ちゃんは優しさが欠如してるよね、もっとこう後輩を大切に扱ってくれても良いと思うんだけど!」
放課後、外履きへ足を通す莉乃に対して凄まじい気迫をぶつける小さな瑠奈の姿があった。昼休みの一件で、授業に遅刻した瑠奈は入学早々「野比さんはそういう人なんだ」というレッテルを貼られてしまったらしい。
この学校、いや社会では全ての者が当たり前に勤勉である。昼休みの学生であれば、授業開始30分前には自習を始めており、オンタイムで始まる映像授業に遅れるなどあり得ない話だった。瑠奈が遅れたのは1分足らずであったが、ここではその1分が致命的であり、悪目立ちするには十分過ぎる遅刻となってしまったのである。
「良いじゃない別に。授業なんて受けても受けなくてもそんな……」
「私バカなんだよ! 織原ちゃんと違うの! 超能力者だからって――」
「ストップストップ! 悪かったって! とりあえず帰ろっ!」
昼休みには冷静に発言への注意をしていた瑠奈だったが、何かが気に触ったのだろう。躊躇なく叫ぼうとするが、莉乃が寸前で手で口を抑え、小さな瑠奈を抱えて学校を抜け出した。
莉乃はいつもの人通りが少ない下校ルートまで行き、瑠奈を降ろして詰め寄る。
「そりゃあ昼は私も悪かったけどさ、あそこであんな大声で喋っちゃダメでしょ。これアンタが言ってたことだからね?」
「そうだけどぉ……ごめんね、織原ちゃん……」
莉乃の言い方も若干キツいものではあったが、そこまで落ち込むこともないだろうに瑠奈は酷く暗くなってしまう。年下の少女にこうも落ち込まれては莉乃としても気分が良くないだろうが、どう声をかけてやるべきかわからず無言で歩を進めるのみだった。
「……私さ、前にも似たようなことして浮いちゃったんだよね」
足が地を蹴る音のみ二人の間に鳴り響いていたが、先に瑠奈が口を開いた。
「私だって第四中央くらいの学校なら余裕で入れるし、授業内容もわかるよ? でもね、それでちょっと浮かれて輪を乱しちゃって……」
振り出し続ける自分の足を見つめながら、瑠奈は自分が激昂した経緯をゆっくりと語った。
瑠奈が小学生の時、超能力の素質の有無が勉学に関係するのかは定かでない所だが彼女も優秀であった。入学当初に見込まれた以上の成長を見せ、転校という形で然るべき学校へ移すことが検討されていた。しかし、瑠奈が一度授業を軽んじ、友達と一緒に遅れた時だった。当時の教員から、特段秀でていた瑠奈に対してキツく注意を受けた。「貴方は優秀だからって他の子の足を引っ張らないで」と。
それを聞いた彼女の友人らは、子供ながらに秀でた瑠奈との差異を感じたのか距離を置くようになった。それは軽蔑なのか嫉妬なのか、あるいは良心かは瑠奈にはもう知る術はない。何にしても、幼い瑠奈は敏感にその事実を捉え、塞ぎ混んでしまった。
「そんなことが……」
「まぁそれで移されたのが超能力開発関係の学校でね。今は一応現役高校生だけど、普通の学校ってあれ以来なんだ」
瑠奈の暗い過去を少し聞き、莉乃の罪悪感は増すばかりであった。
「ごめんなさい、瑠奈の気持ちも――」
「あ! 違うの! こっちこそごめんねって。だってわけわかんないよね、普通遅刻で浮くくらいそんなにさ。だから、織原ちゃんが気にしてないかなぁ……なんてね」
瑠奈の笑顔には見るからに無理を感じられた。確かに、足並みを揃えた社会と言ってもヒューマンエラーが無いわけでもない。先日の莉乃のように、サボっても心配されたり、咎められはしても酷くて精神科へ連れていかれるのみだ。もちろんそこから通院するケースなどほとんど無い。
だが、皆無でなくても「当たり前」では無いのだ。幼少期のほんの些細なこと、それも然るべき注意を受けただけ。ただ少しだけ大人の言葉選びが不適当であったが故に、瑠奈はこうして在るのだ。
「……抱き締めようか?」
少し考えた末に、莉乃は提案するように瑠奈の顔を覗く。
「織原ちゃんそういう所が残念だよね……乙女心わかってないっていうか、狙ってたわけじゃないけど、黙って抱き締めて正解ってシーンじゃない?」
「えっ、そうかな? 普通しないし――」
莉乃が動揺している間に、隙有りと言わんばかりに瑠奈が抱きついてきた。莉乃からも、胸に顔を埋める瑠奈の顔は見えないが、その肩は微かに震えていた。
困ったように微笑むが、優しく瑠奈の頭を撫でてやる莉乃もまんざらでは無さそうなあたり、お似合いの二人と言って差し支えないのだろう。
「また女泣かせてんのか、織原」
最高なムードの中、誰も通らないであろう道なのに男の声が二人へ投げ掛けられる。
「同じ学校まで行って献身的なやつなんだ、俺が言うのもなんだがそう虐めないで――」
「阿古さん、アンタって空気読めないタイプの人なんだ」
「織原ちゃんがそれ言うのも解せないけど、剛ちゃんはもっと酷いね」
登場早々、剛介へ二人の女子高生は容赦なく睨みを効かせる。パーカーばかり着ている印象の剛介だが、今日は柄シャツにスラックスとヤンキーめいた服装もあって、不思議な光景が仕上がっていた。
「やっぱり悠美に投げりゃ良かったこんな役割……女子高生ペアくそ食らえだ……」
「口の悪さも能力で治ったら良いのにね」
何かにつけてクスクスと笑いながら皮肉を入れる莉乃に、剛介も流石に慣れたのか軽くあしらうまでにしたようだ。特に反論することなく溜め息のひとつで流した。
「良い雰囲気だったなら悪いが、事務連絡だ。お前らどうせこの後暇だろ?」
「阿古さんが来るってことは、期待して良いのよね? でもメールとか電話でも良くなかった?」
「何事もオフレコでってやつだ。こんな時代でも、一番安全な伝達手段はアナログに限るって先生がよ」
剛介も面倒そうではあるものの、場所を移そうと提案をしてくる。二人は即答で例の喫茶店を、言葉も交わすことなく同時に思い浮かべて剛介を案内する。
「というか織原ちゃん」
歩き出して早々に、泣き腫らした瑠奈が莉乃へと語りかける。
「また泣かしたって、もしかして私以外に女が……」
「え? あぁ話してなかったっけ、研究所を襲ってきた坂上って人をね」
莉乃の返答に、瑠奈は睨みを効かす。その目は先程トラウマを告白した少女と同一人物とは思い難く、莉乃も剛介も思わず退いてしまう。
「まさか……敵の女を手籠めにするなんて……私がありながら……」
「瑠奈……? 別に手籠めにしてないし、そもそも女の人同士って――」
「誰かに取られる位なら――」
お決まりのセリフが完了する前に、莉乃は瑠奈の首元に手刀で衝撃を与え気絶させる。意識がなくなった瑠奈はその場に倒れそうになったが、それも莉乃が受け止めた。
「ごめんね瑠奈、色んな意味で」
「一応言っとくけどな織原、手刀ってそう上手く気絶するもんじゃないんだぞ」
見事に成功はしているが、一般常識として気絶以上に至る可能性を剛介が示した。莉乃は驚いたが「まぁ阿古さんいるし」と後付けで問題なしと言わんばかりの無理な弁明をした。
頭を抱える剛介であったが、気絶した瑠奈の運搬も任され一層ストレスを溜め込むハメになる。
「ごめんって! でも阿古さんも甘いの苦手じゃないなら、あそこのパンケーキは食べるべきよ。奢るから許してっ!」
「女子高生に奢られるほど落ちぶれちゃいねぇ……まぁパンケーキか、期待しておこう」
心なしか、見た目は明らかにヤンキーと化している剛介の表情が和らぐ。莉乃もそれを確認し、許しを得たと取ったのか喫茶店へと向かうのに軽やかさが増した。




