野比瑠奈はできる子だけど気持ちがどうも先走る(2)
心地よい風が少女達の頬を撫でるように優しく吹く。莉乃と瑠奈は橘の悲惨な姿を確認したのち、屋上へと場所を移して昼食を摂っていた。二人とも女の子らしい小さなお弁当箱を持ち寄り、そのまた小さな口へと物を運ぶ。
「それでさ瑠奈、能力のことなんだけど」
莉乃は食べ進めながらも、待ちきれなかったのか昇降口で話せなかった事を切り出してくる。瑠奈も特に驚くことなく、咀嚼を休めることなく莉乃の方へ目線をやる。
「アンタの成長って、言わば老化とも言えるじゃない。人間って寿命があるし、同じように髪でも爪でも何でも寿命があるはず。つまり……デメリットが怖くないの?」
瑠奈の能力は「成長促進」。そのままの意味で捉えれば莉乃の懸念も然るべきものだ。人間の細胞にも寿命や繰り返されるサイクルの限度は存在するし、身体内での栄養という名のリソースを糧に表面上あるいは体内での物質を作り出す。
「織原ちゃんは夢が無いなぁ。私たちって『超能力者』なわけだよ? 一般常識から既に外れているのに、なんでまたその枠に収まっちゃうのさ~」
瑠奈は口に含んでいたものを呑み込み、ひとつ溜め息を挟んでから莉乃の生真面目さに呆れた。
「それ言ったら剛ちゃんとかもうとっくに死んでるよ、今まで無くなった箇所がないくらい吹き飛ばされてるし。頭いった時は治っても先生がおちょくって『阿古くん、君の記憶は継続しているが果たして今の君は本当に阿古剛介と言えるかな?』とか言ったら剛ちゃん寝付けなくなってたよ!」
大笑いで楽しそうに話す瑠奈だったが、反面莉乃はいまいち納得いってなさそうな様子でもあり、彩音の言った阿古へのセリフの真実はどうあるのか考えては唸っている。
「まぁだからさ、あんなトカゲの尻尾みたいにどこでもうにょっと生えてくるやつもいるんだから。変な理屈で考えても損だよって~」
食べ終えたお弁当箱をしまい、瑠奈は急激に莉乃との距離を詰めて座る。広い屋上の塔屋で、二人のための空間としてはあまりにも広すぎる中で更に密着するものだから莉乃は反射的に立ち上がった。
「にしてもよ! 気になるものは気になるの。先生はなんか言ってなかったの? アンタはしっかり調べられてるんでしょ?」
「それもかなり前だったし……今でもよくわかんないけど。確か『制限回数を消費せずに細胞を凄い働かせられるんだね』みたいなこと言われたかな?」
「じゃあ老化とは違うってこと?」
「私って織原ちゃんより年下なのにそんな老化って言いまくられるとなぁ……。見てみなさいな、この柔肌、艶やかな髪。見るに限らず触って堪能してくれても良くてよ?」
顎に手を添え考え込む莉乃に、瑠奈はヒラリと一回転して見せながら莉乃の真似をしておさげを手で払う。瑠奈は言ってしまえば15歳に見えるかも怪しいほど幼く見える。女性らしい身体つきというのは高校一年生としては若干早いだろうが、背丈が無いのと思春期に現れる胸の膨らみが微塵も感じられないためだ。
この点において瑠奈が異常であるというわけでなく、広く見れば同世代にこのような発育の経過を辿る者もいるであろう範疇である。「老化」についての否定としてはこれ以上無い動かぬ証拠であるが、同時に「成長」と能力を冠するには些か疑問が拭えないのも事実だろう。
「……背も胸も能力でどうにかならないの?」
「それ聞いちゃう? 織原ちゃんデリカシー無さすぎない? 頭良いなら察してくれても良くない?」
つい莉乃は口にまで出てしまったが、後悔した時には瑠奈が凄まじい剣幕で深い溜め息と莉乃への言及を延々発していた。流石の莉乃も平謝りするも、閃いたように切り返しの一手を打つ。
「ほら、そのさ、能力に制限とかあるのかなってね。だって爪も髪も自由に伸びるならって思うじゃない?」
ぎこちない笑顔で、これでどうにかおさまってくれと祈らんばかりに莉乃が身ぶり手振りで弁明をする。瑠奈は渋々納得したのか、マシンガンのように莉乃を責めることをやめた。
「うぅん……それね、さっき細胞をめちゃくちゃ働かしてるって言ったじゃない?」
「そうね、先生がそう言ってたなら有るもの使えばさ?」
莉乃の相づちに再び瑠奈は地の底まで届きそうなほどに深い溜め息をつく。
「つまりそれって、無いとどうしようも出来ないわけ。母さんもチビでまな板、おばあちゃんもそう。なんでか父さんのおばあちゃんもそうで、私に高身長巨乳のDNAは無いのよ……」
完全に虚ろな目になってしまい、瑠奈はその場で体育座りと何とも典型的な落ち込み方をしてみせる。瑠奈の情緒不安定さに若干の困惑を見せるが、莉乃も知りうる限りでフォローをしようと必死だ。
「で、でもさ! 全く無いってことないでしょ? どこかまで遡ればさ、大体の要素はあるって生物の授業で誰か言ってたり――なんて」
「そこに能力の向き不向きが絡むわけよ。織原ちゃんもお胸の発育は控えめだもん、今日の所はその小さな胸で受け止めてくれれば許して上げよう……」
言い終える前にはもう莉乃へと抱きつき、瑠奈は「これがまたたまらん」と元気そうに声を上げていた。果たして自分だけが悪かったのか、更には自身の小さなコンプレックスを突かれ眉間にシワが寄ってしまうが、莉乃は考えるのをやめて瑠奈にされるがままとなった。
「ねぇ、能力の向き不向きって話。先生にも聞き損ねたんだけど――」
抱きつく瑠奈へ質問を投げ掛けるも、無情にも昼休みを終えるチャイムが鳴り響いた。
二人はハッと顔を見合わせる。手荷物をまとめると、先に莉乃が無駄のないスマートな動きで屋上を後にして一人教室へと駆けていく。
「お、織原ちゃん、それも能力のっ! 無駄使いじゃないかなって! 私は思うよっ!」
瑠奈の声はきっと莉乃へは届かなかっただろう。それほどに、二人の教室へと戻ることに関しての実力差は明白であったのだ。どたばたと人並みの早さで瑠奈も自分の教室へと走っていった。
第四中央高校は五限目を迎え、屋上は優しい風が吹くのみとなった。




