その4 【外界から"の"訪問者】
そんなこんなで、家までこの謎の男、メフィストを案内した。
道中、それとなく色々質問してみたが、
「不死帝ってかっこいい名前だね。凄い人なの?」
「とてもすごい人ですよ。会えばわかりますよ。会う機会があればですが」
だの、
「未来が見えるってすごいね。どういう仕組み?」
「思い出す感じです。ほら、時々見たことない景色でも一度見たことがあるように感じることがあるでしょう。平たく言うと既視感みたいな感じです」
だの、
どれもうまくはぐらかされるばかりでいまいち決定的な情報は得られなかった。当初の私の予想は間違っていない。このメフィストという人物はかなりの曲者のようだ。しかも、さっきから表情一つ変えずにずっと笑みを浮かべて喋る。口元が見えない分余計不気味だ。
本当に攻撃の意思はないのだろうか。
扉を開いた瞬間、『ここまで案内してくれて助かった間抜け』などと、バッサリ背中から襲われるパターンとかもあり得る。
……しかし、どうしようもない。最悪、リンデットに何とか対処してもらえることを期待しよう。とりあえず、私の方でも何かが起こった時に備えて頭の中で魔術のイメージを組み上げておく。念には念。とにかく何とか、なれ。
「ただいまー」
不安を押し殺して扉を開く。
家の中ではリンデットが珍しく本を読んでいるようだった。にしても、見覚えがある赤表紙だ。
「お、今日は随分早かったな―――」
私の不安をよそにリンデットはいつもの調子で返事を返す。だが、その声も途中で断ち切られる。
彼女の表情に何か嫌なものを見たような怪訝さがあった。なるほど、私の頭上からメフィストがひょっこり顔を出していた。
「お久しぶりです。リンデット殿」
空気を読めないのか、にこやかな笑みを浮かべ手を振るメフィスト。
どうも、リンデットはこの人物が苦手そうであった。あの雑なリンデットがここまであからさまな態度をとるとなると。私の感覚は間違っていなかったらしい。やはり、このメフィストという男。かなり危険だ。
「ゲ。クソ悪魔。性懲りもなく来よって」
リンデットは椅子から飛びあがると、私の襟をグッと掴み家の中へと引き込む。その勢いのまま、扉を閉め、何か詠唱のようなものを唱える。すると、扉にはいくつもの鎖のようなビジョンが浮かび上がり、それらが扉を封鎖するように縛り上げる。
形状から見るに、扉に貼る封印を目的とした魔術だろうか。魔術書で一度見た気もするが、実物を見ると、かなり頑丈そうである。
それに、リンデットのこの慌て様からして、メフィストを相当苦手意識しているようだ。
「はぁ、何で今になって。シルヴィ、あいつに何かされなかったか? 調べられたり、何か聞かれたり」
心配そうに私の体を確認するリンデット。
口を開けさせたり、腕を動かして確認したり、何やら身体検査のようであった。
まるで私が彼の人体実験でも受けたかのような心配ぶりだ。
「特に何も、道を聞かれたから教えてたんだけど」
その言葉を聞いてあきれたように溜息を吐く。
どうやら連れてくるのは悪手だったようだ。でも仕方ないだろう。あの男、ただ者ではないし。
「つー、はぁ……まあ、他に人間見た事ないもんなぁ。私の教育不足か……、あのな。あのメフィストとかいう胡散臭い悪魔は、とんでもなく傲慢な奴の手下でとにかく信用ならない奴だ。あいつらと関わるとロクなことにならん」
ふむ。この発言やリンデットの様子から察するに、過去に何かしら因縁があるようだ。
それより気になったのは、悪魔という言葉だ。
見た目から勝手に人間かと思っていたが、そうではないらしい。
悪魔、興味深い。私の知る前世の宗教的な悪魔とはどうも違う。エンペルト族のような種族を指す言葉か、それとも単なる蔑称か。
いずれにせよ。彼が人ならざる者というのならば、あの嫌な感じといい、この不可侵の森に現れた理由もある程度納得できる。
人が近づかない森とは言えども、こいつはそもそも人ではないのだから。未来予知に関しても、そもそも人間とは異なる力を持つのかもしれない。ここら辺はあとでじっくり調べてみよう。
この様子だと、おそらく目的はリンデットで間違いないようだ。
過去の因縁に関わるものか、その清算にでも来たのか。いずれにせよ、私を目的に来たわけじゃないようで安心した。
「来たものは仕方ない。おい、シルヴィ塩撒いとけ、塩」
なるほど、邪な物に塩を撒く風習はこの世界にもあるらしい。
というか、塩で防げるものか。悪魔というのは。単なる嫌がらせだろうか。
しかし、塩の場所が分からないぞ。今まで料理はしたことないし、多分キッチンのどこかにあるんだろうが、如何せん調味料の場所なんて把握しているわけがない。
まあ、ひとまず探してみるか。えーと、塩、塩、塩……
「はい。こちらでしょうか」
ポンと、手渡された白い粉。
ぺろりとなめてみるとしょっぱい。うむ、塩だ。
「ありがとうって――」
手渡された先、そこには先ほど締め出されたばかりの人影があった。
メフィストだ。
どうやって入って来た。
扉を見るに、さっきの魔術は機能しているようだし、他に人が入る隙間なんてない。ならどこから?
いやそもそも、何で塩を手渡す。やはり、効果ないではないか。
「て、どっから入って来た! 帰れ!」
メフィストの存在に気付いたリンデットは慌てて私を抱えて、メフィストへ向き直る。敵意むき出しである。
こう見ると、ちゃんと母親らしいところもあるようだ。
というか、苦しい。腕が首に挟まって締め上げてしまっている。このままでは意識が……、
「まあまあ落ち着きましょう。とりあえず、その子を放してあげてみては」
「放せって、あ」
メフィストの言葉で気が付いたのか。バッと手を放す。
そのまま床に崩れた私の背中を撫でるリンデットを一瞥し、メフィストはこちらへ歩み寄ると、
「本日は、お話があって参りました。まずほら、お茶にしましょう」
そう言いながら向けられたメフィストの指す机には、いつの間にか用意された茶菓子とティーポット、そして、3人分のティーカップが置かれていた。
◆
私とリンデットが普段食事する長机には椅子が3つあった。
気分で場所を変えたりしていたが、基本的に使う椅子は2つ。普段は向き合うように座っている。だが、今回初めて3つ目の椅子を使い、私とリンデットが横並びで座ることになった。
この謎の悪魔? メフィスト・アスタレアスに向き合いながら。
私に危害が及ばないように目を光らせながら、ちょっと距離を詰めているリンデット。そんな様子を気にせず、自分が淹れた紅茶を啜りながら鼻歌を鳴らすメフィスト。
そして、いまいちこの状況を呑み込めない私。
この3人がティーポットから立つ湯気を中心に、一堂に会していた。
しかし、この紅茶に茶菓子。一体いつの間に用意されたものだろうか。
少なくとも、先ほどの一騒ぎの内に見繕ったものとは考えにくい。道中、紅茶を淹れているような素振りもなかった。というか、入れていたとしてもこの紅茶の様子を見ると、あらかじめ用意していた物とも考えにくい。
それに毒でも入ってるんじゃないのかこれ。易々と飲めたもんじゃない。
「あぁ、毒なんか入ってませんよ。入れる理由もないですし」
そんな様子を見かねてか、メフィストは声をかける。
今さっき紅茶を口にした様子は、私にそのことを伝えるためだろうか。
「だろうね。全く、なんでこんなことになったか」
愚痴を垂れながら、ふてぶてしくリンデットは紅茶を飲み始める。がぶがぶと飲む様子は差し詰めカバの水飲みのようだ。というか、熱くないんだろうか。
まあ、そのおかげで私もようやく紅茶に口を付けることが出来た。疑問は残るが。
味の感想は……、うん。美味い。というか、めちゃくちゃ美味いぞ。前世でも経験したことのない味だ。味覚がそう訴えている。
「では、本題に入りますか」
ゴホンと咳をするメフィスト。襟を正し、何か重要なことでも話すつもりのようだ。
「まずは、リンデット様。この度は十大極点への選定、誠におめでとうございます。我が主、不死帝リヴィアンテロッサに代わり、祝福申し上げます。以下は、我が主の言葉になります。ゴホン、『おめでとうリンデット。いずれはこうなると思っていたが、存外長かったな。祝いに粗品を送らせてもらう。メフィストを遣わせた為、詳しくは聞け』とのことです」
待て待て。また聞きなれない言葉が出てきた。
十大極点だと。リンデットが入ったということは、おそらく10名の人物からなるグループ、または何らかの権威になるのか。それに、不死帝リヴィアンテロッサ。名前が現れたが、話の内容を聞くにリンデットとは何かしらの関わりがあるようだ。
と、私が情報を整理している間に、リンデットは深く溜息を吐いた。
「十大極点、まだそんなものが残っていたのか。……それで、私を愚弄しに来たのか。だとすると、大成功だな」
その様子からは明らかな苛立ちを感じた。
いや、それよりも憎悪か。何か大切なものを穢されたようなそういう怒りだ。
今までそんなリンデットの様子は見たことがなかった。新鮮であると同時に、どこか恐怖を感じた。
「大変失礼しました。そういった意図はありません。あくまで祝福のつもりです。他意はありません。ですが、気分を害してしまったなら申し訳ありません」
改めて謝罪をするメフィストを見て、リンデットは茶菓子を食らう。先ほどまでの雰囲気はどこへやら。
「それで、わざわざそんなことを言いに来たのか? 随分暇なんだな。お前もあいつも」
「いえ。本題は別にあります。そこの少年、シルヴァルド・エル・ガルウィンドルについてです」
一瞬、リンデットの目がギラリと光る。
なるほど、次は私か。目的はリンデットのことと考えていたのは単なる早合点だったようだ。
「つまらんことを考えるのはやめておけ。長生きしたいなら、これ以上無駄口を叩かんことだ」
「そう警戒しないでください。少しは分かっていたでしょう。この少年にガルウィンドルの名を与えたときから、……まあ、まずは話を聞いてもらいたい」
そういって、メフィストは私に向き直る。
何やら重大な話が始まる雰囲気がそこにあった。
「貴方の生い立ちはある程度把握しています。森に捨てられた可哀そうな孤児、それで終わればまだ幸いでした。ですが、貴方は気まぐれにも拾われてしまった。よりにもよって、不可侵の魔女に。そして、ガルウィンドルの名を与えられた。それによって貴方の命運は定まったといっても過言ではない」
壮大な物語の序章とも喩えようか。そういった、重々しい雰囲気が漂っていた。
私の名づけ、そのことに何か重大な問題があるらしい。思い起こせば、そうだ。もしや、リンデットと同じ源流を持ったことが起因するのか。
考えてみればそうか。私は十大極点なるものに数えられるリンデットと同じ魔術基盤を持っていることになる。おそらくは、それが原因か。
「その様子、既に何か察したようですね。貴方は既にこの世界の均衡を揺るがす人物になりつつある。今はまだただの子供ですが。この先、貴方はいずれ、無視できない存在と成りうる。魔術の祖、ガルウィンの系譜を継ぐ者として」
―——―魔術の祖、ガルウィン。
「祖」を冠するということは、つまり源流の起点。
ならば、リンデットから私へと渡った魔術の根とやらは、いったい何代前から続いているのか。
なるほど、面白いではないか異世界。また興味深い名称が飛び出した。




