第3部 ありがとう
あれから五年が経った。
私はあの街を出た。
あの家も。
あの学校も。
全部置いてきた。
今は小さなアパートで暮らしている。
仕事もある。
友達もいる。
特別幸せなわけじゃない。
でも。
昔よりはずっと生きやすかった。
たまに夢を見る。
高校の教室だ。
夕日が差している。
誰もいない。
君だけがいる。
そして。
いつも同じことを言う。
「逃げよう」
目が覚める。
静かな部屋。
天井を見上げる。
最初の頃は泣いていた。
今は泣かない。
少しだけ寂しくなるだけだ。
君は結局。
長くは生きられなかった。
逃げた後。
しばらくして入院した。
それから一年も経たずに。
いなくなった。
最後まで。
病気のことはあまり話さなかった。
ずるいと思う。
知っていたら。
もっと何かできたかもしれないのに。
でも。
きっと君はそれを望まなかった。
ある休日。
私は電車に乗っていた。
向かいの席。
高校生くらいの女の子がいた。
俯いている。
苦しそうな顔だった。
昔の私みたいだった。
電車が揺れる。
女の子が少しだけ顔を上げる。
窓の外には。
知らない街が流れていた。
私は思う。
もしあの日。
君がいなかったら。
私は今もあの家にいたのだろうか。
分からない。
でも。
一つだけ確かなことがある。
私はここにいる。
あの日。
君がくれた言葉のおかげで。
電車が駅に着く。
ドアが開く。
私は立ち上がる。
前を向く。
君はもういない。
それでも。
私はちゃんと逃げられたよ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
「逃げよう」は、この第三部で完結です。
逃げることは悪いことではない。
私は、この物語でそれだけを伝えたかったのかもしれません。
またどこかで、お会いしましょう。




