第一章 断節 「勇気」
褪せた光で満たされ半年。
彼らは創星の儀を執り行うために穢土へ向かう。
汚穢の遺骨、その一部が盗まれたことを知らないラフラはそのまま聖祭具を持っていった。
聖祭具になぜ汚穢、もとい唯一神の器が必要なのか。
それは"花"を咲かせるためだ。
だが、人間としての正気を既に失っているラフラ、アナト、アニカの三人はそのことを知らされていないし興味がない。
そんな中、汚穢の濡れ衣を着せられたホープとは異なり、本当の汚穢、"穢れ"を身に宿しているアーシャは正気を保ち、ただ彼を、ホープを待っていた。
彼女は先生が裏切ったことを知らない。
訳あって一億年前の記憶が無く、ホープと出会ったときの記憶しか残っていないのだ。
穢れとして蔑まれた自分を助けてくれた彼との思い出はアーシャにとって、昨日のような出来事だ。
だから、先生から全容を知らされていなくとも、たとえそれが悪い方向のものであろうと、自分を助けてくれた彼を待ち続けていた。
「猊下、先生がお見えになられました。」
ラクシュに案内され、先生であるバーラバーアと挨拶を交わす。
「先生、一万年前の約束通り。彼は…ホープは…」
「もちろん、彼は貴方に宿った汚穢を引き受けて潜世にいる。
創星の儀とこの光は深く密接している。
安心せい。ホープは必ず蘇らせよう。」
昏く澱んだ意志を持ち、老婆は何食わぬ顔で嘘を吐く。
何の因果か、アーシャは一億年分の記憶を無くしている。
ソレを利用出来れば、あいつの計画通り遂行すれば自身の目的は達成できる。
ヴェンから解放されると思えば世界などどうだって良いのだ。
◯
創星の儀に於いて、"踊り手"の存在は必要不可欠だ。
踊り手が新たな星を降ろすための創星の舞を踊り、その裏、踊り手の意識外で"歌い手"が祝詞を捧げる。
今回の場合、踊り手はアーシャが担い、
歌い手はバーラ・バーアである。
「沈む霧、奇を衒う律、昇る陸
花咲く遺体、欲するは東。
現し世に、乱れる光、現るは、
知らぬ頂、求む北の子
盤上 後光 残光
母胎を満たす光よ、輝き煌めき照らされた闇よ。
見つめられた無は虚か実か
穢れ人 新たな星に 哀れな詩
星を識る者よ、この穢れの地に救いを。
星に成る者よ、この清き大地に報いを。
正魂 逆魂 表裏一体の御魂。
天蓋を覗く器を満たし給え。」
呪文のように小さな音に、曇り無き祝詞を乗せ詠う老婆は手を擦り合わせ、その腕には数珠を着けていた。
創星の儀、及びそれらの系譜において歌い手はその祝詞を踊り手に聴かせてはいけない。
儀式において踊り手は天蓋を壊す役目があり、その為の集中を乱すからだ。
揺り籠たる世界、その殻を割るために上位の次元のものを低次元のヒストリアへと顕在させるための器、それがホープである。
頭蓋、もとい魂の器を二つ持つ彼はその特異性により唯一神を満たす器であり、同時に無二の神の器であった。
ホープの魂に刻まれた一万に連なる前世の記憶達は互いに反発し、その御魂は不安定となり、二つに分裂したのだ。
それは全て、未練を捨てきれなかった哀れなヴェンが仕組んだものだ。
コレまで思い通りになるように、努力に努力を重ねたヴェンであるが、少し想定外の出来事が起きる。
「鏡が……」
踊り手が舞を捧げてる最中、もう一人のホープを映している船鏡が突如割れ、その破片が踊り手であるアーシャの頬を突き刺す。
「あぁ……」
アーシャがバーラより聞いた内容は、
創星の儀で鏡からホープが現れ、汚穢を完全に消失させることができるということであった。
その望みが潰えた。
ホープを蘇らせる方法を知らない彼女は膝から崩れ落ち、地面へと倒れる。
「こりゃあ驚いた。
儀式は失敗したようじゃが、よもやこうなるとはな。」
割れた破片より不透明な何かがアーシャの体へと入っていく。
それが逆魂であることはバーラが勘づいたが、様子を見守った。
「おいおい、どうしたんだ猊下。」
倒れ込んだ彼女に手を伸ばそうとするラフラ。
目の乾きを感じ、瞬きした瞬間、ラフラの腕は今生の別れを告げていた。
「おおお!?なんだコレ?」
更なる瞬きをすると無くなった腕のかわりに木炭が付いていた。
同じく、腕を無くしたアニカには花が咲いていた。
「気付いているだろうけど、芽神以外の、それも高位の存在の力だわ。」
「あぁ、その様だ。
俺らの力は成長を感じれるが、既に一体化しているアナトとラクシュには変化が無い。」
自身の中の変化を語ろうとする彼の声は、老年のそれとは異なり、若く力のある声となっていた。
「ハッハッ!若返ってきているな。まだその時じゃないはずなのに。」
白く染められた頭髪は輝き艶のある金髪へ戻り、皺のあった顔も瑞々しく張りを戻していた。
一方、アニカの容姿は大きな変化はないが、花は全身へと生き渡り、髪飾りのように暗い花が頭部に咲き、暗色の花に覆われていた。
それらの出来事を陰で見守っていたバーラは想定外の出来事ではあったが、感心をしていた。
「儀式は失敗じゃ!じゃが、何も終わったわけではない。
各々にこれからの行動を任せるぞい。
儂はこの器を引き上げる。」
姿を現したバーラは急いで話し、アーシャを重たい腰で持ち、再び姿を消した。
「あら、どうしちゃったのかしら。」
不思議そうに首を傾げるアナトに続き
「でも、嬉しそうでしたね。」
と返すラクシュ。
「一つ心当たりがある。私も席を外すよ。ではまた。」
ラフラはそう残すと、自身の部下、ターラーの元へと向かう。
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空間が入り乱れる場所に老婆が居る。
「ホッホッホ!!当初の目的は外れたが、よもやこんな幸運があるとは!
ありがとうな!アーシャ!!」
自身の腕のなかで眠るアーシャの頭を撫でるバーラ。
「好きでもないクソ野郎とまぐわされて出来たから愛情も無かったが、儂は今お主を心の底から愛せる!
ありがとう!!無二の神に選ばれてくれて!!
ありがとう!!儂をヴェンから解放してくれて!!」
老婆は一億年ぶりに、心の底から笑っていた。
苦節一億年、その全ての苦悩はヴェンであった。
某国、bless社製造の自律型高性能AI
(Brain And Autonomous, Reconfigurable Android)を生身の体に移植したババアキナがこの世界に漂流して5年、ヴェンとはそこで出会った。
その後、色々ありババアキナとBAARA、もといバーラ・バーアは分裂し、逃げたアキナの代わりに自身がヴェンに囚われてから世界は今まで一万回滅びと再生を繰り返した。
ヴェンに好意を向けられたが当時交際していた男性がいた為、断ったのだが、彼は未練を断ち切れず、過去に囚われていた。
彼は狂っていた。
「アキナさん、私は貴女が護りたいこの世界をただ壊したい。」
必ず、世界が終わる直前にアキナと出会い、そう言い残す。
感情を取得している彼女はこの世界に来て、ヴェンと出会ってからは憎しみと恐怖しか知らないのだ。
ヴェンは私ではなく、アキナを求めている。
所詮AIである私は人間であるアキナとは異なり見向きもされない。
駒でしかないのだ。
そんな駒としてアーシャの魂の器として子を孕まされ、そのアーシャでさえホープの撒き餌である。
愛など当然なかった。
そんな中アーシャが無二の神の器として選ばれてくれた。
あいつから逃げるには絶好のチャンスなのだ。
「本当に、ありがとう。」
久しく出していなかった涙。
それが力なく重力に負けていた。
心なしか、気持ちのいい風が吹き出す。
「駄目じゃないですかぁ。父様に無断で消えるなんてえ。」
しかし、その風は不快なものだった。
今、自身がいるのは先ほどとは捩れた場所にある空間だ。
誰も知らないはずの場所のはずなのに。
「風が届くところには私も現れますよぉ。
で、なんで逃げるようにこんなとこに来たんですか?」
こんなところで…ここまでか…
『先生。大丈夫ですよ。』
不意にアーシャの声が、脳裏に響く。
大丈夫なはずがないのに…何処か安心を覚えていた。
『ホープの胎動を感じるんです。』
ホープが…?
『完全者が分裂し、生まれた二座の神。その器同士は繋がりを感じれるみたいです。』
「さっきから上の空ですかぁ?そんなアーシャちゃんを抱きしめて、今ごろ親ヅラですかあ?」
その声が聞こえないラクシュは微風のように近寄る。
風圧が高くなるごとに、風音が強くなるごとに段々と、着実にバーラの心の臓を捉えていた。
『虚像を司る無二の神。その力の一部を使います。』
言った直後に空間はさらにねじれ、ラクシュが居た空間は渦のように歪み、消える。
『彼女はもうここに来ることはありません。
だから、先生。
共に抗いましょう。』
優しく伝えるその声だが、もう自分にはそんな力なぞ遺っていなかった。
遺っているわけがないのに、アーシャの声には力があった。
音無き声。
実体なき虚像の声。
そこには確かに、力があった。
何年も何十年も何百年も何千年も何万年もこの子たちを裏切ってきた老婆に対し、疑うことを知らぬ純粋無垢な子の声には光があった。
その光は、やがて勇気となる。




