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挿話5

「みずうみはつめたくて、さかながいるんだよ。でもね、てをつながなきゃだめなの」


 屋敷へ戻る馬車の御者台で、クレアはしきりに昨日のピクニックの話をしていた。

 思っていた以上に楽しんでくれたみたいで何よりだ。


 クレアだけでなく、パトリシアさんも昨日は明るい顔をしていた。昔の話をしている時以外は。

 その前2日くらいは、何か悩んでいて僕との間に線を引こうとしているような感じがあったので、僕は気づかない振りをしながらむしろいつもより近づいていったのだけど。


 夜中の散歩に連れ出せたのは、幸運だったと思う。

 パトリシアさんはローガン家では寝ることが怖かったのだと言っていた。

 でも、ピクニックからの帰り道には僕に寄りかかって眠ってしまって、それが嬉しかった。

 パトリシアさんが目を覚まして申し訳ないとか思わないよう、僕も彼女に寄りかかって寝たふりをしているつもりだったのが本当に寝てしまったのは、ちょっと格好悪かった。


「メイがかたぐるましてくれてね、おそとでごはんたべるとおいしいの」


 クレアが一生懸命聞かせている相手は僕ではなく、腕の中のうさぎだ。

 この縫いぐるみもずいぶん気に入ってくれたらしい。


 クレアは工房に連れて行っても作業の邪魔をするようなことはなく、隅のほうでひとり遊びに興じている。今までもずっとそうだったのだろう。

 そんな様子を見ているうちに、何か喜びそうなものをあげたくなった。

 屋敷には玩具や絵本はいくらでもあってクレアも好きに遊べる状況だけど、クレアのといえるものを持ってほしいと思ったのだ。


 うちの工房と同じ通りに、オーダーメイドもできる縫いぐるみ専門店がある。

 もちろんかなり高価だけど、そこの店主も僕の本名を知っているから、懐のお金で足りなくても後払いが可能だろう。

 とはいえ、そんな高級な縫いぐるみをクレアにあげたら、パトリシアさんが困惑するのは目に見えた。返されるかもしれない。


 だから、少し離れた場所にある平民も利用する雑貨屋でクレアに好きなものを選ばせた。

 うさぎの縫いぐるみは僕の懐のお金で十分支払える価格だった。


 またノアに「懐柔」とか言われても別に構わない。

 だって、今の僕にとって最大の恋敵になりうるのは、次期侯爵でも元クラスメイトでもなく、クレアだ。

 でも、どうせならクレアは敵でなく味方にしたい。

 パトリシアさんの愛娘だってことを置いても、クレアは可愛いから。


「メイ」


「ん、何?」


「ノアおじさまはソフィアとエルマーのおとうさまなんでしょ?」


「そうだよ」


「メイはおとうさまいるの?」


 少し考えて、パトリシアさんから聞いていた「クレア」が僕の母上なのだと知っても、「セドリック」が父上だというところまではクレアの中で結びつかないのだと理解した。


「うん、いるよ。クレア夫人のお話に出てくるセドリックがメイのお父様だよ」


「クレアふじんがおかあさまで、セドリックがおとうさまなの? メイ、すごい」


 感嘆の声をあげるクレアに思わず苦笑したのも束の間、次の言葉で固まった。


「クレアはおとうさまいないんだよ」


 腹が立つより呆れた。

 何をすれば同じ屋敷で暮らしていた娘から父親だと認識されないなんてことになるんだ。いや、何もしなかったからか。

 クレアはこんなに可愛いのに。


「それは、寂しいね」


 他に思いつかず、そう口にした。


「クレアはおかあさまがいればいい。でも、おかあさまはさみしいのかな?」


 パトリシアさんが考えていたのも、このあたりのことだったのかもしれないな。


「セドリックってどんなひと?」


 多分、クレアが訊きたいのはセドリックがどんな人かではなく、僕にとって父上がどんな人かということだ。


「そうだな。とにかく優しくて、何があっても守ってくれて、信じてくれて……。でも、セドリックが1番好きなのはクレア夫人なんだよね」


「ふうん」


 なるべく簡単な言葉を選んだつもりだったけど、クレアはよくわからないという顔に見えた。


「メイはおかあさますき?」


 これはパトリシアさんを好きかってことだよな。


「うん、好きだよ」


「それなら、メイがクレアのおとうさま?」


「へ?」


 さすがに驚いた。

 クレアが僕の気持ちを見透かしているわけではなく、色々と勘違いしているだけだと思うけど。


「いや、違うよ。でも、これからお父様になることもできる、かな」


 何だか微妙な言い回しになってしまった。


「じゃあ、メイ、おとうさまになって」


「クレアは、メイがクレアのお父様になってもいいの? ええと、つまり、クレアとお母様とふたりだけでいたところに、メイが加わるってことだよ?」


「いまもメイいるよ」


「今よりもっと」


「メイならいいよ」


「そっか、ありがとう。でも、お母様にも訊いてみないと」


「それならクレアがおかあさまにきいてあげる」


「ああ、いや、これはメイが訊かないといけないことだから、今の話はまだ内緒にしておいてくれるかな?」


「うん、ないしょ」


 どうやらクレアは味方になってくれるみたいだけど、いくら何でもパトリシアさんに告げるには早すぎる。事は慎重を要するのだ。

 本人は知らなくても、まだクレアは正式にはローガン次期侯爵令嬢なわけだし。

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