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15 一週間

 月曜日の朝、王宮に出仕なさるノア様にお父様への手紙を託した。


 同じ日の夕方には、実家の家族からも手紙が届いた。

 皆がそれぞれに私とクレアのことを気にかけ、会える日を待ってくれているとわかった。

 特にお母様の手紙は読んでいるうちに胸が熱くなり、涙を堪えられなくなった。

 私も母親になって、昔よりお母様の心情が理解できるからだろうか。


 隣にいたクレアが心配そうに私を見上げた。

 悲しいのではなく嬉しいのだと説明したものの、なかなか涙を止められずにいると、何を思ったのかクレアはメイさんを呼んできてしまった。


 状況を察したメイさんは黙って私の隣に座り、背中を撫でてくれた。

 その手が優しくて、止まりかけていた涙がまた溢れた。




 火曜日の午後、工房で仕事をしていると、店舗のほうにいたアンダーソン夫人がやって来た。


「お得意のお客様が工房を見学したいと仰っているんだけど、パトリシアさんどうする? 家にでも行ってる?」


 おそらく貴族であろうお客様に、私が顔を見られても大丈夫かと気にしてくださったようだ。

 私の事情もおおよそ聞いているのだろう。


「その方のお名前はわかりますか?」


 アンダーソン夫人が口にした名前は某伯爵夫人だった。家名に聞き覚えはあるが、直接の面識はない。


「私の顔はご存知ないと思います。このままここにいます」


「最初に皆で挨拶したら、後はいつもどおり作業をしていれば大丈夫だから」


「はい」


 アンダーソン夫人は一旦店舗に戻り、すぐにお客様を伴って再び工房に来た。

 皆が立ち上がって頭を下げるのを、私も真似た。


「お邪魔するわね。どうぞ続けてちょうだい」


 伯爵夫人の言葉で私たち縫製係は作業を再開した。

 男性方で唯一工房にいたイーサンさんはアンダーソン夫人とともに伯爵夫人のお相手をする。


 失礼にならないようチラリとだけ伯爵夫人のお顔を確認したが、やはり見覚えはなかった。セアラ様よりも歳上だろうか。

 伯爵夫人のほうにも私を特に意識する様子はなかった。

 私の担当が最も単純な工程なこともあって、作業台の間を歩いて回った時もほとんど注目されなかった。


 しばらく作業の様子を見たり、アンダーソン夫人やイーサンさんと話したりしてから、伯爵夫人は工房を後にされた。


 空気が緩む中、マリーさんが私に囁いた。


「工房を見たいって方は時々いるんだけど、若いお嬢さんだとメイが目当てっぽい人もいるの。でも、メイは愛想良く対応するけどそのあたりは知らん顔って感じだから安心して」


 この前、否定したはずなのに、まだ疑われているようだ。




 水曜日、メイさんとコーウェン邸に帰ると、ウォルフォード前侯爵夫妻とバートン前伯爵夫妻がいらっしゃって、夕食をご一緒することになった。


 ご挨拶する時にはかなり固くなったけれど、皆様温かく接してくださり、徐々に緊張が解けていった。

 視線が鋭くて気難しそうに見えたバートン前伯爵が、しきりとクレアの名を呼んでかまってくださっていた。




 木曜日の朝、出かける前にメイさんが仰った。


「今日は帰るのがちょっと遅くなると思うんですけど、待っててもらえますか? それとも、迎えを頼みましょうか?」


 聞けば、イーサンさんと帳簿付けをするそうで、私は待つことにした。


 縫製係の皆さんが帰った後、イーサンさんとメイさんは作業台にいつもの裁縫道具と布ではなく、紙と筆記具、それに算盤を並べた。


 その光景にローガン家でやっていた仕事を思い出して、申し出てみた。


「何かお手伝いできることはありませんか?」


「計算はできるの?」


「はい」


「それなら、とりあえずこれを全部足してくれるかな」


 イーサンさんに数十枚の用紙を手渡された。様々なドレスの材料の仕入れ代金のようだ。

 久しぶりに算盤を繰り、言われたとおりに金額を足していった。


「終わりました」


「え、もう? じゃあ、こっちも頼む」


「はい」


 2つめの仕事も終えると、イーサンさんに大袈裟なくらい感心された。


「早いし正確だし、メイよりパトリシアのほうが頼りになりそうだな。貴族の女性って、皆こんなにできるのか?」


「パトリシアさんは特別だと思います」


 ローガン家では耳にしたことのなかった感謝の言葉をイーサンさんからもらい、メイさんと帰路についた。


「領地の帳簿をつけていたんでしたっけ。あれのほうがややこしいですよね。僕も一応、かじったことありますけど」


「そうですね。項目は多いし、数字も大きくて」


「でも、いつもはもっと時間かかってたんで、本当に助かりました」


 ローガン家では仕方なくやっていたことだけど、工房でも役に立つなら嬉しかった。




 金曜日には再び工房を見学したいという方がいらっしゃった。

 今回もお客様をご案内する前にアンダーソン夫人が私に知らせてくれた。


「多分まだ十代のお嬢様で店には時々来られるんだけど、ドレスを買われたことはないからお名前はわからないのよね」


 そう言われて、先日の伯爵夫人のことを思い返した。

 あちらは私の顔など大して見ないだろうし、余程の知り合いでもなければ気づかれないのではないか。


「大丈夫です」


 アンダーソン夫人がお連れした令嬢を、前回と同じように皆でお迎えした。今回は男性方は不在だった。

 令嬢は工房をぐるりと見渡してから、わずかに顔を顰めた。


 アンダーソン夫人から聞いたとおり、18か19歳くらいの令嬢だ。

 見たことのある顔のような気がしたけれど、思い出せなかった。


 その後も令嬢はつまらなそうな顔で作業を眺めていた。

 あまり意識しないようにして針を動かしていたが、ふと顔を上げた時にたまたまこちらを見ていたらしい令嬢と目が合ってしまった。

 しかし、令嬢にも特に気にした様子はなく、早々に帰っていった。


「今の人はメイが目的よ」


 マリーさんにそう言われて、やはりと思った。




 土曜日は早めにお仕事が終わったので、お屋敷に帰ってからドレス部屋を見せてもらうことになった。


 メイさんについてクレアと一緒にお屋敷の2階に向かった。

 コーウェン家の皆様のお部屋があるのでソフィアやエルマーと遊ぶためにクレアは毎日来ているようだが、私は階段を上るのも初めてだった。


 階段を上りきると左右に廊下が伸びていたが、メイさんは左に進んだ。

 廊下の片側には窓、もう片側には扉が並んでいた。3つ目の扉の前を通る時、メイさんが仰った。


「僕の部屋はここなので、何かあればいつでもどうぞ」


 そう言っていただいたところで気軽に伺える場所ではないが、とりあえず頷いた。


 さらに廊下を進んで突き当たりを折れたところにドレスの保管部屋はあった。


 メイさんが薄暗い部屋に先に入りカーテンを開けると、圧倒されるほどの数のドレスが目に飛び込んできた。

 この部屋でクレアを見失ったら探し出せないのではないかと怖くなる。

 ポカンと口を開けてキョロキョロしているクレアの手をしっかりと握ってから、中に踏み込んでいった。


 子ども用ドレスと男性の衣装は別の部屋にあると聞いてさらに驚いた。




 日曜日には、「きょうはピクニックいかないの?」と言うクレアのために、ノア様ご一家も一緒に昼食をお庭で食べた。

 セアラ様もいらっしゃるので、ソフィアとエルマーが嬉しそうだった。


 夕方、客間にやって来たメイさんは、どこかで見た色のドレスを持っていた。

 ローガン家を出る時にクレアと私が着てきたお揃いの青い綿ドレスだった。

 たくさんのドレスをお借りしていたので、このドレスのことは洗濯のために預けたままほとんど忘れていたのだ。


「すみません。ちょっと寂しい感じだったので、勝手に手を加えました」


 メイさんがそう言ったとおり、何の装飾もなかったドレスはすっかり様変わりしていた。


 クレアのドレスはスカートに同系色の布が重ねられてふんわりしたシルエットになり、さらに脇腹のところにはうさぎのアップリケがついていた。


 私のドレスのほうは黒い布で襟や袖口が飾られた。首元のリボンと腰回りのベルトも黒。在り合わせのものをつけただけだった鈕も、花が彫られた綺麗なものに変わっていた。


「このリボンとベルトって、もしかして」


「あのリボンを使いました。あと、これも」


 そう言ってメイさんに渡されたのは黒いストール。

 これも以前のままではなく、端のほうに月と星の刺繍が入っていた。


「メイさん、刺繍もできるんですね」


「このくらいなら、何とか。父上がいれば頼みたかったんですけど」


「え? 前公爵が刺繍をなさるんですか?」


「僕よりずっと上手いですよ。母上とセアラは苦手だから、家族のシャツやハンカチなんかの刺繍はほとんど父の手です。もちろん、コリンのはアリスですけど」


 メイさんの着ているシャツの胸元にはイニシャルの飾り文字が刺繍されている。

 セアラ様のハンカチに刺繍してあった可愛いらしい猫も思い出した。


 ドレスを見たクレアが大喜びで「これ、きる」と言うので「明日着ようね」と約束し、ふたりでメイさんにお礼を言った。

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